密売、商談、
前話のあとがきを読み、ご了承いただけたでしょうか?
新章です。
どうぞ、お楽しみください。
目を刺すような痛みは光だった。なんだ、と思ったときには髪をつかまれた。
「ぐっ……」
髪をつかんだままひきづり出されたかと思うと、乱暴に床に投げられた。
叫びも文句も上げられず、そして自分の体が動かないことにアルジャは混乱した。
口を布でふさがれ、手足を縛られている。
最初は事態が分からなかったが、自分が樽から出されたのだとすぐ理解できた。死んでいなかった。生きていた。
けれども、やはり事態が分からない。
何が起こったんだ。
蝋燭の灯によく似た光がゆらゆらしていた。目を細めてみれば、横に複数の人影が見えてきた。
その影はひそひそとささやき合っている。
だんだん光に目が慣れてきた。三人いるようで、性別はおそらく男だろう。狭い部屋の中で、アルジャはなにやら商談にかけられているようだった。
「五万でどうだ?」
「安い。エルフだぞ」
「でも傷ありだ」
「傷ありだから表でも売れる」
「表に出すのはリスクだ。裏で行きたい」
「それはそっちの考え方だろ。ご自由に? けど五万は安すぎる」
話しているのは灯りを持っている男と、その右側の男で、左の男は何もしゃべらない。
「あっちはいくら吹っ掛けてきた?」
「四万だ」
「そこが高すぎだ。そっちを値切ればいい」
「もう払っちまったからな。残念だ。最低でも九万」
「高い。五万だ」
「安い。九万」
交渉は平行線で、その間にアルジャの頭がさえてきた。
自分は売られたのだ。
目の前にいるのは奴隷商。
奴隷として売られた。
畜生!
裏切られたのだと思った。ニコに。アナスタシアに。
目の奥がカッと熱くなるのだけれど、沸騰した怒りはすぐに冷めてゆく。悲しみだけがゆっくりと広がってゆく。やはり死んでいればよかった。
「いい加減にしてくれ。こっちはボスを待たせてるんだ」
やっと左の影が言葉を発した。
「これ以上もめるんだら、どっちにも渡さない。こっちでさばく」
「待ってくれ。それは話が違うだろ」
「手数料は払ってるんだから口を出さないでもらおうか?」
「だったら九万で買う。これでいいんだろ? こっちは早くのこ位置から移動したいんだよ」
「おい!」
「毎度あり」
「早く決めないから悪い。じゃあさっさと出て行ってくれ」
「待てよ認められねえ!」
「うるせえ! 出てけ!」
左の影が一喝すると二人は黙った。一番力を持っているのはこの左の男のようだった。
ドアがあき、光が差し込むと二人の男がそそくさと出て行く姿が見えた。そして再び光が消え、暗闇に戻る。
「さーて、とんでもないもんを持ち込みやがって。困るんだよな、こういった商品は」
アルジャの頭のそばに足音が近づいてきた。
「まあ、ボスは好きそうだけれどな。はは」
その後、アルジャには目隠しがされた。抵抗して頭を振ろうとしたが、すぐにやめた。
「はーい、賢いね、大人しくしててなー。ははは」
目隠しの後は両足首に金属の輪をつけられた。その先には鎖のようなものがつけられているのが分かった。それがつけられると、元々足を縛っていたロープらしきものが外された。
「さて、どんな声かな」
続いて口が自由になる。ひどく喉が渇いているのを自覚した。
「お名前は?」
「……」
答えないでいると思いっきり頭を蹴られた。
「名前はって聞いてるんだよ。口がきけないのか? 本当にきけなくしてやろうか。鳴いても叫んでも、だーれも助けに来てくれないような、都合のいいおもちゃになりたいのかな?」
それを聞いてゾッとした。
「さて、もう一度だけ聞こう。お名前は?」
ねっとりとした優しい声が耳元でささやかれる。
「ア、……アルジャ。アルジャ・アルラン……」
「へえ、そういう声なんだ。かすれてるけど少年らしくていいね。もう少し成長しちゃうと声がもっと低くなるから、売るなら今が旬かな? もう少し幼ければもっとよかったなー」
顎をつかまれて左右上下に動かされた。
「年齢は?」
「……十五……」
「そりゃあいい。成人になったばかりか。エルフだから三十年以上は少年時代を楽しめるってわけだな。くくく、いい買い物したわ。よし、ボスに見せに行く。立て」
顎をはなされたかと思うとまた髪をつかまれた。
「ぐっ、た、痛い」
「こんなことで音を上げてるんじゃねーぞ? これからもーっと痛い目にあうんだぜ? あはははは」
髪をむちゃくちゃに引っ張られながら、アルジャは立ち上がった。ずっと膝を折り曲げていたせいか、ひどく痛かった。足首の枷も重たく、動くたびに痛みが走る。
後ろから軽く小突かれながら歩き出したものの、どこに向かっているのかさっぱりわからなかった。
ドアが開けられるような音はしたので、部屋からは出されたにちがいないが、しっかりと目隠しされているために僅かな光すら見ることができなかった。
階段になると教えてくれるが、だからと言ってちゃんと階段を登れるわけもなく、当然のように転んだ。すると苛立ちをあらわに罵倒される。
優しい時と怒り表するときの差が激しい男のようだ。
ここはまだ船の上のようだ。揺れているのが分かる。
歩きながら、アルジャはこれまでの流れを想像した。
樽に入れられて海に捨てられた後、奴隷商の船に回収されたのだろう。回収される前にもう売買は成立していた。
ニコに売られたのだろうか。それともアナスタシアに。
いや、たしか最後の記憶には、甲板長のゴアの声がある。ゴアはアルジャへの差別的な発言を注意していた。
だからきっと、ニコもアナスタシアも、ゴアも、アルジャを売ろうとなんてしていない。
そうに違いない。
そうだと思いたい。
少しだけ甘い香りが鼻腔に届いた。
「とまれ」
首根っこをつかまれて、無理やり横を向かされた。
「ボス。例の商品を連れてきました。入っていいですか?」
「待ちな」
女の声が返ってくる。
「鳥かごには入れてきたのかい?」
「いえ」
「どういうことだい」
「近くでご覧いただきたくなるかと思いましてね」
「へええ、お前がそこまでいうなんて、よっぽどの商品なんだろうねぇ」
「ええ。久々のエルフですから」
ふわっと周りの甘さが強まった。
背中を押されてアルジャは気が付いた。
音もなくドアが開いたのだ。甘い香りが流れてくる先に足を踏み入れれば、柔らかな感触。
絨毯か何かだろう。足音が消される。
「おや、追放エルフじゃないか」
そのため女の気配に気が付かなかった。その声は、アルジャのすぐ耳のそばで発せられた。
新章がはじまりました。
読んでいただきありがとうございます。
そして、前話のあとがきを読んでくださったうえでブクマをしていただけました!
ありがとうございます。
引き続きブクマ続行してくださった方、ありがとうございます。
回れ右したけれど、こっそり見に来てくださっている方も、ありがとうございます!
期待していただいたよりもぬるくなる可能性もありますが、頑張って更新します。
よろしくお願いします。