目が覚めると《海のエルフ》が笑いかけた
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ヒタリ
冷たく湿った感触が額にあった。気持ちがよく、同時に気持ちが悪かった。
目を開けようとすると顔に痛みが走った。ビリビリと顔や肩が痙攣をして、逆に瞼はきつく閉ざされる。
それを何回か繰り返して、やっとアルジャは目を開けることが出来た。
ぼんやりとした明かりが、左右に揺れている。
久しぶりに目を開いたものだから視界がぼやけていた。まともに物がみえるようになって、やっと揺れる明かりの正体がわかった。
裸電球だった。
それがゆっくりと揺れているのだ。
どうやら、自分も揺れているらしい。そうアルジャは気がついだ。横たわったまま揺れているらしい。
もしかして
「船の上か?」
「あら、気づいたの?」
アルジャの呟きに女の声が返ってきた。
「よっかたー、このまま死んじゃうのかと思った。あ、濡れタオル取るね」
額に手をのばしてきた声の主は、エルフだった。エルフの女。
ついビクリと震えた。
「……ここは?」
「お察しの通り、船の上よ。うちの子が拾い上げてきたのよ。あ、動かないでね、っていうか、動けないと思うけど」
たしかに身動ぎをするだけで全身か痛い。
「……悪い、どんな状況なのか、分からない。……あなたの子供に助けられたのか?」
自分は天空から落ちたはずだ。ドラゴンに振り落とされて。
思い出すと胸の奥がギリギリと痛む。
ドラゴンに、振り落とされた……。
「子供じゃないよ。私のドラゴン」
「……ドラゴン……」
「そう。これでもドラゴン使いの端くれだからね」
その事実がアルジャの心を黒く染めていった。
「あ、待って待って! 諦めないで!」
エルフが意味のわからないことを言いながら慌て始めた。
「ごめんね! なにか気分が落ち込むこといっちゃったみたいだけど、ごめん、落ち込まないで!」
「……意味がわかんないんだけど……」
「あのね、君に使ってるマジックアイテムのせいなの。君、全身打撲で死ぬ寸前だったんだよ。船のなかに高度な回復魔法を使えるやついなかったし、回復薬じゃ役に立たなそうだったから……、ドラゴン用の回復魔法具を使ってみたんだよね」
「それって、……精神に連動して発動する、あれか」
「そう、知ってるんだ、やっぱり」
大きな怪我を負ったドラゴンに使用する生命維持装置のことだ。
生きる気力があればそれに連動して自己回復力を上げ、気力がなければ発動しない。死ぬしかないドラゴンに、無駄な回復魔法を使わないためのマジックアイテム。
「命の選別だから、……同族に使うのは禁忌扱いだけど、……一刻を争う事態だったの。……ごめんね?」
「いや……、ありがとう。……感謝するよ」
「ほとんどなにも出来てないけどね」
「……ありがとう」
「……、ま、意識も戻ったし、このままならあと二日も寝てれば全快するから。なんせドラゴン用のマジックアイテムだしね。治ったらドラゴン化しちゃってるかもね」
エルフの女は笑いながら新しい濡れタオルを額にのせた。
アルジャは吸い込まれるように眠った。
気持ちが良かった。
次に目が覚めた時、体は嘘のように軽かった。自然に上体を起こすことが出来た。胸にはマジックアイテムが巻き付けてある。大きな黒い宝石を中心にした真鍮の盾に似ている。本来であればドラゴンの首輪か胸当てに嵌め込まれるものだ。
マジックアイテムは重たかったが、外れなかった。仕方がなく着けたまま寝台から立ち上がった。
しばらく横になりっぱなしだったためか、まっすぐに歩けない。
なんとか部屋のドアまでたどり着き、ドアノブを回した。
かなり硬いドアだ。
思いっきり力を入れて、やっと開けることが出来れば、体を押し飛ばすかのような海風が。
「………………すごい」
アルジャの目の前には大海原が広がっていた。
始めてみる海。煌めく水面。
空を走る雲。
そして躍り狂う潮風。
「すごい、すごい! これが海か!」
「あ、動けるようになったのね!」
上から声がした。
あのエルフの女が、風に乱れる金の髪をかきあげながらアルジャを見下ろしている。
船室の上にはさらに階があり、彼女は階段の手すりから身を乗り出していた。
「こっちに上がってこれる?」
「行っていいのか?」
「もちろん! 良い眺めだから来てみて!」
海風に押されながらアルジャははじめての船を歩き、階段を登った。
その先にあった光景は、白波と海鳥が舞う、これまで見たことがない幻想の世界だった。
太陽の光をキラキラと反射する海はなんと美しいのだろう。
体を揺らす波はなんと力強いのだろう。
「すごいな、海ってやつは!」
「元気になってくれて良かった。ほら、うちの子も嬉しいみたい」
そう言うやいなや、船の前で巨大な水しぶきが上がった。
いや、それは青と緑の鱗を持つワームドラゴン。
吹き上げる水の柱かと思うほどだ。
ワームドラゴンが勢いよく海から飛び出し、空中をくるくると舞って、海に飛び込んだ。それにあわせて水の妖精たちが海面を笑いながら跳ねている。
「……、初めて見た……、海竜なのか?」
「そう! 私の一族は海のエルフ! 海竜使いなの。君は……、空から来た?」
「…………」
アルジャは視線を下げ、ゆっくりと頷いた。
「そう、やっぱりね。……そして、……ドラゴン使いの一族?」
「……ああ」
「……追放者?」
「っ! ……ああ、そうだ。なんで分かったんだ。……もしや、まさか手配書が?」
アルジャはハッとして構えた。ドラゴン泥棒、はたまた卵泥棒の罪まで増やされて手配されたのかされない。
「心配しないで、そんなことになってないから。私はアナスタシア。この商船の副船長よ。君が追放者だって気がついたのは、この船の船長。やっぱりエルフの……、追放者なの」
そう言ってアナスタシアは笑った。
「船長の話を聞いてみる? 君のことを心配してたんだよね、あ、そうだ。君の名前を教えてよ」
「……俺は、アルジャ。……姓はない。もうただの、アルジャだ」
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