《追放のエルフ》ニコの苦悶
その日の夜、アナスタシアは船長ニコがいる操舵室に入った。
「アルジャのことなんだけど、……やっぱり難しいかも」
「才能がないのか」
「才能はあると思うんだけれど、おかしいのよ。命令に「コエ」が乗ってないの」
「コエ?」
「ドラゴンに指示を出す特殊なしゃべり方っというか」
「魔力みたいなものか?」
「そうね。言霊っていう言い方が近いかもしれないわ。コエの出し方は、他のドラゴン使いのやり方を見ていたら自然と身につくし、子供のころから真似をしていたら気づいたらできているものなの。苦手でも、ちゃんと師匠がコツを教えてくれるはず」
「師匠が悪かったんだな」
「そうかもしれない。あと、ちょっと力んでるのもある。命令をきかせようとしてなのか、声をはってる時とか強張ってる時がある。……うーん、無理に声を出している」
「頭ごなしな命令になってるんだったら、ドラゴンも効かないだろ。ドラゴンはプライドが高いんだろ?」
「うーん、そもそも、命令だと思われていないかもしれない。なんかピヨピヨ鳴いてるぞ、かわいいな、ちょっといたずらしてやろう、みたいな?」
「遊ばれてるのか、アーレンに」
「うん。そう。あと、魔力がないのも原因かもしれない。コエは魔法とはいわないけど、魔力が関係してないとは言い切れないから」
「関連性があるのか? 魔法が使えるかどうかってのは」
「どうだろう。わからないわ。でもドラゴンは魔力が強いし、もしかしたら魔力の共鳴とか、超音波みたいなやりとりもしているのかもしれない」
「あいまいだな」
「竜医じゃないから詳しいことは分からない。……、空の村では、どんな師匠についていたんだろう。家族は竜騎士だって言ってたけれど、……」
アナスタシアは深いため息をついた。才能は有りそうなのに、埋もれさせられてしまった。酷い師匠に当たったのかもしれない。もしかしたらできる子は優先するタイプの師で、アルジャは落ちこぼれとして目をかけてもらえなかったのかもしれない。
だとしたら、追放処分の原因はその師にある。
アルジャは被害者だ。
「どうにかしてあげたいから、いろいろと考えてみるわ。おやすみなさい、ニコ船長」
「ああ、お休み。俺は夜明けまでここにいる。起きたら交代してくれ」
アナスタシアがいなくなったあと、ニコは息を吐きだした。ひどく息苦しかった。胃のあたりもい持ちが悪いし、体調があまり良くない。
操舵室の窓から見える見張り台。そこで周囲を見ているエルフの少年。
それを意識するたびに体の具合がおかしくなる。
夢見も悪い。
理由は簡単だ。若いころの夢を見るのだ。
ニコという名前を名乗る前。
追放エルフとして日々を汚泥を飲んでいた日々の夢だ。
過去の自分に決別した時から、ニコは生まれ変わった。
はずだった。
目の前に同じ追放エルフがあらわれて、フラッシュバックのように過去が蘇り始めた。
それは日に日に強くなる。
いっそあの少年を見捨ててしまえば楽になるだろうかと思うが、そう思った日の夜には、アルジャが自分と同じ運命をたどる夢を見る。
それだけじゃない。
身の毛のよだつような合成獣の実験台になり、苦しみながら延々と生き永らえさせられていた同じ追放エルフの少女とアルジャがかぶる。
おぞましい姿になり、痛みと屈辱に泣き、首輪をつけられ、鞭で打ちすえられるペット。
見捨てたら、あの少年はアレと同じ運命をたどる。
吐き気と胃の痛さと体の震えと、言い表せぬ恐怖。
「辛抱だ。もう少しの辛抱。大陸に着いたら、アルジャはアナスタシアの村に行く。そこで幸せになる。そうだ。だから大丈夫だ。もう少しで、俺は解放される。追放エルフから逃げられる。ニコに戻れる。そうだ、ニコに戻れる」
ニコはぶつぶつそ自分に言い聞かせて、今は魔法で隠れている顔の傷を押さえた。
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