《天空のドラゴン使い》
「アルジャ……、残念ながら君はこの村で生きてゆくことはできない」
もう何度目の試験だっただろうか。アルジャは覚えていなかった。
憐れむような村長の目に、アルジャは唇をかんだ。
目の前では小さなドラゴンたちが暴れてる。村長がヒュイっと口笛を吹くと、手が付けられないくらいに喧嘩していたドラゴンたちはピタッとそれをやめて、村長をまっすぐに見つめるのだ。
アルジャがいくら声を荒げて命令しても聞いてくれなかったというのに。
「……次、こそは、次こそはやれますから!」
「アルジャ。……君にはドラゴン使いの素質はない」
「そんなことないです! お願いします! もう一度試験を受けさせてください!」
「……すまない。もうこれまでに十分チャンスは与えたよ」
だから村から出て行くんだ。
村長が最後まで言わずにいたその言葉は、アルジャの頭の中にはきちんと響いていた。
天空に浮かぶ巨大な島。そこに広がる森、ハウウェア。
ハウウェアの森には竜騎士を育てるエルフの村があった。そのうちの一つがカルーラ。
アルジャはカルーラ村の子供だった。
カルーラ村には、ドラゴンを操ることができるエルフしか住めない。それはドラゴンを卵から孵化させる秘術を守るためであった。
十五歳になると、ドラゴン使いの試験を受ける。試験に受かれば晴れて成人と認められ、正式な村の一員に認められて、由緒正しきドラゴン使いの道を歩めるのだ。
しかし、試験に合格できなかったエルフは……、
「アルジャ……、その……、試験……、どうだった?」
ためらいがちに訊ねるのは幼馴染のフロリア。カルーラ村のエルフで、アルジャと同い年の少女だ。
アルジャは答えられなかった。フロリアは同年代では一番才のの有るドラゴン使いだった。いずれは竜騎士になるだろうと噂され、魔法の才能にも恵まれていた。
一方のアルジャは、ドラゴンを全く操れなかった。
ドラゴンだけではない。魔法も下手くそで、ランプに燈火さえ点けられない。
「……、」
「ダメだったんだね……」
「……なんだよ……、まだなにも言ってないのに、決めつけるのかよ……」
「ご、ごめん」
「俺は、俺だって、必ず竜騎士になる! 俺にだってなれる! 俺は、俺は、無能なんかじゃない!」
「誰も無能だなんて思ってないよ!」
「嘘だ!」
アルジャは叫んだ。フロリアがびくっと震えて一歩あとずさった。
「俺が知らないと思うなよ。皆そう陰口叩いてるの知ってるんだ。俺は無能って、竜騎士団の団長だった父さんとは大違いだって、兄貴たちに全部才能を吸われた残りカスだって、大人もお前らも、みんな、みんな、影でそう笑ってるの知ってるんだからな!」
フロリアをギリっとにらみつけ、アルジャは背を向けた。
「あ、待って、アルジャ、待ってよ!」
可憐な声を振り切るように走り出す。幼馴染の声は、アルジャをみじめにするだけだったのだ。
アルジャの父は竜騎士団の団長だった。大きな体躯と美しい金色の髪。銀の仮面をつけてミスリルの槍をもち、ホワイトドラゴンにまたがって天空を駆けていた。
歴代の騎士団長の中でも一番と言われるほどだった。
カルーラ村の誇りだった。
そして四人いる兄もみな竜騎士だった。
父に負けず劣らずの才能の持ち主で、幼いころからあまたのドラゴンを操っていた。アルジャはそれ尊敬の目で見つめていた。
いつが兄たちのようにたくさんのドラゴンを味方にし、父のようにホワイトドラゴンに乗って槍を振るうんだ。真っ青な大空を、風に乗って飛んでゆくんだ。
そう夢に見ていた。
なのに。
どうして。
ドラゴンは俺の言うことを聞いてくれないんだ。
アルジャは駆けた。悔しくて涙がこぼれていた。口にしょっぱいものがたくさん入り込んでくる。それを拭うこともできなかった。
十五になったその日、初めて受けたドラゴン使いの試験。
子供のドラゴンの背に乗せてもらう、それだけのことだった。
カルーラ村の子なら、ドラゴンの背には簡単に乗れた。アルジャもそれまで乗れていたのだ。けれど、その日、ドラゴンはアルジャの言うことを聞いてくれなかったのだ。
背に乗ろうとまたがった瞬間、ドラゴンは激しく吠えて、アルジャを振り落としたのだ。
地面に放り投げられ、敵意を持った目で睨んでくるドラゴンを呆然と見上げた。
「なんで、」
とつぶやいたとき、大人たちが一斉にドラゴンに覆いかぶさった。なぜなら、ドラゴンはアルジャに襲い掛かろうと大きな口を開けたからだった。
カルーラ村で、数百年ぶりにドラゴン使いの試験に落ちた子供。
それがアルジャだった。
なんで、
どうして、
俺が、
無能なんだ!
