覚醒の儀
「まさか、この国の王様……?」
「如何にも。突然のことで混乱していることだろう。君たちの知りたい事には全て答えると約束する。さあ、遠慮せず聞いてくれ給え」
どこかエリカに似た笑みを浮かべるランドレイシュ十四世を見たクラスメイト達は先ほどよりも熱烈な、狂気を感じさせる眼差しを向けていた。あの甘ったるい匂いがきつくなるにつれてクラスメイト達の様子がどんどんおかしくなっているような気がする。まるで正気を失っているような様子だ。
あの匂いはなんだ? 何故大祐は感じず、俺だけが感じたんだ?
「あの、聞いてもいいですか?」
「勿論。君の名は?」
「葛葉千尋です。その、勇者ってなんのことなんですか?」
一人の女子が手を挙げておずおずとランレイシュ十四世に質問した。確か……、彼女は虚橋とよく一緒にいた子だ。他の女子よりは虚橋と距離が近かったはずだ。先月、自然薯掘りに行く途中にたまたま見かけたので覚えているぞ。美味しいと評判の珈琲屋で楽しそうに話してたのは今でも鮮明に覚えてる、うん。
質問の回答を待つ間、彼女はちらちらと虚橋の方に視線を向けていた。狂気に染まっても気になるほど好かれているとは驚きだ。
「勇者というのは君たちのように異なる世界からやってきた異邦人のことだ、クズハチヒロよ。過去に異邦人がこの世界に訪れた時、数々の偉業を残してくれたのだ。その偉業に敬意を表してそう呼んでいる」
「僕たちのような人が過去にも居たんですか⁉」
ランドレイシュ十四世の言葉に反応したのは虚橋だった。彼は大きく目を見開き、今にもランドレイシュ十四世に飛びかかろうとしていた。周りに控えていた鎧の人が槍を構えそうになるのをランドレイシュ十四世は黙殺し、虚橋の問いに答える。
「君は?」
「僕は虚橋謙吾です。それより答えてください!」
「大勢居た。前回の召喚の儀は百年ほど前だが、召喚が行われた回数は十を超えている。これでいいかな? ウロバシケンゴ」
「そんなに……‼ その人たちはどうなったんですか⁉」
「残された文献によれば役目を果たし、帰る者もいれば定住した者もいたそうだ」
なぜか安堵したように息を漏らす虚橋。一体今の言葉のどこに安堵する要素があったんだろう。俺はむしろ、最低十回もこんな誘拐みたいなことが行われていたことに戦慄したのに。というか、俺たちは地球に帰れるのだろうか……? 俺たちをいい様に使うために嘘を吐いているとかは考えないの?
「あの! その役目って何ですか?」
先ほどよりも興奮気味の葛葉さんが質問するとランドレイシュ十四世は真剣な表情を浮かべる。それに釣られて周りのクラスメイトも真剣な表情を浮かべた。なんだろうか、この違和感。大祐の言う通り、集団催眠にでもかかってるんじゃないかってくらいみんなの意識が同じ方向に向いている。
「その役目こそ君たち勇者を呼んだ理由だ。召喚の儀はこの世界に危機が訪れた時に、我々だけでは対処しきれない巨悪が現れた時に行われる特別な儀式だ。過去の勇者たちがこの世界を救ってくれたように、我々にも救いの手を貸してほしい……‼ ……この通りだ‼」
ランドレイシュ十四世は苦渋に満ちた言葉と共にその場で両膝を折り、手の平と額を地面に擦り付けた。俺たちに向かって、所謂――土下座をしたのだ。誰かが息を飲む音が聞こえた。大の大人が、それも国を背負っている王が一介の高校生に最敬礼したんだ。その意味は非常に重い。
確かに国の命運が俺たちにかかっているのならなりふり構っていられないだろう。けど、ランドレイシュ十四世は重大な事をはぐらかしている。彼はこう言っているんだ。役目が終わるまでは逃がさない。俺たちはこの国に、ランドレイシュ十四世に囚われかけているんだ。
元の世界には、地球には俺のために必死に働いてくれてるじいちゃんとばあちゃんがいる! あの二人に受けた恩を返すためにも俺は帰らなきゃならないんだ‼
「ふざ――ッ⁉」
地に頭を擦り付けているランドレイシュ十四世に近付こうとすると同時に見えない何かに体を引っ張られ、唇が縫われたんじゃないかと思うくらい固く閉ざされた。唇だけじゃない、引っ張られた体まで動かなくなった!
