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黄金の魔術師 ~金は最強の攻撃手段!~  作者: 柴竈 哲
第零章 〜The beginning of the golden〜
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The beginning of the golden 2

「くそくそくそくそ……!」


逃げても意味がない、はいそうですか。

すんなり納得できるほど俺は出来た人間じゃない。どうにかならないのか……!

ごちゃごちゃになった感情を地面に叩き付けた時、俺の頭上に影が差した。


――GLLLL


錆びついた機械のように首を動かすと、目の前に雄獅子の顔があった。


「ひぃ⁉」


情けない悲鳴を漏らして、離れようとするが既に四肢に力が入らない。

生臭い吐息をまき散らして鼻をひくひく動かすキマイラの口角が少し上がった。


――GAAAA(見つけた)


その瞬間、俺は死を悟った。

盲目のキマイラは真っ赤に染まった口内を晒しながら俺の頭に向かって迫ってくる。

ああ、せっかくテレサちゃんに拾って貰ったのにこんな所で死ぬのか。

押し寄せてくる恐怖に負けて、目をつむろうとした時だった。


「きゅうううううぅぅぅ‼‼」

「ぉ、ォスカァ……!」


オスカーが上から降ってきた。

ど、どうしてオスカーが上から……。


「ゃ、やめろお……!」


声がかすれて上手く喋れない。そんな俺のかすれた声はオスカーには届かなかった。

オスカーは尻尾を抱えて空中で回転し始める。


――GLLL?


上からやってきたオスカーに気付いたキマイラは開いていた口を閉じ、上を向いた。

このままじゃオスカーまで死んでしまう。

それは駄目だ、許せない。絶対に許せない。


『――。――れ』


誰かの声が聞こえた気がする。

俺が空耳に気を取られた瞬間だった。それは一瞬だった。


「きゅ!」

――GYAA


キマイラはゆったりとした動きで口を開き。オスカーは回転したことで勢いが付いた尻尾を振り抜いた。

その結果、キマイラの目に刺さっていた矢が更に深く突き刺さり、オスカーはその反動を利用して俺の顔の前に降り立った。

 か、かっこいい。

 初めてオスカーがかっこよく見えた。


 ――GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA‼‼‼‼


 ほんの僅かだけど生きることに希望が生まれたのに。

 キマイラの咆哮によって生まれたすさまじい風圧に吹き飛ばされて、何かが砕けた。気が付くとまた何かに背中を預けていた。

 ははっ、出鱈目じゃねえか。

 オスカーに一杯食わされたキマイラはその巨体を振り回して力の限り暴れている。裂けた蛇の尾はしなって鞭のようになって建物を壊し、強靭な四肢は舗装された石畳みを踏み砕いていく。


「ごふっ」


 まだ吐くものが残っていたのか。言う事を聞かない体を必死に動かそうとしながらそんな事を思った。

 見慣れた景色がキマイラによって破壊されていくのを俺は黙って見ていることしか出来なかった。動かない体を動かす事を諦め、視線だけ動かして納得した。

 ここはテレサちゃんの店か。通りで見慣れてるわけだ。

 腹と太ももに刺さった木材は貫通したみたいで穴が開いていた。背中を打った時に神経に深刻なダメージが与えられたのか、それとも突き抜けた木材によって脊髄を破壊されたのか。どちらにしろ、動けないんじゃもうどうしようもない。


「ごふっ⁉」


 これだけ血を流して体に穴が開いてるのに死なないなんて。

 自分のしぶとさに感心していると、俺の体をよじ登っているオスカーを見つけた。震える体で必死に上っているオスカーが愛おしい。

 出会った時からお前とはずっと一緒だったな。この街での暮らしも好きだけど、魔の山脈での日々も楽しかった。こんな別れになるなんてな……。オスカーとはもっと遊びたかった。

