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暗がりの中で手を引いてくれる人はいる

読んでくださってありがとうございます!


 アルジャが船にきてから、正確にはアルジャが回復してから十一日後の昼。ニコの商船は物資補給のために小さな島に立ち寄った。

 アルジャにとっては初めての地上の大地だった。

 実をいれば、楽しみだった。

 乗組員たちが、さっさと積荷を下ろせとぞんざいに命令してくる。それをアルジャは喜んで受けた。

 けれど、降りようとしたときだった。

 近くの岸壁にいた島民がアルジャを見て、すぐに顔色を変え、警備兵のような者を連れてきたのだ。

 人だかりもあっという間にでき、ニコ達に対する島民の態度がよそよそしくなってゆく。

 顔の横一線は追放者の証。犯罪者の証。たまらず、アルジャは傷痕を手で覆った。


「あれは船から下ろさない。安心してくれ」


 乗組員がアルジャを顎でさし、島民に説明をしているのが聞こえた。


「大陸まで届ける犯罪者だ。俺たちの仲間じゃない。こっちも迷惑してるところだ」


 それを聞いたとき、突然背後から強い力で引っ張られた。

 振り返れば、乗組員の一人がアルジャの肩をつかんで睨み下ろしていた。


「荷物を置け。さっさと部屋に戻れ。出てくるな」


 蹴り飛ばされるようにアルジャは与えられている個室に転がり込んだ。バタン、とドアを閉められて外から鍵がかけられる。灯りも消された。

 なにも言葉が出てこない。

 特別酷いことをされたわけでもないのに、胸の中が冷たくなってくる。

 アルジャは呆然としたまま、暗闇を見つめた。



 アルジャが部屋に閉じ込められてしばらくしたころ、


「アルジャ……、入るね」


 と、ドアがノックされ、そっと開いた。

 夕焼けの光とともにアナスタシアが入ってくる。


「ごめんね、乗組員たちをうまく説得できなかったんだ。まさか……追放者に対してこんなに風当たりが強いって思わなくて……」


 水とパンの乗ったトレイが置かれた。


「いや、別に気にしてない」


 強がってみたが、声が震えてしまった。それを隠そうとアルジャはさらに語気を強めた。


「けど……こんなにって……? いつもよりちょっと冷たいだけだろ」


「ああ、その。……島の人たち」


「……そうか、そっちか」


 おそらく、乗組員たちの態度はまだ優しい方のだろう。


「ニコ船長も追放者だから、あまりかばえないみたいなの。もう少しの辛抱だから」


「辛抱? もう少しって?」


 もしかしてどこか下ろす場所が決まったのだろうか。


「島を出たら、この部屋から出られる」


「そういうことか。大丈夫だ。俺は追放者。ゴミだ。迷惑になるようなことはしない」


「アルジャ……」


 アナスタシアが悲しんでいるのが伝わってきた。まだ知り合ったばかりの自分に、心から同情してくれている。

 腕の中で泣いてしまったからだろうか。弱いところを見せてしまったからだろうか。

 同情されるのはむず痒い。けれど、冷たくなっていた心がぐんぐんと温かくなってくる。


「あのね、この船の航路は今帰路なの。帰り道。……目的地には、私の故郷がある。そこに一緒に行かない?」


「アナスタシアの故郷に?」


 アルジャは顔を上げた。


「そう。海のエルフ、海のドラゴン使いの村。そこでもう一度、ドラゴン使いにならない?」


「ドラゴン使いに……、俺が、」


「そう。海のドラゴンは嫌いかな? 空のドラゴンじゃないと嫌かな?」


「う、海のドラゴンは嫌いじゃない。アナスタシアのドラゴンはすごく綺麗だよ」


「本当? そう言ってくれるの? 嬉しい!」


「本当だよ。それに凄く仲が良いし。心が通じ合ってるのが見ていてすぐわかる」


「ふふ、小さい頃からずっと一緒にいるからね」


「アナスタシアは素晴らしいドラゴン使いだと思う。俺の兄貴たちよりも、もしかしたら」


「アルジャのお兄さんたち、すごいドラゴン使いなの?」


「竜騎士だよ。天空の城のさ」


「凄い! アルジャはすごい血族の子だったんだね」


 とたんにまた胸の中が冷たくなった。すっと、血の気が引くかのように。


「出がらしだけどな」


「そんなことないよ。うちの子、アルジャのこと好きみたいだし。もしかしたら、アルジャは空のドラゴンじゃなくて海のドラゴンとか火山のドラゴンとかと相性がいのかもしれない。ね、試しに私の村のドラゴンを見に来て」