一体何が起こった⁉
「顔を上げてください、ランドレイシュさん」
「……」
「僕は……勇者として役目を果たします‼」
俺が必死に見えない拘束を外そうともがいていると話は最悪の展開に流れてしまった。
なんで誰も疑問に思わないんだ⁉ 俺たちはこいつらじゃ手も足も出ないようなヤバい奴と命を懸けて戦わされるんだぞ⁉
「私も、謙吾くんと一緒です!」
「ありがとう、二人とも……」
俺が愕然としてる間に葛葉さんも虚橋に賛同したようで、顔を上げたランドレイシュ十四世が嬉しそうに声を漏らした。そして二人に釣られるように多くのクラスメイトが賛同の声を上げる。
俺を縛り付けていた何かはいつの間にか消え去った後もしばらく動くことが出来なかった。
結局、さっきから引っかかっているこの違和感がなんなのか分からず、またも俺はクラスメイトの意思に流されてしまった。
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ランドレイシュ十四世が土下座をしてから再度、質問の場が設けられた。場の雰囲気は既に固まったようなもので確認するようなものばかりだった。
今回、俺たちが呼ばれた理由とは。長年封印されていた魔族の王、魔王が復活したことに関連してるらしい。魔族とは魔物と呼ばれる獣と交わって生まれた人種の総称で、魔王は人間のことを滅ぼそうとしているとか。過去に行われた儀式の半数が魔王絡みらしいがどこまでが本当なんだろうか。残りは人間同士の戦争や異常増殖した魔物の討伐みたいだ。戦争や異常増殖の方がしっくりくるのはなぜだろう。
過去に呼ばれた勇者の数はどのくらいなのか。軽く二百は超えているそうだ。毎回二十人前後呼ばれている計算になる。戦闘に長けた者から知識が豊富な者、色んな人がこの世界に訪れて文明を飛躍的に発展させたそうだ。既視感やエリカに親近感を抱いたのは日本から来た勇者が子孫を残し、日本文化を広めたからみたいだ。未だに食べられずにいる食事もその勇者が調理方法を伝えたとか。通りで美味そうなわけだ。
そして、これが一番重要な事だった。
「話の腰を折るようで申し訳ないんですが。質問いいですか?」
「構わない。君の名は?」
「海原大祐です。俺が聞きたいのは、この世界って魔法とかそういうのってあるんですか?」
勇者だなんだと持ち上げられてすっかりその気になってどこか熱に浮かされているクラスメイトとは違い、緊張した様子の大祐が質問した。
すると朗らかに虚橋や虚橋を取り巻く女子と談笑していたランドレイシュ十四世の表情がスッとが抜け落ちた。だが、それは一瞬のことですぐに元の笑顔を浮かべてたランドレイシュ十四世は大祐の問いに答える。
「ああ、あるとも。だが、どうしてそんなことを気にするんだ? ウナバラダイスケ」
「いえ、前に読んだ小説で今みたいな状況になった話があったので、もしかしたらと思いまして」
顔は笑っているが目は笑っていないランドレイシュ十四世と愛想笑いを浮かべる大祐。二人はしばらく見つめあっていたが、根負けしたのはランドレイシュ十四世だった。
「ふむ。そろそろ頃合いだろう」
大祐から目を離したランドレイシュ十四世はエリカのように目線だけで鎧の人に指示を出すと、指示に反応した数人が山のように積まれた紙束を持ってランドレイシュ十四世の横に待機した。まるで練習でもしていたかのように滑らかな動きだ。
