未来へ、小さな光が見えた
陸に上がってしばらく、なぜだか自分の体が揺れているような感覚にさいなまれた。陸酔いだとアナスタシアが言っていたが、アルジャにはよくわからない。
「どっかで少し休もうか。喫茶店とか……」
アナスタシアがきょろきょろと周囲を見回していたが、アルジャは周りを見るのがなんとなく嫌だった。
嫌な視線を感じるのだ。
気のせいだと思おうとしたのだが、そうでないことは分かっている。前の島でも向けられた視線だ。あの時ほどのあからさまは視線はなかったが、誰もが一瞬アルジャの顔を見て、すぐに視線を逸らすのだ。自分はなにも見なかったというわざとらしい無関心を装って。
「……アナスタシア、別に喉は乾いていないし、俺の体調は気にしないでくれ。ニコさんからもらったマジックアイテムも持っているし」
「そう……。じゃあ、服屋さんに行こう」
港にほど近い市場を過ぎれば、大きな通りを挟んだその先がメインストリートであった。
アルジャが暮らしていた村は森の中にひっそりとあるいわば隠れ里のような場所だったので、都会的な街を見たことがなかった。
メインストリートはまさに、イメージしてた都会的な街そのものだった。
「すごいな……、大きな街だ」
「貿易で栄えている島だし、お金持ちの観光地でもあるからね。この島の反対側には別荘地があるの。いろんな国の大富豪とか王族とかがくるみたい。ニコ船長も時々そんなビップと肩を並べて取引しているけど、……本心ではあまり近寄りたくないみたいね。あっち側の港には絶対に停泊しない」
「ニコさん、……お金持ちなのか」
「商船も一隻じゃないし、会社も大きいのよ。世界中に支社もあるんだから。……、本当はお屋敷をもって優雅な暮らしをしていてもおかしくないんだけど、いつも船にのっちゃうのよ。一つの場所に留まるのが性に合わないんだって」
自分の買えるところを作りたくないのだ頭かとアルジャは思った。それとも、もう一度天空に帰ると心に決めているのだろうか。
だとしたら、野望をかなえるまでは帰る家を作らないかもしれない。
「この島は大きいからね。面積で言えば、小国三つ分くらいはあるかな。今いるの区域は昔は流刑者とかその関係者が暮らしていたところ。島の中央に行くと、今度は原住者が多い土地になる。そして、更に向こうに別荘地ね。この辺りは安価に世界中の流行服が買えるわ。別荘地だと高級ブランド品かな。中央の民族衣装的な服も捨てがたいんだけど、高いのよね」
アルジャはアナスタシアに腕をひかれて、いろいろな服やに連れ込まれた。
アルジャの服を選ぶのが6割、残りはアナスタシアの服選びだった。
「これ似合う。でもこっちの柄もいいかな。アルジャ、細身だから大きな柄よりは細かなプリントのほうがいいかも。短パンに革靴スタイルもいいかな。。少年っぽい! けど船には向かないか。でも、大陸についたら着ればいいか、そっか、そうよね。あ、髪飾りも買おうね。エルフは髪飾りで遊べるから楽しい。ほかの種族って、髪を伸ばす男性って少ないし、もったいないと思うのよ」
もはや着せ替え人形であったが、アルジャは楽しかった。誰かと服を選んだりすることはこれまではなかった。
昔のことだが、フロリアに髪飾りが欲しいと言われたことがあり、ピンク色の花の形をしたバレッタを贈ったことがある。自分の髪飾りなど考えたことはなかった。ゴムか紐で一つにくくることが多かったし、だいたいは流したままだ。
「確かに、ニコさんはいろいろと飾りとつけるよな。俺が質素なだけなのかも」
「あの人おしゃれよね。短髪だけど、たまに片側を編みこんで宝石のついた留め具をつけてるし」
「耳飾りとか」
「ああ、耳飾りとか指輪とかは、魔法道具だと思うわ」
「魔法道具……」
サバト、魔女集会。アナスタシアもすごい魔導士だと言っていたし、ニコとは何者なのだろうか。追放のエルフだけれども会社を設立している。
「もしかしたら髪飾りもそうなのかも。けど、どれもおしゃれ。さりげないけど、他の男性とはちょっと違う雰囲気があるわね。自分で作ってると思うんだけど、だとしたらすごいセンスだわ。そっちでも成功しそう」
「……貰ったマジックアイテムもそうだしな」
「うん。あれには正直びっくりよ。だってドラゴン用の回復装置なんて、……専門の職人でもなかなか作れないんだから。そもそも今の時代に作れる職人がどれだけいるのかしら。代々受け継がれている家宝みたいなものだし」
そんな大切なアイテムを自分に使ってもらったのだと思うと、さらに感謝しかない。
しかも新たに加工して与えてくれた。
耳飾りの石も、おそらく魔法の有無を見るために一粒犠牲にしてくれたのだ。
「アナスタシア、そんな大事なものをおれに貸してくれてありがとう」
「気にしないで。それに、同族に使うのは禁忌だったのに使っちゃったのは、私にとってもちょっと後ろめたいものがあるから。あ、でもニコ船長が上げたのはエルフ用だからね。むしろアルジャ専用だから!」
「大丈夫。わかってる」
「ニコさんには世話になりっぱなしだ。ドラゴン使いになれたら、そして魔法が使えるようになったら、ちゃんと恩返しをしたい。だから……俺、アナスタシアの村に行っていいかな。才能があるかどうかわからないけど、頑張ってドラゴン使いを目指すから。なれなくても、役に立てるような技術を身につけるよ。だから、お願いだ」
「……、も、もちろんよ! 最初から、私から誘っているじゃない。もう、不安にならないで! むしろ迷惑がられてなくて嬉しい。よろしくね、アルジャ」
「よろしく、アナスタシア」
アルジャとアナスタシアは夕方前には船に戻った。
乗組員のほとんどはそとの宿に泊まっているので、船内にはほとんど残っていない。ニコも夜には戻ってきたので、僅かな人数での食事をとった。
料理はニコが船外で買ってきたものだ。酒類もある。
「宿屋で食べる料理よりもいいものかもしれない」
そう言ったのは甲板長のゴアで、珍しくアルジャの前に笑顔を見せていた。
「そうだぞ。舟守係のために奮発して注文した料理なんだからな」
ニコが笑いながらゴアを小突き、手にしていたグラスに酒を注いでいた。
そして、ゴアが言った。
「お前も飲むか?」
と、アルジャに。
「え……」
「酒だよ、酒。エルフの酒が飲める年齢は知らないが」
「む、村では、十五になったら……、儀式のあとに白ワインを飲むことになとになってるうので」
「お前、歳は」
「十五です」
「なんだ、じゃあ飲めるな」
そしてアルジャのコップに酒がなみなみと注がれた。白ワインだと思った。
アルジャは、儀式でドラゴン使いと認められなかったため、白ワインは振る舞われていない。
「さあ、乾杯だ!」
ゴアが酒を高く掲げる。
アルジャは、なにやら涙が出そうになりながらコップを掲げた。
ブクマ、閲覧、ありがとうございます!
前回は朝の5時という時間に更新したにもかかわらず、予想以上の方に読んでいただけました。
感涙です。
今回は幸せな回にしました。
本来ならもう暗い展開に入ってるのですが……。
なるべく早めに続きをアップします。
ブクマ、評価、このキャラが好き!などの感想を頂けると狂喜乱舞……じゃなく励みになります!
よろしくお願いします!