もう一人の追放のエルフ《船長ニコ》は語る
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船室に案内されたアルジャは、そこで珍しいものをみた。
金色の髪に、とがった耳。大きな背中。
振り返ったその顔はエルフらしい美しい顔だった。
しかし、その金色の髪が短い。
エルフは長い髪であるのが当たり前だ。その美しい金色の髪こそがエルフの自尊心なのだから。
「よお、目が覚めたみたいだな」
その短髪のエルフはにかっと笑い、軽く手をあげた。
「顔の傷もすっかりふさがったみたいだな」
言われて慌てて顔に手を当てる。
そうだ、村長に短剣で鼻のあたりを切られたのだ。触ってみれば、少し肌触りが違う気がするものの、痛みもなければ血も出ていない。
「鏡、見てみるか?」
船長であろうエルフが、壁に掛けてあった丸い鏡を手にして、放り投げるようにアルジャに渡してきた。
「うわっ」
落としかけながらも鏡を受け取ると、そろりと覗き込む。
そこには、顔の中央に横一線が刻まれていた。周りの皮膚よりも少しだけ、虹色の光沢がある、一直線の傷。
どういうことだろう、心にズキンと痛みが走る。ズキン、ズキン、ズキン、痛みが止まらない。
「その傷は特別なもんだ。追放の証拠。消えない」
「……追放の、証拠」
「罪人の証だ」
「罪人……消えない……」
確かに自分はドラゴンを盗もうとした。けれど、この傷はその前につけられたもの。
「なんで、なんで……、ドラゴンを操れないのは、そんなに罪なのか……?」
「そうか、お前はドラゴン使いだったか」
船長は腕を組んで、壁に寄りかかった。
「俺はニコ。お前と同じ追放者だ。百年位前かな。空からな」
船長のニコは指で天井をさした。
「あ、でもドラゴン使いじゃないぞ。故郷……っていうのも嫌なんだけど、聖魔導の村だった。俺には聖魔法の能力が備わってなくて、悪魔の種が植え付けられたって言われて、十五の時に追放だ。そして、お前と同じく、追放の傷をつけられた」
そういってニコは顔をなでた。すると、その顔の中央に、横一線の傷が浮かび上がった。
虹色の艶がある。
今のアルジャにつている傷と酷似していた。
「この傷を消す魔法を探したけれど、見つからなくてね。今は光魔法を使って隠している。……お前、ああ、そうだ、名前は?」
「アルジャ」
「アルジャ、お前は光魔法がつかえるるか? 傷を隠す魔法を教えてやるよ」
「……魔法、使えないんです」
「……、使えない……」
「小さな火の魔法ですら使えないんです……」
「じゃあ、」
「ドラゴンも操れなければ魔法も使えない、ただのエルフなんですよ、俺……」
「……」
するとニコは押し黙った。
「……空から落ちたのは自殺か?」
「……違います」
「まさか突き落とされた?」
「……違います」
理由は口が裂けても言えない。まさか本当にドラゴンを盗んでしまっただなんて、それは罪だ。この傷は相応しい。
ニコはきっと同情してくれている。理不尽な理由で罪人にされたことを、自分の過去に重ね合わせている。
本当に罪を犯していたとしれたら、きっとこの同じ境遇のエルフに見捨てられてしまう。
アルジャが口をつぐむと、ニコはそれ以上空から落ちた理由を聞いてはこなかった。
「けど、ドラゴン使いに才能がないのに、アナスタシアのシードラゴンはお前を助けたのか。……本当に才能がないのか? 普通、ドラゴン使いのドラゴンっていうのは、飼い主の命令がない限り勝手には動かないもんなんだろう?」
「……はい……」
「じゃあ、……、偶然か。……、ともかく、お前は助かった。それだけでも奇跡だ! それに……こうやって五体満足な追放者仲間にも会えた! 最高だ!」
嫌な言葉を耳にしたきがした。
「あの、その言い方だと五体満足じゃない追放者がいるってことですか?」
「……あー、まあな。追放されるには様々な理由がある。生まれつきの体の欠損だったりするのも多い」
「そ、そんな!」
「それ以外には……、追放者は、扱いが……、な」
ニコが口ごもる。
「扱い?」
「……俺もいろんな経験したけど、……追放者は……、迫害されるんだよ、簡単に言うとな。奴隷にされたりもする。エルフの奴隷っていうのは人気が高いんだ。プライドが高く美しい容姿をしているから。従順に躾直すのはそりゃあ楽しいのさ」
ゾッとした。
「じゃ、じゃあ、ニコさんも?」
「まー、昔はな。奴隷にはされなかったけれど、ちょっと大声では言えない仕事もした。っていうか、それくらいの仕事しかできないんだ。でも、今はこうやって自分の船をもって貿易商なんかできている。部下にも恵まれた。アナスタシアのいた村は沿岸部にあるから、漂着者との交流も多い。だから、俺みたいな弾かれ者にも偏見はないんだ。っていっても、流石にこの傷はあんまり外では見せられないけどな」
そしてニコはすっと顔をなでて、傷を消した。