 テレサちゃん、元気かな……。贈り物ってなんだろう。分からないまま死ぬのは悔しいなぁ。来世の俺に姉が居たらテレサちゃんがいいなぁ。きっと毎日が楽しい。

 アンズちゃんとライルさんには本当の事を言えなかったのも悔しい。こんな事になるんだったら勇気を出してホントの事を言えばよかった。きっと分かってくれる。

 ああ、くそ。未練ばっかじゃないか。死にたくない。


 ――GYAAAAAAOOOOOOOOOOOOOOOO‼‼‼


 キマイラが暴れたことで周辺は荒れ果て、血の涙を流して怒りの形相を浮かべるキマイラは再び俺に向かって歩み始める。


「……きゅっ」


 俺の体に登ったオスカーは弱弱しい鳴き声を上げるとそのまま倒れて動かなくなった。

 先に逝くなよ、バカ。安心しきった顔しやがって……。

 体の中に形容し難い感情が渦巻くが、それを伝える体は動かない。喉は既に血を吐き出す機能しか残っていない。行き場を失った感情は涙となって頬を伝う。


『――。――れ』


 まただ。また聞こえた。

 その声はキマイラが近付いてくるに従って鮮明に聞こえるようになった。


『怒れ。怒れ』


 何を怒れと言うんだ。


『怒れ。理不尽を許すな』


 理不尽。許せない。俺はキマイラ(理不尽)が許せない。

 その声は機械的で感情を感じない。それなのに、その声は俺の心に深く響く。


『抗え。その怒りを以て理不尽に抗え』


 無理だ。体が動かない。

 キマイラはもうすぐそこまで来ている。


『抗え。その怒りを以て理不尽に抗え』


 どうしろってんだ。

 このままじゃ死んでも死にきれない。


『愚者に黄金の裁きを』


 黄金……? まさか、今ここであのろくでもない力を使えって言うのか?

 ふざけてる。あれは戦いの役には立たない非戦闘向けの魔術だ。


『契約を成せ。さすれば黄金は加護を齎す』


 それだけ言うと不思議な声の気配が消えた。キマイラは目と鼻の先にいる。

 体は言う事を聞かないし、このキマイラ(理不尽)に抗う手段がない。

 でも。でも、もしあの声が言うように抗う術が残っているなら。

 やってやる……。オスカー、仇は必ず取ってやるからな……!


 ――GYALL


 身動きできない俺が抵抗を諦めたと勘違いでもしたのかキマイラは先ほどよりも口角を上げてからゆったりとした動作で口を開き始めた。

 その油断、命取りだって教えてやる。

 やけに遅くなった(・・・・・・・・)キマイラ(・・・・)をしっかりと目で追いながら思考する。




 ――何故黄金魔術は成功しなかったのか?


 ――黄金魔術と普通の魔術の差異は?


 ――現行の魔術と古代魔術は何が違う?




 何度も考え、その度に結果がどうなるのか今ある知識でどうなるのか予想する。

 ……分からない。今の知識だけじゃ足りなさすぎる。

 なら、アプローチを変える。固定概念を捨てろ。地球からこの世界にやってきてる時点で非常識が常識なんだ。頭ん中空っぽにして全てを肯定するんだ。

 なんでもいい、かき集めろ。




 ――そもそもマナとオドの違いは?


 ――どうしてイメージすると魔言語が思い浮かぶ?


 ――なぜ金は蒸発して消える?




 仮定に想像を重ねて幻想を付け足す。そうして出来た暴論。

 俺は今、どん詰まりにいる。何もしないでいればそのままキマイラに食われて終わり。ならとことん足掻いてやる。

 簡単に死ねると思うなよ……!


「ごぷっ……!」


 体に残っている魔力をかき集め、それを垂れ流す。

 今にも噛み砕こうとしていたキマイラの動きが僅かに止まる。その躊躇いが、お前の敗因だ!


「――――‼‼」


 声は出ない。けれど俺は叫ぶ。俺の魂の叫びに呼応するように魔力が、オドが周囲に放たれる。

 魔力が体内じゃないと作れない? 誰が決めた。マナとオドが交われば魔力になる。なら別に体内じゃなくてもいい。

 俺の想いに応えてくれたオドは空気中のマナと結合して魔力と化す。この仮定が正しいなら次の想像だって現実に成るはずだ。

 鼠算式に膨れ上がる魔力を余すことなく支配下に置き、周辺に散らばった金貨に魔力を通す。

 魔力が過剰に浸透して煙となった金を操ってキマイラに向けて飛ばして気道を塞ぐ。

 想像も合ってた。思わず口元が緩む。


 ――ッ⁉


 突然呼吸できなくなって驚いたキマイラは頭を振り回して気道を塞ぐ金を吐き出そうともがく。

 そのもがきは俺が金を支配(・・)してる間は意味がない。

 今のうちに契約(・・)を成す。


 ――俺の脳裏に浮かぶ魔言語は一体なんだ?


