黄金の目覚め
異邦人。科学よりも魔術の発達したこの世界では俺たちのように呼び出された人間をそう呼ぶらしい。なんでも異邦人は凄まじい知識と戦闘能力を秘めていて、今までの異邦人たちは様々な偉業を成し遂げてきたそうなんだ。そのせいでいつからか異邦人はみんな英雄という誤った認識が世界的に広がってしまった。異邦人ってだけで国民的アイドル並みの人気なんだから末恐ろしいよ。
つい数分前までは平凡な高校生だったのに、訳の分からん文字が羅列してた魔法陣に乗っかって世界を跨げば超VIP扱いされる。誰だって悪い気はしないさ。むしろ気分がいいくらいだ。先人たちがすごいだけのに末裔の俺らにもその恩恵があるなんて虫が良すぎると思わないか? ただ魔法陣に乗っかっていただけなんだぜ?
「まっ、待ってくれ……!」
ま、俺はその帳尻合わせを絶賛体感中だけどね! なんでこうなるんだよ、チクショォ‼
一緒にやってきたクラスメイトはそれらしいすっごい力を持ってていろんな人からちやほやされてるのに、俺だけ国外追放とか酷いと思わない? 俺が『黄金魔術』っていうのを使えるだけでだぜ? 理不尽すぎて涙が止まらないよ。くそ……、俺もあの豪華な食事にありつきたかった……。
唯一にして最大の禁忌魔術らしいよ、黄金魔術って。国殺しなんて物騒な異名もあるそうで。一体何がすごいのかさっぱりわからない。地形を変えるような超常現象を引き起こすとか? それとも天候を操るような超能力とか? はたまた超人的身体能力に目覚めるとか? 伝染病とかばらまいちゃうとか?
阿呆らしい。出来たとしてもやるわけないだろうが。俺は平和な日本で育った一般人であって、そんなぶっ飛んだことをやらかす度胸がないんだよ。俺は人どころか屠殺される家畜を見るだけで気持ち悪くなるような小心者だよ。なんて説いたんだけど誰も信じてくれない。クラスメイトまで信じられないようなモノを見るような眼をしてたんだぜ? 俺をなんだと思ってるのか是非とも聞いてみたいところだ。
「絶対に逃がさないぞっ……!」
ただこれれだけは言える。この力は国は滅ぼせなくても、俺の財布の中身なら滅ぼせる……!
夕日に照らされてキラキラと反射する金色の風を追ってひたすらに足を動かす! あの風を掴みそこなったら、俺は……、死ぬ‼
「俺の一月分の給料……!」
必死に腕を振って掴もうと試すが、風はひらりと波となって俺を嘲笑う……! 若干腕を振った時の風圧で散っているような気がするが、それどころじゃない‼ こいつを逃がせば、こいつを逃がしたら……!
俺はどうやって家賃を払えばいいんだ⁉ もう野宿なんて嫌だ! ベッドで寝たい!
縺れる足を必死に動かし、我武者羅に風を掴もうと腕を振る! でも、どれだけあがいても黄金の風は少しずつ、確かに薄くなっていっている……!
どうか夢であって欲しい……。頬を伝う熱い感触と風を切る冷たさが嫌でもこれが現実なんだって教えやがる!
「カァムバァアアアアアアアアアアアアックゥゥ!」
道端の石ころに足を取られてコケても。目線だけは、気持ちだけは負けない。俺は意地でも黄金の風だけは逃がさないぞ……!
でも、現実ってのはやっぱり非情だった。俺がコケて立ち上がろうとしている間に、黄金の風が爆散したのだ。そう、爆散だ。爆竹みたいな乾いた音が残響となって俺の耳を震わせる。
「あっ」
「あっ」
俺だけなんでこんなハードモードなんだろう。呆然と爆発した空中を見つめていたら、誰かの声が聞こえたような気がして目線を向けてみると。
「……ごめんね?」
俺に黄金魔術を使って見せてと囁き、俺に全財産をベットさせた張本人、自称天才魔術師のテレサちゃん(二十九歳)が顔の前で手を合わせてウィンクと同時に舌を出していた。
寒い。色んな意味で、寒い……。
このやり場のない気持ちを地面に叩きつけた俺は声の限り叫んだ。
「テレサちゃんの阿呆ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ‼‼‼」
「ごめんって言ってるじゃない!」
俺の叫びは山彦となって爆竹の残響をかき消した。空に見える緋色の夕日と青紫色の月が俺と全財産の関係を表しているようでして。もう気分は最低最悪。
どうしてこんなことになっているかって? それは約一月ほど前まで時間が遡る。
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俺は逢坂悠輝。両親が莫大な借金を残して他界した以外は平凡な高校二年生だ。借金はじいちゃんばあちゃんが経営してた老舗旅館を含めた資産を八割ほど売却したことで完済したが、おかげで貧乏生活の始まりさ。じいちゃんとばあちゃんは俺が高校を卒業するまでは支援するってほとんど残っていない土地に新たな宿屋を建てて衰えた体に鞭打って頑張ってくれた。俺はそんな二人の優しさが嬉しかった。両親を失った俺にはもうじいちゃんとばあちゃんしか身寄りがいない。だから俺に出来ることを必死に頑張ったよ。
宿屋の接客や事務仕事に始まり、料理に洗濯に掃除。宿屋でやってたことの全てを手伝った。たまにじいちゃんが。
「悠輝が後三年早く生まれておれば……」
と、悲しそうに呟いているのを俺は知っている。生まれるのが遅くてごめんね? じいちゃん。
じいちゃんが経営してた旅館を父さんが継いでから数年。父さんは経営してた旅館をもっと大きくしようとかなりの額の借金を抱えてまで事業拡大しようとしてたのは知ってる。そのせいで両親は過労死したんだからね。俺がもっと早くに生まれて旅館の手伝いをしていれば何かが変わったのだろうか。そこら辺のことは神のみぞ知るって奴さ。後ろばっか見てないで前を向こうぜ。
とまあ、俺んちの話は置いておいて。
「おはよう!」
「おはよう、悠輝。今日は磯臭いぞ」
「じいちゃんの知り合いの船に乗って一晩中船の上にいたんだから仕方ないだろう?」
「山の次は海かよ……」
「海はいいぞ。いっぱい釣れたらつまみ食いしても怒られない」
「漁師の息子としては許せないやつだよ、お前」
「ちゃんと許可はもらってるぞ? それにその分釣ってるから」
「お前ってどこに行っても生きていけそうだよな」
「誉めんなよ。照れるぜ」
「誉めてない誉めてない」
あの日は代わり映えのしない、いつもの日常だった。
俺はクラスメイトで昔は毎日のように遊んでいた親友の海原大祐と他愛のない話をして朝のホームルームまで時間を潰していたら、それは突然訪れた。
ホームルームの開始を告げるチャイムが鳴ると同時にあの訳の分からん文字が羅列した魔法陣がクラスの真ん中に現れ、俺たちの足元を照らした。
「な、なんだこれ⁉」
「魔法陣みたいだぞ!」
「……こ、これ、微妙に光ってない?」
誰かが光っていると言い出した時だった。その魔法陣はクラス全体まで大きくなると一気に光が弾けた。
そして、気が付くと俺を含むクラスメイト全員が見知らぬ部屋に集められていたんだ。
これが俺の不幸の始まり。この時はまだ見知らぬ場所に移動したことに対する恐怖しか俺にはなかった。