「これは潜在能力などを可視化させることが出来る魔導具の一つだ。これを使って君たちの力を調べる。我々は異邦人が初めてこの魔導具を使って自らの力を知ることを覚醒の儀と呼んでいる。君たちはこの世界に来た時から既に勇者たる力に目覚めているのだが、この覚醒の儀は一つの節目として必ず行ってほしい。きっと過去の勇者と同じように素晴らしい力を秘めているだろう」
何故そう断言できるのか根拠を教えてほしい。過去の勇者がみんなすごかったからって俺たちまですごい保証なんてないのに。
クラスメイトの輪から外れて遠くから眺めていた俺にもその魔導具とやらが渡ってきた。持ってきた鎧の人から嫌な視線を受けながらもランドレイシュ十四世の話に耳を傾ける。
「この魔導具は『スキルカード』と呼ばれており、過去の勇者が編み出した品だ。使い方は至って単純で君たちの遺伝子が含まれる液体をスキルカードに当てるだけだ。唾液でも充分効果を発揮する」
そう聞くや否やクラスメイト達は一斉にスキルカードを口に宛がった。眩い光が放たれると同時にガヤガヤと騒ぎ始め、一喜一憂し始める。
「うわっ⁉ いきなり文字が浮かび上がった‼」
「この『古式剣術』ってのが俺の力なのか⁉」
「あ! 私、三つもある!」
自分が目覚めた力がすごいのか分からず周りに聞き出す奴、目覚めた力が多いことを自慢する奴。色んな奴がいて会食場はお祭りのような騒がしさになった。そんな中。
「虚橋君すごいね! 五つもある‼」
「『光の救世主』ってなんかすごそう!」
「そ、そうかな……?」
「何っ⁉ 光の救世主だと⁉ ウロバシケンゴ、本当か⁉」
「え、ええ……」
虚橋が目覚めた力の一つにすごい速度で反応したランドレイシュ十四世は鼻息を荒げて虚橋に近付き、顔を覗き込んだ。引き攣った笑みを浮かべながらも肯定するとランドレイシュは恍惚の表情を浮かべる。今まで浮かべていた笑みよりもその表情は醜く、欲に塗れていた。これがランドレイシュ十四世の本性なのか?
「素晴らしい……‼ ウロバシケンゴ、君が目覚めた力は歴代最強と謳われている勇者が秘めていたとされる力だ! ああ、君がいれば我々の勝利は約束されたも同然だ‼」
「素晴らしい! この場に同席できたことがとても誇らしいです、ケンゴ。いえ、ケンゴ様……」
「やっぱり虚橋君だね!」
「やば! 謙吾はすごいね!」
ランドレイシュ十四世や取り巻きの女子たちに褒められ、満更でもない顔で照れる虚橋を見ていると無性に腹が立った。虚橋が勝手に話を進めたせいで封印から目覚めた魔王と戦わされることになったのに、お前は勝利が約束された力に目覚めていたのか。なんだろう、この気持ち。胸の中がもやもやする。
まだスキルカードを使用していなかった俺は行き場のない気持ちをぶつけるようにスキルカードに向かって唾を吐いた。するとスキルカードから眩い光が溢れ出し、文字が浮かび上がる。
そこに書かれていたのは一つの潜在能力。
「『黄金魔術』?」
その瞬間、ランドレイシュ十四世からすべての表情が抜け落ちた。ランドレイシュ十四世だけじゃない。エリカや、顔の見えない鎧の人からも同じモノを感じた。一体、俺が目覚めた力に何があるというのか。
「い、今、黄金魔術と言ったか?」
「? はい。スキルカードにそう書かれていますが?」
絞り出すように問いかけてきたランドレイシュ十四世の問い掛けに答えると、会食場に絶叫が響き渡ったのだった。もう訳が分からない。