「あと、髪を切ったのも大きいな。短髪のエルフっていうのは珍しいだろ? 高圧的には見えなくなるらしくって、商売相手には良い印象に残る。日焼けもいいね。エルフってのは肌が強い。強い日の光を浴びても全然日焼けしないんだ。だから、小麦色の肌をしたエルフっていうのは物珍しくて、こいつはプライドの高いほかのエルフよりも商売がしやすそうだぞ、って思ってくれる」
「けど、ニコさんはそんなに日に焼けていないと思いますけど」
「アナスタシアやお前と並べば違いがわかる。ほら」
出された太い腕と自分の腕を比べると、確かに色がじゃっかん小麦色だった。
「……で、だ。アルジャ、……お前、これからどうする?」
聞かれてアルジャはうつむいた。これからなどわからない。
目の前にはなにも広がっていない。道は後ろで途切れていて、今はどこにも行き先がない灰色の原っぱに立ちすくんでいる。
「この商船働くか? って誘いたいところではあるんだが、……、アナスタシアはともかく、他の船員からはあまりいい顔をされていないんだ」
その言葉に再び心がズキンと痛んだ。
「そう、お前が追放者だからだ」
やはりそうなのか。
「俺のことを追放者だとは全員が知っている。だから、情にほだされて罪人であるお前を仲間にしないかと心配している」
「罪人……」
「罪人でないことは俺もアナスタシアも、正直に言えば他の船員もわかってる。けれど、……追放者っていうのは、虐げられる存在なんだ……。虐げるべきものを、虐げないものは少ない……。それが世の中だ……」
追放者は罪人ではない。
けれど、アルジャは罪を犯した。ドラゴンを盗んだ。
罪人だ。
「……わかりました……」
「けれど、船を下りれば、お前はもっと辛い目にあうだろう。消えない顔の横一線は、エルフの追放者だと知られているんだ、世界中で。だからお前をみすみす船外に放り出すのは、……俺が辛い……」
昔を思い出したのか、ニコの端正な顔が歪んだ。まるで今にも泣きだしそうな顔だった。
「だから、せめて顔の傷を隠す魔法を教えたかったんだが……魔法が使えないのか……」
痛いほどの沈黙。ニコの表情は険しかった。
けれど、アルジャは嬉しかった。このエルフは自分の行く末を心配してくれている。
家族も幼馴染も村長も、アルジャを心配などしていないだろう。それどころか、ゴミを捨てられてせいせいしていることだろう。
天空から落ちて、きっと海に叩きつけられて藻屑になっていると思い、祭りでもしているかもしれない。
いや、そもそも存在さえも抹消して、いつもと変わらない日々を送っている。
自分など、まるで生まれていなかったかのように。
「……、魔法を使えない追放エルフは、どんな風に生きるんですか、世界では」
アルジャは顔を上げて、まっすぐにニコを見た。
「……、魔法が使えないならば、奴隷でも下だ。けれど、運が良ければ、犯罪を犯した人間と同じレベルにはなれるかもしれない」
「というと?」
「正式な職には就けない。けれど、場末のレストランの掃除夫くらいになら、日雇いでつけるかもしれない」
思ったよりもマシな生活だった。
「やめておいたほうがいいのは、冒険者だ」
「え?」
「冒険者には誰でもなれるけれど、そのためにはギルドに登録するのが一般的だ。ギルドに登録すると、お前が追放エルフということが正式に情報として残ることになる。すると、日雇いのような普通の仕事に就くことも難しくなるんだ。かといって、ギルドに登録しない冒険者は、ただのならず者。盗賊と言われるかもしれない。俺も、なまじ聖魔法以外は使えたんでですぐにギルドに登録した。そしたら散々な目にあったよ。ろくな依頼はこないし、いい仕事は断られる。犯罪を擦り付けられるし、報酬もピンハネが当たり前だ」
冒険者になれないとは思いもしなかった。自由業とは名ばかりなのか。
「これでも、槍と弓には自信があったんですけど……、冒険者は無理ですか……」
「俺は勧めないな。だったら、下働きでもいいから金をためて、小さな商売でも始めたほうがいい。仕事ぶりで信頼を得て、味方を作るんだ」
「ニコさんはそうやって貿易商になったんですか?」
「ああ。だいぶ遠回りをしてしまったけどな」
そして窓から空を見上げた。
「あそこで天空の王とやらに仕えているやつらからしたらさ、きっと鼻で笑われるような仕事なのかもしれない。けど俺はそんなプライドなんて一度ドブに捨てた。そして、ドブの中から新しいプライドを拾い上げたあのさ。俺は世界の海をまたにかける、貿易船の船長。いろんな国のいろんな品物を、いろんな場所に届けて回る。それが俺の生業だ」
ニコは快活に笑う。
アルジャはそれを見て、憧れると同時に自分のこれからが酷く暗く見えた。
この快活さを得るまでに、どれだけの苦労をしなければならないのだろう。
なんで、死ななかったのだろう。俺は。
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