ドワーフの王
外に宿をとっていたが、ニコは船に戻ってきていた。
まさかやつが島に来ていたとは。
いや、別荘地にはやつの所有地があり、中央部の広大な平野にも土地を持っている。だから来ていてもおかしくはなかった。けれども、ニコの記憶する限り、今はドワーフたちの重要な祭事の時期だった。
「自分の国にとどまっていればいいものを……」
一人のドワーフの王を思い浮かべながら、ニコは舌打ちをした。
ドワーフ族の国は幾つかあるが、どれも巨大な山を有する内陸部で、海の有る場所にはめったにやってこない。しかも今は収穫祭の時期である。
大地の精と密な関係であるドワーフは、収穫祭を最重要の祭事としていて、しかも王族となればその時期に国を空けることなどもっての他であった。
幸い、明日にはこの船は出航する。
商談や挨拶に回ろうと思っていたが、全部取りやめだ。決して見つからないように島を出る。
「……しまった、アルジャを外に出してしまったんだった」
アルジャは自分と違って追放の証を隠せていない。きっと多くの住民に顔の傷を見られているだろう。平素であれば問題はないが、あの変態ドワーフがいるとなったら話は別だ。
どこからか噂を聞きつけ、珍しいエルフの奴隷を買い付けに来るかわからない。
ドワーフにとってエルフという種族は愛憎渦巻く相手なのだ。
ドワーフ。屈強な肉体と雄々しい面差し、そして頭の良さと手先の器用さからくる先進技術は、この世界でも屈指の強種族である。けれども、美しいとは言われない。
同じ強種族であるエルフと比較され、土臭いだとか粗野などと言われている。
それははるか昔から言われ続けていることなので、ドワーフはエルフに対して常に敵対心を抱いていた。
そして、ねじくれた一部のドワーフは、憎たらしいエルフを虐げることに異常な喜びを感じている。
いや、どんな種族であっても、高貴なる種族エルフを奴隷にできたらば、それはそれは嬉しいことだろう。
ただ、高貴なるエルフは奴隷にはならない。
奴隷になるのは主に獣人や弱種族と呼ばれるものたちだ。
なので、追放のエルフは、最高の素材。
奴隷としての。
「くそっ、せめてアルジャに光魔法を教えておけたら」
追放の刻印は特殊な刃でつけられる。見るものが見れば、光魔法の傷消しなど関係なく見破るだろうが、一般の者たちに見られて噂が流布することは避けられる。
どうにか見つからずに早く島を出たい。
アルジャは無力だ。
自分ならば逃げられる。
けれども、アルジャは捕まったら終わりだ。いくらエルフが武術に秀でていても、ドワーフもその体躯から武闘に秀でている。しかもアルジャはまだ少年だ。人間やホビットに比べたら力はあるかもしれないが、あの細い体でドワーフの中でも最も力のある王族にかなうはずがない。
ゾクっと寒気が走った。
そして息が苦しくなってきた。
アルジャのことも心配だが、自分が見つかった場合も怖かった。
あのドワーフの王を前にして、自分は己を保てるだろうか。ニコとして毅然としていることができるだろうか。
昔のように、……服従をしてしまわないだろうか。
服従を解くために、……ニコであることを忘れはしないだろうか。
ニコが操舵室から海の黒い夜闇を睨んでいると、アナスタシアがやってきた。
「船長、今いい?」
「ん? どうした?」
「大丈夫? なんだか思いつめた顔をしていたけれど」
「平気さ。ただ、ちょっと……酒が回ったかな」
「今日の報告なんだけれど、……明日のほうがいいかな?」
「いや、今聞くよ」
「わかったわ。簡単に済ますわね。今日はアルジャをなんとか外に連れ出すことができたの。自然な笑顔をみれたし、将来に対して希望のある言葉も聞けた。まだ心に傷はあるとは思うんだけど、今のところ……、安心かな。それに、髪をアップにしたら結構な美人ね。ちょっとツンとしたところもあるけど」
