仲間になる、仮初だけれど
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アルジャは船を降りることになった。けれどそれはもうしばらく先のことだ。
今、船は大海を横断している。途中にある島を経由しながら積み荷を交換し、大陸を目指していた。
「みんな、聞いてくれ」
夜、夕飯の時間、乗組員が食堂に集まっているとき、船長のニコがアルジャを連れて前に立った。
「前にアナスタシアのドラゴンが救出したエルフの子供が、回復した」
全員の目がアルジャに向けられたが、一つも喜びの色が見えない。
「アルジャです。みなさん、いろいろご迷惑をおかけしました。ありがとうございます」
アルジャは緊張しながらも丁寧にあいさつをした。
「見た通り、こいつは追放者だ。天空から落とされた。俺と同じだな」
乗組員たちのほとんどが人間だった。人間たちは一言も発さずに船長の言葉を待っている。
「追放者に対して、みんないろんな意見や感情があると思う。しかし、しばらくはともに暮らす船の仲間だ」
そう言ったとき、一人の乗組員が手をあげた。
「船長。ではそいつも乗組員ってことですか? 俺たちはちゃんと試験だとか面接だとかをして会社に合格して、それで今この船に乗ってるんですが、そいつは?」
「気持ちは分かる。けど、そうじゃない。アルジャは仲間だが、船員ではない。もしも、この航海を終えてうちの船に乗りたいって言ってくれるなら、当然就職試験を受けてもらう」
「臨時ってことですか」
「そうだ。けど仲間だ。それに、この船から追い出すと言ってもここは海の上だ。死ねとは言えないだろ? なんせ、死ねと思ってるなら最初から助けたりはしない。そうだよな?」
ニコが聞くと、船員たちは渋々といった感じでうなずくしかないのだった。
「アルジャは大陸のどこかの国で下ろす。それまでは、仲間だ。同じ釜の飯をくい、同じシャワーを浴びる。俺たちの号令で岸にロープを投げるし、嵐の時には助け合う」
「つまり、この船に乗せる代わりに仕事をさせるってことですか?」
「そう考えてくれていい。ま、できる仕事と言ったも雑用だ。こき使ってやってくれ」
ニコがアルジャの肩をポンと叩いたので、急いで頭を下げた。
「よ、よろしくお願いします!」
乗組員たちはまばらな拍手とともに、アルジャを受け入れてくれた。
あまりよく思われていないようだが。
食事、すぐにアルジャは仕事をした。食器の片づけ、食器洗い、食堂の清掃、船員たちの衣服の洗濯。
なんてことのない仕事に思えた。
けれどそう思っていたのは最初のうちだけだった。
全乗組員から押し付けられる雑用の数は想像以上に多かったのだ。ざわざわ雑用を探してくる者もいる。朝から晩まで、休む時間などないくらいにアルジャは走り回った。
それに船はよく揺れる。上手く歩けないし、荷物一つを動かすのにも思うようにならない。
船の中の勝手がさっぱりわからない。
そんなふがいない状態の中で、なんとか役に立っていると実感できる仕事があった。
夜の見回りだ。
アルジャの目は暗闇でもよく見える。ドラゴン使いとして視力や聴力の訓練は積んでいる。それは役に立った。
遠くに見える岩や船、時には巨大な海洋生物に、魔物。発見したらすぐに報告する。
海賊も出た。
彼らは隠匿の魔法でも使っているのか、商船のレーダーをあっさりかいくぐってくる。アルジャはそれをいち早く見つけて報告することができた。
誰からも褒められたしなかったが、アルジャの言葉を信用して、レーダーに映っていない敵に備えてくれた。
そして襲撃。襲撃があったとき、不謹慎ながらアルジャは安心してしまった。嘘にならなくてよかった、と。
敵を真っ先に阻止するのはアナスタシアのドラゴンだ。
アルジャは海のドラゴンがどのように攻撃をするのか知らなかった。
