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黄金の魔術師 ~金は最強の攻撃手段!~  作者: 柴竈 哲
第零章 〜The beginning of the golden〜
8/16

マニュスアルマ

私用で遅くなりました。

「ここがマニュスアルマ……!」


 今さっき閉められた巨大な門を潜った先にあったのは繁華街。様々な人が飲食店らしき店を出入りして楽しそうに笑い、活気に溢れていた。

 現代の先進国のような電気の眩しさではない、蝋燭を灯したような光が薄暗くなった街を照らし、車も機械もないのに人々の喧騒で賑わう光景に俺はしばらく見とれていた。


「どう? 久しぶりの人が住む街は」

「山よりずっと都会って感じ!」

「山と比べたらどこでも都会よ。ほら、突っ立ってないで行くわよ」


 呆れた様子で俺の肩を叩いたテレサちゃんは慣れた足取りで歩き出す。それに遅れないように俺も歩き出した。

 街灯は電球じゃなくランタン。それも一軒一軒の間に一つずつ配置されて門から中心へと続いている大きな道を余すところなく照らしていた。

建造物の壁は塗り壁だろうか? 日本の住宅街じゃなくて海外の別荘地で見るような材質だ。漆喰って奴かな? 屋根は石瓦? 古いヨーロッパの建物みたいな積み方をしてるぞ。

 ここも日本の文化が馴染んで変化したのだろうか。既視感のある店名や客を呼び込む謳い文句がすごく懐かしい。あっ、『YAMATO』って何の店だろう。


「たった六日しか経ってないのに召喚される前のことが随分前のように感じる……」

「あんたの生活が濃すぎるのよ」

「きゅい」


 だんだん扱いがぞんざいになってきてない? 街に入る直前くらいから上着の胸ポケットに隠れたオスカーもテレサちゃんの言葉を肯定するように頷いてる。器用に目を閉じて腕まで組んでやがるぞ、このリス。

 俺、泣いていい?


「ここは南門前の繁華街で、今から向かうのは東の宿屋街よ」


 マニュスアルマには南北に一つずつ、二つの門が存在する。北門は特別な行事がないと解放されないそうで基本的に南の門で人の出入りをしている。

 南は繁華街、東は宿屋街、西に商店街、北に軍事施設、中央に住宅街。五つの区分に分けられ、どの道も門と門を繋ぐ大通りに出るように設計されてる。要塞都市と言うだけあって籠城戦を想定して壁際には階段が複数存在しているのも特徴的だ。

 遠目から見えた三角錐は一つ一つが魔導具らしく、有事の際は魔導具と堅牢な壁を利用した遠距離攻撃で戦うらしい。建造以来、一度も攻められたことがないのでその機能が本当にあるのかは領主のみが知る所となっている。


「異邦人が築いたって言ってたけど建造されたのはだいぶ前だよね? 最低百年くらいは経ってるのに劣化とかしないの?」

「建造されたのはかれこれ五百年前ね。当時の最新技術を用いて造られたこの壁は自動修復術式が編み込まれてるわ。こんな馬鹿でかい壁に自動修復術式を編み込むなんて正気の沙汰じゃないわね」


 ただ宿屋街を目指して歩くのも暇なのにテレサちゃんに色々と話を聞いていたらまた訳の分からない単語が出てきた。いい加減聞き直さなくてもいいように言ってほしいものだ。


「俺にも分かるように言ってよ」

「なんで私があんたの低脳に合わせなきゃならないのよ?」


 辛辣だね、テレサちゃん。そろそろマジで泣くよ?


「はぁ……。術式っていうのは魔術を使う際に必要な計算式よ」

「計算式? 一体何を計算してるのさ」


 何だかんだ言ってちゃんと説明してくれるテレサちゃんってツンデレなのかな? というかデレるの?


