アルジャはドラゴンと戯れる
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島を出てから、アルジャの忙しい日々が再び始まった。船の上は天空の島とはまるで違う生活環境だったが、少しづつ慣れてきたように思う。
朝早く起きて、浄水タンクから飲み水を確保するところから始まり、掃除に朝食準備の手伝い、配膳に片付け、掃除用具の手入れに船全体の掃除、洗濯と繕い物、荷物運び。
そしてもう一つ、重要な仕事が与えられた。
魚を獲ることことだ。
しかもただの魚釣りではない。
シードラゴンを使っての追い込み漁だ。
乗組員たちが待機している二艘の小舟の間に向かって、アーレンを操って魚の群れを追い込む。
「は? 無茶だ」
その仕事内容をきいたとき、アルジャはすぐさま反論をした。
「俺にはドラゴンは操れない。しかもアナスタシアのドラゴンだぞ。それもシードラゴン」
「うるさい。やれ。ごくつぶし」
そう、その仕事を割り当てたのはニコでもアナスタシアでもない。船で三番目に偉い人物、甲板長のゴアだった。
「しかし、俺には……ドラゴンは操れない!」
「腐ってもドラゴン使いなんだろ。お前ひとり分の食い扶持が増えてこっちは余計な食費がかさんでるんだ」
「……なら釣りでもいいだろ? ドラゴンは、」
「命令なんだよ。口答えするな。船長の手前お前を自由にしてやってるけれどな、これ以上文句を言うなら暴力で言うこと聞かせてもいいんだぞ?」
甲板長は隆々とした筋肉を見せつけるように腕をまくり、今にも殴りかかりたいかのように拳を握ったり開いたりを繰り返す。
「……、わかった……、やるよ」
「ならさっさと行け」
ゴアに睨まれながら、アルジャは甲板にいるアナスタシアのところに向かった。
「あ、あの、アナスタシア。ゴア甲板長に、その……アーレンを操って魚を獲れと言われたんだ。……それで、アーレンを……貸してもらえないか? ……非礼極まりないことは分かってる」
アナスタシアの顔からすっと表情が消えた。
自分のドラゴンを貸すなど決してありえないし、貸してほしいなどと言うのはご法度だ。ゴアはそれを知っているのだろうか。
きっと知っている。知っているからあえて命令したのだ。これも嫌がらせの一つだとアルジャは今更察した。
「すまない。無理なのは承知だ。断ってくれ。……食料に関してはどうにか策を考える」
「例えばどんな?」
かなり機嫌を損ねてしまったようだ。アナスタシアの声は酷く冷たかった。
けれどその質問の答えが見つからない。
「俺の食事をなくすればどうにかなる」
「それは答えにならない。私は別に誰にでもドラゴンを貸すのは構わないと思ってるの。だって、貸したって、あの子が言うことをきく保証はないんだもの。むしろ、きくわけがないわ」
「そうだよな、分かってる。すまなかった」
「だからやってみたら?」
え? とアルジャは顔を上げた。
「魚の群れを見つけさせて、網まで追い込む。よくやってるから。まあ、見てて」
そう言うと、アナスタシアは颯爽と船の先端に立った。
「アーレン! 魚を獲るわよ!」
すぐさま水しぶきが上がる。水の妖精が跳ね回る中から、鱗を白く輝かせてアーレンが姿を現した。
「さあ、今日もおいしい魚を探してきて。大きな魚がいいわ! 小魚じゃなくて、大きな魚よ! さあアーレン! あなたの腕の見せ所! いつもの網に追い込んで見せて!」
キュウ!