 ずっと疑問だった。でもあの声を聞いてピンときた。

 あの魔言語は鍵なんだ。黄金魔術を成すには無くてはならない大切な鍵。それを手に入れる事をきっと契約と呼ぶんだ。

 どうせ前にしか道はない。ならこのふざけた幻想だってきっと存在する。

 支配した煙の金を用いて床に魔言語を描いていく。まるで黒カビのようにしつこく脳裏に浮かぶそれを寸分の違わず再現し、魔力を通す。

 だが、金で描かれた術式に反応はない。何かが足りない。


『契約を成せ。さすれば黄金は加護を齎す』


 あの声がまた聞こえた気がした。

 契約。契約ってなんだ。

 約束。誰と? 成すって事は相手がいることになる。でも誰だ? 過去の担い手か? そもそも俺以外にも黄金魔術を使える人って何人いるんだ?

 いや、待て。加護を齎すってなんだ? 加護って言えば神様から授かるようなものだよな? なら契約を結ぶ相手は神様ってことになる。

 神様と契約を結ぶ為に存在してる術式。そう考えるとこの難解な魔言語も納得できる。

 それは分かったけど結局何が足りない? 神様だから生贄とか代償とか? なら何が対象になる? 無難に契約者の血肉とか命?

 この際、なんだってやってやるよ。死に損ないの命が欲しいならくれてやる。俺にキマイラを殺す力をくれ。

 床に描いた術式を浮かせ、腹に空いた風穴から体内に取り込んで定着させる。

 定着させた瞬間、既に感覚を失った体が僅かに熱を取り戻したような気がした。


『――此度の番人は随分と勇ましいのぉ。契りの証を体内に定着させた奴はお主が初めてよ』


 今度ははっきりと聞こえた。術式を介してはっきりと感じられた。

 今聞こえた声は俺を鼓舞してくれたあの機械的な声じゃない。女の子らしい可愛い声で感情を感じられた。だから意思疎通もできると直感する。


 はっ。どうせ死ぬんだ。やけくそだよ。それで、俺は何を差し出せばいい? 何をすればキマイラ(理不尽)に抗える力をもらえる?


何も要らぬ(・・・・・)。番人は番人らしく振舞えばよい』


 拍子抜けだった。あれだけ苦労して勉強して実験した結果がこれ。正直もっと劇的な変化を期待してた。俺の思っていた幻想は所詮、幻想だってことか。


『なに、悲観することはない。契約は成った。お主は思うがまま(・・・・・)にすればよい』


 思うがままって言っても……。今の俺はセミより儚いし。


『何を言っておる。番人がこの程度で(・・・・・・・・)死ぬわけあるまい』


 一体何を言って――


 体が、熱くなってる……?

 術式を定着させた腹を中心にして熱は広がり、体中に浸透していく。

 それだけじゃない。熱が伝わるにつれて腹に空いた風穴が塞がりはじめ、体の感覚が蘇ってくる。それもハイスピードで巻き戻してるんじゃないかってくらい凄まじい速度でだ。

 ――もしかして、再生してる?


『かかっ、キマイラ(理不尽)に抗えるようになったぞ? さあどうする、勇ましき番人よ』


 決まってるだろ。


 感覚が蘇った右手で静かに眠るオスカーを手のひらに乗せて左手で優しく撫でる。


「今、仇を取ってやる」


 完全に感覚を取り戻した両足に力を込めて立ち上がる。ああ、いつもより調子がいい。

 キマイラは依然暴れたままで、立ち上がった俺に気付いていない。暴れながら俺から離れていったようで助かった。踏み殺されなかったのは運がいい。

 オスカーのお気に入りだったカウンターの上にそっと置いて静かに合掌する。

助けてやれなくてごめんな。お前の事は忘れない。


『さて、見せてもらうぞ。お主がどのようにしてキマイラ(理不尽)に勝つのか』


 神様も期待して見てろよ。良いもの見してやる。


 右手に支配した金を集め、体の周りに魔力を集めてキマイラと対峙する。


「覚悟はできてんだろうな、キマイラ(理不尽)。俺の黄金魔術(暴論)はお前を超越する‼」


 自らを鼓舞するように、宣言するように叫ぶ。

 俺はこれから、キマイラ(理不尽)に挑む。

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