「詳しく説明してたら夜が明けちゃうから簡単に教えてあげるわ。大雑把に魔術を発動させる際に必要な手順は三つ。想像、構成、実行。魔力で何を成したいのか明確にするのが想像。想像を現実にするために必要な型を用意するのが構成。用意した型を使うのが実行よ」


 俺でも分かるように言葉を選んでくれたテレサちゃんは更に続ける。


「このサイクルを行って初めて魔術が成るわ。簡単に説明したけど、実際は使える人が限られる高等技術よ。それで想像と構成を経て出来た型のことを術式と呼ぶの。魔導具にはこの術式が組み込まれて誰でも魔力を流せば使えるようになっているわ。スキルカードとか例外はあるけど基本は術式が魔術の出来を決めると言っていいくらいよ」


 簡単そうに見えた魔術だったけど、こうやって成り立っていたのか。


「問題はここからよ。術式って成したいことの難しさによって大きく、複雑になるのよ。例えばあんたを洗ってあげた【広域流水(スプレッドウォーター)】くらいなら手のひらくらいの大きさね。でも、自動修復術式は対象によって大きさを変えるのよ」


 青白く発光する線で描かれた幾何学模様の魔法陣を手のひらの上に作って見せたテレサちゃんの説明は続く。

 曰く、自動修復術式は一つの円環として完結してる。完結してる故に欠ければ補完し合うように出来ている。


「術式が補完される法則を利用して編み込まれた物を修復させる。編み込んだ物を術式の一部として扱うことで初めて成立するわ。だからあの壁は一つの術式とも魔導具とも言えるのよ。これでわかったでしょ? 自動再生術式が編み込まれたあの壁はとんでもない魔術的遺産なのが」


 途中から難しくてピンと来なかったが、この街を覆う壁が一つの絵だと思うとなんとなく理解できた。こんなに大きな絵画を描くとしたらどれくらいの日数が必要になるのか。

 マニュスアルマの壁はランドレイシュ王国の壁よりも大きく、分厚い。高さは五割増しくらいだろうか。分厚さなんて三倍はあるぞ。

 俺は改めて壁に視線を向けた。純白の壁は月明かりに照らされて仄かに青く、悠然と在り続けるその風格が安心感を与えてくれる。この壁の中にそんなすごい技術が詰まってるなんて想像もしてなかった。


「自動修復術式が編み込まれた壁は朽ちてもまた再生するわ。だからこの壁は不滅、私たち人間の偉大なる鎧なの」

「……すげえ。でも遺産って」

「ええ。三百年ほど前を境に魔術は衰退したわ。衰退したことで多くの魔術や知識が失われた。衰退した理由すら残っていないけど、私たちが研究してることなんて衰退する前なら当たり前の事だった筈よ。私はそれがすごく悔しい」


 手のひらの上で発光し続けていた魔法陣を握り潰し、テレサちゃんは月明かりに照らされる壁に拳を突き出す。


「だからいつか絶対に壁の秘密を暴いて三百年分の遅れを私が取り戻す」


 挑発的に口元を歪ませるテレサちゃんの横顔は無邪気で決意に満ちていた。やっぱりテレサちゃんにはこういう顔の方が似合う。


「随分大きい目標だね」

「魔術師を名乗るなら当然よ」


 さも当然のように言っているが三百年前の技術を蘇らせるとテレサちゃんは言っているのだ。その道がどれだけ険しいのかは俺でも分かる。天才魔術師なんて自称するのは自分にプレッシャーを掛けて途中で折れないようにしてるのかな。テレサちゃんなら素で言ってそうだけど。


「見えてきたわ。ここが宿屋街よ」


 大通りから少し小さな道に入ると歓楽街とは違った賑やかさが広がっていた。旅装束に身を包んだ人、鎧を着こんだ人、日本じゃ見かけないような独特の恰好をした人などが道を埋め尽くしていた。見るからに服としての意味を失っている服装もちらほら見られる。ビキニアーマー初めて見たよ。


「意外と歓楽街に近いんだ」

「遊んだ後すぐ寝れるから儲かるって話よ。知り合いがやってる宿屋に案内してあげるからそこで寝るといいわ」

「テレサちゃんの家に泊めてくれないの⁉」

「泊める訳ないじゃない‼ 何考えてんのよ!」

「俺、金無いし……」

「ああ……」


 可哀想な動物を見るような目で俺を見るテレサちゃんに抗議したい。下心なんて無い、あるのは打算だ! 俺はこの世界のお金が無いんだ!


