9(ギディオン視点)
俺たち番持ちにとって番とは、親や兄弟よりも何よりも大切な存在だ。
俺、ギディオン=ブルックも番持ちだ。
番持ちは、先祖だった獣人の血が濃く出る先祖返りだとも言われている。
そのため身体能力も他の者よりも高く、身体自体も頑丈にできている。その特徴を活かすために番持ちが騎士団に入団する事も珍しくない。さらに言うなら騎士団ならば国中に行く機会が得られる。番持ちが番を探しやすい環境だと言える。
かく言う俺もそれで番を見つける事が出来た。
騎士団にいなければ国境沿いの隣国との小競り合いに出向く事もなければ、そこにあった小さな村に立ち寄る事もなかったはずだ。
だから騎士団にいる番持ちの人数はどの職場よりも多く、そしてどの職場よりも番持ちに理解がある。
会議中だと言うのに許可も得ずに転がるように出て行った部下ーールーカス=フレッカーに対して咎める者がいないのがいい証拠だ。
「フレッカーのあんな姿、初めて見たな」
「あの人でもあんなに取り乱したりするんですね」
「そりゃ番が現れて冷静でいられる番持ちなんていないだろう」
「にしても……異界の者か」
「ああ。 この国では五十六年ぶりになるか」
「サンドイッチに続く美味しい物を広げてくれると嬉しいですね」
「まあどっちにしろ暫くは無理だな。 フレッカーがどれくらいで口説き落とすか分からんが、異界の者なら一度は元の世界に戻るだろうし」
「ああ、あの魔法具を引っ張り出してこなきゃならないねぇ」
「その前に陛下にご報告だ。 悪いが今日の会議は中止だ。 ブルック、フレッカーの報告はお前一人で受けてくれ。 他の者はこれにて解散」
団長の号令により解散となり、集まっていた各隊の隊長と副隊長たちが部屋を後にする。
そんな中、いつまでも動かない人物が一人。
ルーカスと同じ時期に入団し、今でも何かとルーカスに張り合っているクリフ=ボガードだ。
こいつ自身は番持ちではないが、先祖返りをして身体能力が高く出世の早かったルーカスを目の敵にし、毎回ルーカスに突っかかって行っては適当にあしらわれていた。
どんなに喚いても全く相手にされず、ルーカスの鉄面皮などと呼ばれる表情筋がピクリとも動かない事にも腹が立つんだろうな。
「フレッカーに番が現れたら、お前も寂しくなるねえ」
言わなきゃいいのにあえて口にしてクリフを揶揄うのはクリフの上司、衛生隊隊長のアベル=キャラハン。
いつも笑顔を絶やさず若い奴らからは昼行灯なんて呼ばれて侮られる事もあるおっさんだが、実は絶対に敵に回したくない相手だと、騎士団の一定以上の役職に就く奴らや在団歴の長い奴らの共通認識だ。
「べ、べつに寂しくなんかありませんっ」
慌てて否定する様子に俺たちの目が生温くなる。
「ま、番に出会ったばっかりの番持ちに他の事を考える余裕はないからな。 お前さんにも寂しい思いをさせるが我慢してくれ」
「だから、寂しくなんてありません! 」
そう叫ぶ声を笑って受け流しながら俺も部屋を出る。
さて。 あいつは番に会えたらちゃんと城まで連れて来てくれるかね。
普通の番持ちは番に出会ったら他の誰にも番を見せたがらない。番が自分を受け入れ、自分の匂いを纏ってマーキングが完了するまでそれこそ自宅に軟禁状態だ。
だがルーカスの場合は違う。相手が異界の者であるならまず国に報告しなければならない。その人物を城に連れて来なければならないのだが……。いや、あいつなら大丈夫だろう。
余計な心配はやめて俺は隊長室に戻ってルーカスを待つ事にした。
◇◇◇
「ではこれで失礼します」
「待て待て待て! いくらなんでもそれはないだろう」
「異界の者の保護も報告できましたし、もうここにいる理由はないかと」
「お前なあ……。 まあ俺も番持ちだからお前の気持ちは分かる。 番にマーキングしてない状態で他の雄の前には出したくないのは当然だ。 だがな、相手が異界の者ならそうはいかない。 お前だって分かってるだろう」
「……はあ。 分かっているつもりでしたが、実際に番を前にすると難しいですね」
「そりゃ仕方ないな。 なんせ相手は運命の伴侶だ。 本能で求める番を前に冷静でいられる奴なんていねえよ」
冷静沈着が代名詞のこいつがこんなに表情豊かに喋る姿が珍しくて仕方ない。
腕の中の番が愛しくてしょうがないと、全身で言っている。こいつも普通の男だったんだと妙に嬉しくもなった。
だが、素直におめでとうで終われないから厄介だ。
相手がこの世界の者でないならいろいろと説明もしなきゃならんしな。そのためにはルーカスの番に話しかけなきゃならないんだが……。
俺はルーカスの腕の中で全身を布で覆われた異界の者を見た。
……分かる。分かるぞ。出会ったばかりの番を誰にも見られたくないのは番持ちなら当然の気持ちだ。そっとしておいてやりたい気持ちを抑えて俺はルーカスに番と話す許可をもらう。名前すら教えてもらえないのも仕方がないと諦める。
そうして布の中から聞こえた番の声は思っていたよりしっかりしていた。
普通いきなりここは異世界です。なんて言われてすんなり納得してくれる者はまずいない。 過去の異界の者たちもパニックに陥り受け入れさせるのに苦労したと資料にあった。
それがこのお嬢さんはどうだ。 顔は見えないが声音からはとても落ち着いているように見える。
ある程度の説明を終えると、お嬢さんがこちらに来た原因を探る。
事故に遭うか大事な選択をする時に、番持ちにもチャンスを与えるためにこちらの世界に呼ばれるのだろうと言われる異界の者。このお嬢さんは果たしてどっちだ。
事故が原因なら戻るのは難しいと早い段階で番持ちに落ちてくれるが、それ以外なら落とすのも簡単にはいかないし何より元の世界への未練が強い。
元の世界の未練やこっちに来る原因となった選択の内容を知る事ができれば、そこから口説いていく方法もある。俺たち番持ちは番に出会うまで誰かを口説くという行為をした事がないからな。少しでも上手くいくように、ルーカスの力になれればとお嬢さんに聞いてみるが返ってきたのはルーカスの冷たい視線だった。
「隊長、それぐらいにしてください。 きっと一生を左右する大事な選択だったのでしょう。 それをそんなに気軽に話せるわけないでしょう」
「あのなあ、俺はお前を思って……。 まあいい。 ならこれで話は終いだ。 他の細かい事はルーカスに聞け」
「あ、はい。 ありがとうございました」
まだよく自分の置かれた立場が分かっていないだろうに、きちんと礼が言えるお嬢さんの人柄に笑が零れる。素直にルーカスの番がお嬢さんで良かったと思った。
一秒でも早く家に連れて帰りたいであろうルーカスに、軽く手を振って休暇は三日だと伝えその背中を見送る。
「上手くいくといいな」
誰もいなくなった部屋に俺の呟きだけが響いた。