 アナスタシアは妙に熱をもってアルジャを誘った。その熱意におされそうになっていた。

 ドラゴンなんて必要ない。けれど心が揺れている。もしかしたら、海のドラゴンに好かれるかもしれない。そんな期待が生まれている。

 けれど、脳裏をかすめるのは威嚇するドラゴンの声。

 海のドラゴンにまで嫌われるかもしれない。

 そうしたら自分の心はもうもたない。それだけじゃない、アナスタシアにまで軽蔑されてしまう。冷たい目で「やっぱりね」と言われる。

 アナスタシアとフロリアの顔が重なった。


「……」


「……ドラゴンを見るのが辛いなら、観光でもいいから。大陸に戻ったら、長めのお休みをもらって帰省する予定なんだ。遊びに来て。招待したいの! ね! 約束だからね!」


「……ああ。楽しみだ」


 アルジャはついに折れた。けれど、やっと本音を口から吐けたと言ったほうが正しい。


「それとね、これ、ニコ船長から預かってきた。プレゼントだって」


「船長が?」


 暗い部屋の中、わずかな光に照らされたのは長いチェーンだった。


「アルジャ、今ドラゴン用のマジックアイテム着けてるから、きっと重たいだろうってニコ船長が改造したみたい」


 そう言いながら、アナスタシアがアルジャの首にそのチェーンをかけた。ネックレスだ。大きな長方形の石が付いている。


「マジックアイテムの魔法石を圧縮して、このチェーンにも魔法をかけているみたい。エルフ用の回復装置だって。……ニコ船長って、実はすごい魔導士なんだ。でも秘密ね。ほら、追放者だから」


「わかった。秘密にしておく。船長にお礼を言っておいてくれるか? ありがとうって」


「もう、自分の口から言ってよ。それが一番喜ぶから」


「そうだな。そうする」


 アルジャは胸に巻かれていたドラゴン用のマジックアイテムを外し、アナスタシアに渡した。


「これ、アナスタシアのドラゴンのアイテムだったんじゃないか? ごめんな。ありがとう」


「アーレン。あの子、アーレンっていう名前なの」


「そうか……。アーレンにお礼が言いたい。命の恩人だ。……俺の話を聞いてくれればいいんだが」


「もちろん聞くってば。アーレンはアルジャが好きみたいだからね。島を出たらアーレンの背中に乗ってみて? 不安なら一緒に乗ってあげる」


 暗がりのなかでも、アナスタシアの笑顔がとても輝いて見えた。


「はは、すごく楽しみだ」




 何日か辛抱したのち、島から船が離れた。

 それを揺れで感じたアルジャは、いつドアが開くかと心待ちにして、真っ暗な中でじっとドアを見ていた。時折ドアノブを回してがっかりしつつ、ネックレスの魔法石を握る。


「アルジャ、入るね」


「アナスタシア」


 ドアが開けられ、アルジャは振り返った。


「出て良いって」


「やった!」


 アルジャが叫ぶと、アナスタシアがくすくすと笑った。


「アルジャがそんな風に喜ぶのって初めて見た。なんだか安心した」


「う、うるさい。俺だって喜ぶときは喜ぶよ」


 そして久しぶりに外にでて、太陽の光と海の風を浴びたのだった。

 アルジャの気配を察したのか、いきなり海から白いドラゴンが顔を出した。

 突然のことにアルジャはびくっと震えた。


「あ、……アーレン、だったか?」


 おそるおそる名前を呼ぶと、キュウと返事が来た。


 アルジャはごくりと息を唾を飲み込んでから、そっと近づいた。

 アーレンは逃げなかった。それどころか、身体をわずかに上げて、顔を少し寄せてきた。

 青い目がアルジャを見ている。


「お前が助けてくれたんだよな? ありがとな」


 キュウとまた返事が来た。

 威嚇ではない、ドラゴンの声だ。


「感謝してる。……本当だぞ? 信じてくれるか?」


 キュウ。

 