「他の知り合いも紹介してあげるからその人の所で働きなさい。宿屋には理由を話して後払いにしてもらうから」

「……ありがとう、テレサちゃん」


 街まで案内してくれただけじゃなく、宿と職場まで紹介してくれたテレサちゃんには頭が上がらない。例え憐れむような目で見られていたとしてもその気持ちは変わらない。

 なんとなく気まずくなったまま歩き続けると、ある宿屋の前に着いた。テレサちゃんはこなれた様子で『そよ風のつむじ』と書かれた暖簾をくぐって中へと入って行った。俺もその後に続く。


「アンズー! お客を連れてきたわよー!」

「あ、テレサ! あんたが誰か連れてくるなんて珍しいじゃない!」


 人通りの少ない所にあるけど客は結構入ってるようだ。暖簾をくぐった先にある食堂の席は半分以上埋まっていた。シチューのような白いスープと黒いパンを食っていた客が二人の声に反応して一斉に振り返る様はホラー映画みたいで気持ち悪かった。

 そんなジロジロ見るなよ。男に見られる趣味はないぞ。


「魔の山脈に薬草を補充しに行ったら畑に居たのよ」

「魔の山脈⁉ 嘘でしょ⁉」

「嘘じゃない。今、部屋空いてる?」

「え、ええ……。何部屋か空いてるけど」

「よかった。こいつをしばらく泊めてあげてほしいの。訳あってお金が無いのよ、こいつ。でも支払いはさせるから。ライルの所に紹介して働かせようと思ってるから少し後になると思うわ。管理小屋の裏にある薪小屋で寝るくらいだからルームサービス無くても大丈夫よ。食事に関してもアグリーエイコーンやらキャンベイジを普通に食べるような奴だから残飯でも食わせてくれて構わないわ」

「……冗談?」

「全部本当よ」


 信じられない物を見るような目で俺を見る赤髪の女性と諦めたようにため息を漏らすテレサちゃん。

 アグリーエイコーンやキャンベイジが何かは分からないけど俺が食ってた植物の名前なんだろう。どれも味が濃くて美味しかった。


「いやいや、普通は魔の山脈に居ること自体可笑しいのに、そんな劇物食べたら死ぬでしょ……」

「こいつ、異邦人で私より許容魔力量が多いのよ。それ以外は普通の人間よ。妙に逞しいけど」

「妙に逞しいってどういう意味⁉」


 誉めてないよね⁉

 テレサちゃんの言葉の意味を追求しようとするよりも女性の食い付きの方が早かった。活力に満ちた目を限界まで見開いて俺を指さして叫ぶ。


「この子、勇者様なの⁉」


 な、なんだか嫌な予感が……。


「勇者様ではないけど異邦人よ」


 テレサちゃんが肯定すると同時に俺の元に駆け寄ってきた女性が俺に向かって手を伸ばしてきた! 三度目の正直だ! もう揺らされないぞ!