「アルラン家は美丈夫だからな。竜騎士で、天空の王家に近くに行くならばそれなりに顔も良いのが選ばれる」
「顔も実力のうちってわけね」
「魔導士は顔を出さないことが多いから美醜はあまり重要視されないが、竜騎士と言ったら花形職業。国民や国賓の目に入る。そもそも、エルフは顔の均整がとれていることが多い」
「そりゃ、私もエルフだから強種族の特徴はわかってるけど。……傷がなければ、きっとそれはそれは美しい青年になっていただろうなって、……」
その傷があるから、極上の愉悦にひたれると言う者もいる。
「……見た目もよくて、血統もよくて。けど、才能がない。……。だんだん胸が痛くなってきちゃった。……、アルジャ、あまり自分の装いに頓着がないみたいなの。名門の出ならそれなりに着飾ってると思うんだけど……、もしかして凄く冷遇されてたのかも」
「可能性はあるな」
「ねえ、ニコ船長。アルジャを追放した村のエルフは、アルジャに対して……今、どんな感情を持っているのかしら? 悲しんでるかな。それとも、追放できてせいせいしてるのかな。……家族は、悲しんで探していたりするのかしら。もしも家族が探しに来て、その時にアルジャがシードラゴンを操っていたら、喜ぶかしら? 安心するかな? もう一度、天空の村に戻っておいでって言ってくれるかな?」
「……わからない。ドラゴン使いの村のことは、さっぱり。聖魔導の村のことだったら想像はつくけれど」
「どんな想像?」
「……死んでいてほしい。どこかで朽ち果てていてほしい。戻ってきてほしくない」
「……そんな。……なんでそんな風に思うの?」
「憎いから、面汚しだから、だけじゃない。聖魔導の村とドラゴン使いの村は違う。俺の村はこう考えている。復讐しに戻ってこないでほしい、と」
アナスタシアがハッとした顔でニコを見た。
「俺は聖魔導は使えなかったが他の魔導は使えた。だから、わざわざ拘束具で身動きをとれなくして、空から放り投げたんだ。死んでいてほしいんだよ」
「……じゃあ、……もしもアルジャが、ドラゴン使いになったら、……アルジャの家族は復讐されないためにアルジャを……」
「殺すかどうかは分からないが、天空の気高いアルラン家は、捨てた子供のことなど気にも留めていないだろう」
「……」
「だから、余計なことは考えず、お前が良いと思うことをしてやってやれ。あいつもそれを一番喜ぶさ」
「……、そうね。変なこと考えちゃった。アルジャはドラゴン使いになりたいし、その才能もないわけじゃないから、やりたいことをさせてあげるのが一番よね! 明日、島から村に手紙を出してくるわね」
「やっと恋人を見つけて戻ってくるって勘違いされるんじゃないか? ま、アルジャもあと三十年もしたらそれはそれは美しい青年になるようだし? 先に唾をつけていてもいいかもな」
「もう! ニコ船長ってはデリカシーなさすぎ!」
ちょっと怒らせてしまったが、アナスタシアは楽しそうにして自室に戻って行った。随分と目にかけているようだから、かなり気になっている存在なのだろう、アルジャは。それとも、弟ができたような感覚なのかもしれない。
いずれにせよ、仲よくしている姿を見るとニコも緊張が和らぐ。
そして翌日、なんの問題もなく船は島を出航した。
そして島が見えなくなり、あの変態ドワーフ王から逃げおおせた場所で、ニコは黒い鳥を飛ばした。紙から作り出した伝令だ。相手に届けば黒い鳥ははらりと手紙に代わる。
アルジャに魔法が使えるようにするために、協力を求めた手紙だ。
「無事に届いてくれよ」
読んでいただきありがとうございます。
予定より長くなりましたが、次で今の章が終わります。
次の章は不憫にしたい!
頑張って不憫にします。
もう一話だけ、ほんのりと幸せな回にお付き合いください。