アーレンは大きく鳴いてから海に潜った。
そして数分後、二艘の小舟から合図の旗が上がった。狙いの魚が網にかかったのだ。それと同時にアーレンが海から嬉しそうに飛び出した。
「やったわアーレン! 見事よ! 素晴らしいわ!」
アナスタシアが褒めたたえて、アーレンのもとまで海の上を跳ねるように移動してゆく。水魔法を使っているのだろうけれど、アルジャはそれにも驚いた。
そうか、天空のドラゴン使いは風魔法を得意とする。まるで息をするようにそれを使う。海のドラゴン使いも瞬きをするように水魔法を使うのだろう。
けれど、とアルジャは自分の手を見た。
自分には風魔法は使えない。
魔法自体が使えないのだ。
アナスタシアはアーレンの背に乗って船へと戻ってきた。
「さあ、アルジャ。あなたもやってみて」
「……」
アナスタシアの言葉が煽りに聞こえる。
けれどもアルジャはそれに乗れなかった。別に冷静なわけでも意地になっているわけでもない。純粋に自信がないのだ。
ドラゴンを操れたことなどない。魔法も使えない。
「さあ、ほら、はやく」
アナスタシアはアルジャのそばに立つと、その背中を強く押した。
「……、えっと……」
アーレンの前に立たされて、アルジャは困惑しかなかった。もう目の前のシードラゴンに恐怖を感じることはないけれど、その目を見ると、どうしていいのかわからなくなる。なにを言えば言うことを聞いてくれるだろうか。
「空でやってたやり方でやってみて。海とは違うところもあるかもしれないけれど、基本は同じはずだら」
そういわれて、ためらいがちにアルジャは右手を掲げた。
手のひらを見せて、まずドラゴンを注目させる。そして目を見ながら命じる。命じた内容に合わせて手の形を変える。手の暗号は多岐にわたるが、訓練を重ねてゆくにつれてそれは不要となるらしい。そして竜騎士にもなれば声掛けも不要なのだ。
アルジャはといえば、命令と手の暗号の両方を行ってもドラゴンを操ることはできなかった。
「アーレン、俺を見ろ」
命令しなくてもアーレンはすでにアルジャを見ていた。
「手を見ろ」
アーレンはアルジャを見ていたが、手を見てはくれなかった。
「手、分かる? 通じてる? これから暗号をするから、それに合わせて動いてくれるか?」
手を見てくれないし、アーレンもクリクリと首を動かして少し困惑している様子だ。
「海に潜って、魚をあの網に追い込め」
声をかけながら、手の角度と指向きを変えて暗号を送る。
「行け」
キュウ?
全く通じていない。
「魚。網。追い込む。行け!」
全く動いてくれない。
「わかった。じゃあ、海に潜れ。で、また顔を出せ」
キュキュ。
なぜだか嬉しそうに鳴かれた。
威嚇もされないし嫌われていないようだが、全く命令を聞いてくれない。意思疎通が全くできない。
「……、じゃあアルジャ、夕方の雑用まで、アーレンと練習してて。私たちはこれから仕事に戻るから」
呆れたようにアナスタシアが言い、甲板長とその取り巻きたちも興味を失ったかのように散っていった。
みじめな気分でいっぱいだった。
けれどほっとしていた。これ以上失敗を続ける姿を見られずに済むのだから。
それからアルジャは暇を見つけてはアーレンに命令する練習を繰り返した。幸いにもアーレン自体は楽しそうに付き合ってくれるが、どうやら遊んでいると勘違いしているらしく、アルジャの命令を無視してブイを投げつけてきたり、船の周りを楽しそうに旋回したり、時々でかい貝殻を海の底から持って来てくれる。
「貝の殻じゃなくて魚! 魚だ! いや、貝殻は貰うから気を悪くするな? きれいな貝いだなありがとう。ほんと嬉しいよ。次は魚が欲しいんだ、お願いしますアーレン様」
お願いしたら聞いてくれるかと思ったが、キュキュキュっと鳴いて水の精を呼びだしただけで終わった。
「……、これじゃ海のドラゴン使いになんてなれっこないな……」
練習が終わると、アルジャは肩を落として雑用に戻る。そして、今夜も魚が少なくて食料がたりねーな、と調理番から小言を言われるのだ。
明日こそは魚を獲らないと。
一匹でもいいから。
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ほのぼの回になりました。
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