シードラゴンは背びれを光らせると、口から虹色の光線を放つ。それは今まで見たこともない攻撃魔法。光魔法に似ていた。
シードラゴンの咆哮は海賊船を半分吹き飛ばし、鱗から発せられる細い無数の光線は襲い来る海賊たちを打ち抜いていく。
それを見事に操るアナスタシアは、美しく勇猛だった。
三日月によく似た大きなナイフを抜き、ドラゴンの背を道を走るようにかけて海を渡る。そして海賊たちを次々と海に沈めた。
そしてアナスタシアは水魔法の使い手だった。海の上では彼女は無敵だ。
その姿をアルジャは遠くから眺めて、凄いなと感嘆すると同時に、みじめでたまらなかった。
自分もドラゴンが操れたら、魔法が使えたら、アナスタシアのように活躍できたのに。
「さすが副船長!」
海賊を倒し、ドラゴンの背にまたがって船に戻ってくるアナスタシアは喝采で迎えられる。
乗組員たちはアナスタシアを誇りに思っているようだった。
ニコも活躍するアナスタシアを目を細めて眺めていた。
一方で、当然だがアルジャに対する乗組員たちの態度は酷く冷たい。アルジャが近寄ると睨むようにしてから、わざとらしく離れてゆく。
聞こえるように陰口をたたかれた。
すれ違いざまに「犯罪者」と言われることもある。「早く出てけ」「海へ飛び降りろ」「目障りだ」「死ね」「俺の財布が無いんだが、お前だろ」などなど。
アルジャは必死に雑用をこなした。なにかに夢中になっていないと、みじめでたまらなくなってくるからだ。
光輝くアナスタシアとそのドラゴンは、アルジャの心を黒く染める。乗組員から信頼を寄せられ快活に笑うニコの姿も、アルジャの目の前を暗くする。
あまり見たくない。声も聞きたくない。そばにいたくない。
その日の午後、一仕事終わり、甲板で乗組員たちが楽しげに騒いでいる。
それに背を向けて、アルジャは通路をデッキブラシでこすっていた。
「すまんな、アルジャ」
背後からニコの声がして、アルジャは驚いて振り返った。
「な、なんですか」
「居心地悪いだろ、この船」
「……、あまり良くはないです」
アルジャは正直に答えた。
「お前をあまりかばってやれていない」
「いえ、別にいいです。かばってもらわなくても」
「お前はこれから人間たちに理不尽な対応をされるだろう。その時に、完璧に仕事がこなせるようになってほしい。どういうことかと言うと、雑用なら完璧にこなして、相手よりも優位に立ってほしいってこと」
「優位に?」
「不当な言いがかりっていうのは、必ずボロが出る。お前がきちんと仕事さえしていれば、いずれはどちらに正当性があるかが分かる。お前は正々堂々、自分には非がないことを主張するんだ。そのために、雑用を完璧にしろ」
「……は、はい」
これはニコの優しさだ。
大陸に着いたら船から下ろす、ではなくて、大陸のどこかの国で下ろすと言ってくれたのは、つまり、雑用の仕事を完ぺきにこなせるようになるまで育ててくれるということなのだ。
ドラゴン使いにはなれない。よくて日雇いの掃除夫、悪ければ嗜虐趣味の変態のおもちゃ。そんな運命しかないアルジャに、僅かでも希望の未来を作れるようにしてくれている。
「頑張ります」
「ああ、頑張ってくれ。それに……回復したと言ってもまだ本調子じゃないんだ、休む時は休め。マジックアイテムはまだつけてるだろ?」
ドラゴン用の回復装置はまだアルジャの胸に巻き付けられている。
「はい。けど、もう取っても大丈夫だと思うんですけど」
「つけてるんだ。何があるかわからないから」
「……ありがとうございます」
ニコが甲板に戻ってゆく。アルジャはその背に頭を下げて、服の上からマジックアイテムに手を添えた。
長くなった分を少し短めに書き直しました。
序章はもうちょっと長くなりそうです。
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