アーレンとアルジャ
どうにかしてドラゴンを操りたい。
天空の島では、言うことを聞かないドラゴンが嫌いだった。
そう、実を言えばアルジャはドラゴンが嫌いだった。そのことに気が付いたのは、アーレンのおかげだ。
生まれて初めてと言って過言ではないくらい、アルジャはアーレンが好きだ。アナスタシアのドラゴンだからというのもあるけれど、アーレンからは敵意を感じない。そして、全く命令を聞いてくれないのに、それが悔しくない。
ブイを投げつけてくるのは遊びたいからだ。
アルジャがブイを投げ返すと、アーレンは器用にそれを受けて、一度高く打ち上げて、落ちてきたところをポーンとアルジャに向かって打つ。アルジャもそれを返す、そして打ち返される。
ただそれだけの単純な遊びだが、楽しいのだ。
空の上ではドラゴンと遊んだことはなかった。威嚇されてばかりだったので、そもそも遊ぶことなど不可能だったのだが、アルジャにとってドラゴンは使役する相手に過ぎないとの考えも強かった。
兄に追いつけるように、父に近づけるように、フロリアに負けないように、絶対にドラゴンを操ってみせるのだと気を張っていた。
けれども今、アーレンに向かってそんな感情はない。
どうにか意思疎通できないかとは考えている。指示を出し、アーレンがそれに従ってくれたら、きっと達成感を共有できるだろう。
お互いに、やったな! 喜び合えるに違いない。
「どうにかして、ドラゴンをあやつりたいな」
これまでの思いとは違う感覚がアルジャに芽生えていた。
夜の食事が終わり、今晩は見張りの当番から外されたので、アルジャは久しぶりに夜風をぼんやりと浴びていた。空には星がまんべんなく散っていて、美しい。
空の島でみる空とそう変わらないけれど、見上げてのばした喉の下の様子が少し違っていることに気が付いた。
苦しくない。
詰まるような息苦しさを感じていた胸は、今はスカスカだった。
空にいるころはいつも劣等感にさいなまれていたのだ。今更それを実感している。
だからと言って、今の胸の奥が爽やかであるとは言えない。楽ではあるが、代わりに虚無感がいっぱいに詰まっている。
今頃家族はどう過ごしているだろう。フロリアはどう過ごしているだろう。
きっと、いつもと変わらない日々を過ごしているのだ。
村を思い出しては、同じ答えに行きついて、苦みが胸に広がってゆく。虚無感が徐々に黒く変色してゆく。
奴らには栄光の未来がまっているのに、自分には絶望の未来しかない。
船を降りたら、誰にも知られないようにひっそりと生きてゆくのだ。
どこで寝泊まりをしよう。どうやって食べ物を手に入れよう。冒険者にはなってはいけない。だから、世界の影のなかで、人知れず生き、人知れず死ぬのだ。
恋人も家族も友人もできないだろう。
「なんでエルフの寿命は長いんだ。十年くらいで死ねばいいのに」
そしたら今頃、自分はもうすでに死んでいる。どれだけ幸せだろうか。
それとも、十五になるまえに、自ら死を選んでおけばよかったのだろうか。アルラン家の面汚しだった。きっと家族は心の中で罵っていたはずだ。死んでくれと思っていたはずだ。
フロリアも、仕方なく同情してくれてたのだろう。幼馴染だから気にかけてあげる役割を押し付けられていたのかもしれない。
サパっと音がして、海からアーレンが顔を出した。
キュウ
慰めてくれているのだろうか。優しい声だった。
「お前は空のドラゴンとは違って、俺にも優しんんだな」
アーレンは首を傾げるようにしただけで返事はない。
「それともアナスタシアのドラゴンだからかな。相棒に似るのかもな。生まれたころからずっと一緒なのか? それとも、アナスタシアが孵化させたドラゴンなのか?」
アルジャが手を伸ばすとアーレンも首を寄せてくれ、その顔を撫でさせてくれた。
「アーレンって名前、変わってるよな。俺もかわった名前だけどさ。そういえば、なんだか俺たち名前似てるんじゃないか? アナスタシアが俺に優しくしてくれるのは、お前に名前が似てるからかもな」
キュ?
「アルジャ・アルラン。最初と最後をつなげれば似てるんだって。アーレン。アルジャアルラン。な? 似てるだろ? ……、ま、今はただのアルジャだけど」
アルランの名前に誇りを持ちたかった。
あのアルラン家の竜騎士か、と羨望の目でみられたかった。
アルジャとアナスタシアのドラゴンがいる。
ニコはその姿を見かけて、ほうっと息を吐いた。
思いがけない場面だった。
アルジャとドラゴンが楽し気にしている。最近はよくふざけあって遊んでいるまでになったようだが、今夜のアルジャとドラゴンの様子は一段と親し気に感じた。
今ならいいかもしれない。
そう思い、ニコは声をかけようとした。
実を言えば、アルジャに本当に魔力がないのかを確かめたいと思っていたのだが、最近なかなか声をかけるタイミングがつかめなかった。
追放のエルフという繋がりを部下に見られるのが怖かったのと、声をかけようとすると喉に言葉が詰まって出てこなくなるからだ。
夜、人がいない甲板で、ドラゴンがそばにいるならば声がかけやすい。
「アルジャ、」
と呼んだとき、
「ニコ船長、しっ」
と頭上からアナスタシアの声がした。上を向けば、二階の手すりからアナスタシアがわずかに顔を出している。
「今、アルジャとアーレンが交流しているところなの。アルジャがドラゴンに心を開くきっかけになるかもしれないから、ちょっとだけ待って」
ニコは口に手を当ててそっと物陰に隠れ、アナスタシアが音を立てずに階段を下りてくる。二人で聞き耳を立てた。
そしてニコの耳に届いたのだ。
アルジャ・アルラン
その名前が。
「アルラン……」
「ニコ船長、知ってるの?」
知ってるも何も、と空を見た。
「天空の浮城で、いや天空の島で知らなない奴なんていない。竜騎士の名門中の名門。騎士団長アルラン。……天空の守護神だ」
アルジャはその息子か。
アルラン家の不名誉な無能。
ニコは胃を抑えた。
自分の幼少期に似ている。吐きそうだった。
「アナスタシア、……今夜はもう戻る。アルジャのことは頼んだ」
「わ、わかったわ。大丈夫? なんだか具合が悪そうだけど……」
「大丈夫だ。夜の当番が続いたからだ。今日は早く休むよ」
アルジャの魔法については後で考えよう。今は無理だ。ドラゴン使いの才能もなく、魔法も使えないと確定したら、ニコが耐えられなくなりそうだった。
どんな思いでアルジャはアルラン家で過ごしていたのだろう。
想像したくないのに、内臓がキリキリと悲鳴を上げている。
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