店長の憂鬱
「こまった……」
喫茶店“cachette”の店長『百合子』は、看板をcloseにした後に頭を悩ませていた。この店は深夜帯はバーにもなる為、後は夜勤の山田さんがどうにかしてくれる。だから彼女に残されたのは、目の前の難題だけだった。
百合子は昔から困った体質に悩まされている。それはこの大量のメールやら、花束やら、贈り物やらを見れば自ずと察しがつくだろう。彼女はただの美人ではない“超絶成功者にしかモテない”のだ。
たとえ店長が平凡、普通、そんなありふれたことを望んでも、彼女には非現実的な大富豪しか現れないのだ。
まず百合子が諦めたのは、メールの処理だ。あまりにも量が多すぎる。
「百合子さん、オレがします」
ウドが代わりに百合子のメールを処理する。
外務省、外務省、外務省–––
百合子がそう登録してある男から数百件来ている。
「どうかした?」
素知らぬ顔で言う、いつもの店長がそこにある。いつも彼女の手伝いをしているのはパティシエの少年だが、彼は今日は用事があるようで早々に店を去っていった。
ウドは何でもないと言う趣旨を伝え、また黙々と作業を続けた。
ウドにとっては奇怪な出来事でも、百合子にとってはそれが日常茶飯事なのだ。人生十人十色、色々なことがある。
「はーあ、疲れたわね。山田に何か作ってもらいましょうよ。ちょうど今日、いいもの貰ったのよ」
ウドは素直に頷いた。
相変わらず山田さんの周りには黒服の男の人たちがいっぱいいるし、山田さんは妖艶な微笑みを浮かべているけれど。
夜は更けていく、また日は登る。
「–––瀧澤氏の婚約者の–––は、」
ニュースは今日も、“彼”を探している。
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