 どうにか目で追えた俺は寸の所で女性の手首を捕らえることに成功したが、流れるように掴み返された。襟の次は手か⁉


「勇者様なんて初めて見た! 勇者様なら不思議じゃないわね! よく見たら着てる服も勇者様の正装に似てるわ! ボロボロで気付かなかった!」

「だから勇者様じゃないって」


 さっきまでの不審な様子は何処に行ったのか。大好きなアイドルと握手するかのようにブンブンと揺らす女性は興奮した様子だ。異邦人って分かっただけでこんなに反応が変わるとか怖い。


「ほら、仕事しなさいよ!」


 今朝テレサちゃんに丸洗いされたとはいえ、かなり汚いはずの俺の顔を覗き込もうと距離を詰めてくる女性にテレサちゃんがチョップを入れて引き離してくれた。鼻の穴膨らませて顔が近付いてくるのってこんなに怖かったんだ……。


「あう~! 勇者様~!」

「うだうだ言わない! あんたの母さんに言いつけるわよ!」

「それは駄目! せっかく独立したのに引き戻されるのなんて御免よ!」

「なら働きなさいよ」

「……はーい」


 テレサちゃんに脅される形で女性は渋々書類の用意を始めた。

食堂の隅に設置された机で、書類を取り出して、ペンを握って。事ある度にチラ見してくるほど気になるらしい。愛想笑いを浮かべているが頬が引き攣ってるのが分かるぜ。

 チラ見してくるのは女性だけじゃない。一斉に振り返った客たちも食事を取りながら度々俺に視線を向けてくるのが分かるぞ。


「おい、勇者様って本当か?」

「本当だろうよ。あの服装、見てみろ。明らかに質が違うし、何より過去の勇者様たちの正装そっくりだ」

「マジかよ……。汚くて全然分からなかった」

「まさかあの噂が本当だったとはな」

「全くだ。山の向こうは勇者様を呼ぶほど大変な事になってるって噂はあながち嘘じゃねえのかもしれねえな」


 チラ見してばかりでテレサちゃんに叱られた女性を観察してると気になる話が聞こえてきた。

 その噂ってなんだ? この街には魔王が復活したって話は来てないのか?


「そういえばテレサ、勇者様の名前は?」

「……」

「まさかあんた……」


 詳しい話を聞こうとその二人組に話しかけようとしたら誰かに襟首を掴まれた。テレサちゃんだ。

 俺が話しかけようとした客たちとは逆の方向に引っ張られた先にあったのは女性が用意した書類。お客様と書かれた欄以外が埋まった書類を前にした俺はテレサちゃんに視線を向けると無言で顎をしゃくられた。

 ああ、名前言ってなかったもんね。


「逢坂悠輝です。これからよろしくお願いします」


 何故か日本語で書かれた書類にサインすると女性はニカッとヒマワリのような笑顔を浮かべた。


「よろしくユーキ! 『そよ風のつむじ』へようこそ! はい、鍵!」


 渡された鍵には二〇三と書かれたキーホルダーがぶら下がっていた。

 山に捨てられた時はどうなるかと思ったけどテレサちゃんに会えて本当によかった。会えなかったら今頃は山でどんぐりもどき齧ってたよ。


「外出する時は鍵は返してね。ご飯は朝晩の二回、昼間は掃除するから外出してくれるとありがたいわ。私の事は若女将かアンズって呼んでね! 何かあれば気軽に聞いて!」

「あんたの年齢なら若女将より女将の方が似合ってるんじゃないの?」

「うっさい! まだ二十代だから若いわよ! それにあんただって私と同い年じゃない!」

「……また明日来るわ、ユーキ。寝坊するんじゃないわよ」

「あっ! 逃げるな!」


 名前教えてなかったからあんたとかあなたって呼ばれてたんだ。

 逃げるように店から出てったテレサちゃんと追いかけるアンズちゃんを見ながらそんなことを考えていた。

 先ほど気になる話をしていた二人はもう部屋に移動したのか食堂に姿はなかった。今度テレサちゃんにでも聞いてみよう。きっとテレサちゃんなら知ってるはずだ。……対価とか言わないよね?


「……鍵もらったし寝ようかな」

「きゅい」

「オスカーは人見知りか? 少しは顔出してくれよ」

「きゅ」


 胸ポケットから顔を覗かせていたオスカーがまた隠れてしまった。恥ずかしがり屋め。

 異世界に来て六日目。俺はようやくまともなベッドで寝ることが出来るぞ。

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