俺は父さんの子だ。兄さんたちの弟だ。
ドラゴン使いの才能にあふれているはずなんんだ。竜騎士になるんだ。
絶対!
「アルジャ、待ってよ!」
幼馴染の声がする。
つい立ち止まって振り返れば、フロリアは空にいた。アルジャを振り落とした銀色の竜にまたがって。
「……っ、見せつけてるのかよ……」
アルジャの絞りだしたような声は届かない。フロリアは見事にドラゴンを操って大地に降りたった。その背から降りるときも、ドラゴンは身をかがめてフロリアを手助けしている。そんなドラゴンの角をフロリアは微笑みながらなでた。
「ありがと」
そして悲し気な顔をアルジャに向ける。
「逃げないで、アルジャ。正々堂々としていてよ。お願い」
「胸を張って、この村から出てゆけと?」
「……そうよ」
「……なん、……なんだと!」
「叫ばないで! みっともないわ。あなたは竜騎士の家系なんでしょう? 最後くらい、竜騎士みたいに凛としていて」
アルジャの目の前が真っ赤に染まった。
「アルジャ・アルラン。あなたの追放の儀式が今夜執り行われるの。みんなとの最後のお別れよ。ねえ、お願い、一緒に来て。私はあなたを連れ戻すように言われたわ。……あなたが、竜の卵を盗み出す前に」
「……は?」
「村から追放されるのを恨んで、卵を盗みだすつもりなんでしょう?」
「言ってる意味が分からない」
「だって、あなたは……無能なんだから」
本当に言っている意味がわかななかった。
ただ。フロリアから言われた言葉だけが、ドンと降ってきた。
無能。
村の中央にアルジャはいた。目の前には村長。そして距離を取って輪を描くように大人たちがいる。みな冷たい目をしていた。母親も、兄たちも。そして、城から戻ってきた父も。
「アルジャ・アルラン」
村長がアルジャの名前を呼んだ。
「今宵、カルーラの掟に従い、お前を追放する。アルランの名ははく奪する。お前はただのアルジャである。そして、二度とお戻れぬ印を刻む」
目の前で村長は短剣を抜いた。
そしてスパッと横凪ぎにする。
「ッアアアア!」
アルジャは顔に走った激痛に声を上げ、自分の鼻を抑えた。正確には目と鼻の間。
「追放者の刻印として、横一線の印を刻んんだ。お前は二度とこの村へと戻ることはできない。さあ、夜が明ける前に去れ」
顔から焼けるように熱い液体がドクドクと流れていた。抑えている手は異様にぬるつき、視界がぼやけている。
夜だ。
見えない。
痛い。頭がふらふらする。
「何をしている! 早く行くのだ!」
村長の声にアルジャはふらつきながら反対を向いた。ぼやけた視界に、大人たちが冷たい目で二列に並んでいるのが分かった。その間の先には、村の出口。
「卵を守れ!」
村長の声。
「ドラゴンを守れ!」
ドラゴン。俺は、ドラゴン使いになれなかった。だから、卵を盗む罪人と言われても仕方がない。
竜騎士になれなかった。
だから、ドラゴンを盗む罪人と言われても仕方がないのか。
「ちくちょぉおおおおおお!」
アルジャは叫び走り出した。出口めがけてではない。大人たちの向こうに整列している、いけ好かないドラゴンに向かってだった。
「アルジャを止めろ!」
「やめてアルジャ!」
近くにいたドラゴンの手綱を手にし、抵抗を押さえつけてその背にまたがった。暴れて吠えるドラゴンに
「飛べぇええ!」
と叫びながら、思いっきり手綱を引いた。
するとドラゴンは苦しそうにも身をよじってから、空へと飛んだのだ。
「なんだ、言うことをきくじゃないか! 俺にはちゃんと才能があった! 無能なんかじゃない! 無能なんかじゃないんだ!」
ドラゴンは細い月に向かってぐんぐん上昇してゆく。
そして勢いよく急降下した。
細い月の銀のような光。
それがアルジャにとって、空飛ぶドラゴンの背から初めて見た景色。
そして、最後の景色だった。
ブン、とドラゴンに放り出されたアルジャは、天空の島の向こう側に、ゆっくりと落下していったのだった。
お読みいただきありがとうございます!
いかがだったでしょうか?
初めての追放もの……? です。
続きが気になりましたら、ブクマや評価をしてくださると励みになります!