「ね、ちょっと触ってみたら?」


 いきなりアナスタシアが無茶な提案をしてきた。

 アルジャにとってこの距離の近さは奇跡に近いのだ。しかも威嚇もされていない。これ以上変に刺激して嫌われたくはなかった。


「いや、それは……やめておくよ」


「大丈夫よ。さ、アーレン、ちょっとこっちに来て」


 アナスタシアの声にアーレンがさらに近寄ってきた。その頬をアナスタシアは撫でて、


「ほら、大丈夫だから。この子のうろこ、すべすべしてて気持ちいいのよ?」


 とアルジャに微笑んだ。


「……」


 少し迷ったが、アルジャは恐る恐る手を伸ばす。いきなり噛みつかれるんじゃとハラハラしたが、指先がするりとアーレンの滑らかなほほに触れたのだ。


「ね、大丈夫でしょ?」


「あ、ああ。本当だ」


 アルジャは驚いた。全く嫌がられずにドラゴンに触れている。ドラゴンは触らせてくれる。


「本当だ……」


 アルジャは泣きそうになるのを堪えてアーレンの顔をなでた。青い目がまっすぐに見つめてくる。そしてアルジャの手に甘えるように顔を摺り寄せてきた。


「ありがとう、アーレン」





 アルジャの幽閉を解いてから、アナスタシアは少し離れたところに立ってその様子を観察していた。

 シードラゴンとアルジャは思った通り打ち解けられている。

 やはりアルジャはドラゴンに意味もなく嫌われているわけではないのだ。どちらかと言えば好かれている。

 アナスタシアの周りに乗組員が集まってきた。


「アナスタシアさん」


「なに?」


「あのエルフのガキに対して甘いのは、同じエルフだからですか? それとも船長と同じ追放者だから、同情してるからですか?」


「んー、……どっちもかな。でもそれだけじゃないかな」


 アナスタシアは腕を組んでアルジャを見た。


「ドラゴン使いだから、かな。……、あのエルフ、ドラゴン使いの資質がないって感じがしないの。なのに追放された。おかしいじゃない? それがなんだかムカつくの」


 アルジャを見ていた目を天空に向ける。そこにはいくつもの丸い雲がゆっくりと空を走っている。


「天空の浮城の竜騎士、か。海竜兵団とはあまり仲が良くないせいか、……鼻につくのよね。エルフはお高くとまってる種族だけど、天空のエルフってのはその中でも際立ってお高くとまってるのよ。同じエルフからも疎まれるくらいにね」


「じゃああのガキを甘やかすのは変じゃないですか。あれもお高いエルフですよ」


「どれだけお高くとまってれば、子供に対して無才能のレッテルを張って追放できるのよっての。いい? 追放のエルフって、ダントツで天空のエルフに多いの。うちの村では追放者なんて出したことがない。ほかの村でもそう。……、見てよ、あのアーレンがあんなになついてる」


 嬉しそうに顔をほころばせてドラゴンに話しかけている少年と、それに耳を傾けて返事を返しているシードラゴン。その様子はとても幸せそうだった。


「ドラゴンは簡単には心を開かない。あなたたちだって、アーレンにあそこまで近づける?」


 無理だった。


「天空のエルフは、なんでアルジャを追放したの? おかしいよね? おかしいでしょ。私は、それが許せない。だから、あの子をドラゴン使いにするわ。絶対ね」



少しだけ明るい未来を描いてみました。

どうも辛い話を描くのが苦手のようで。

今回の更新は一日空いてしまいましたが、引き続き頑張ります。

ブクマなどしていただけると励みになります!

よろしくお願いします。


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