8(ルーカス視点)
「ヤヨイ、お待たせしま……」
お茶を淹れて戻るとヤヨイはソファにもたれて眠っていた。
無防備に眠るヤヨイの寝顔にしばし見とれて、私は静かにトレイを置き眠るヤヨイを正面から見つめた。
初めてヤヨイを見た瞬間から目を惹かれた黒い髪。ここまで見事な黒色はこの国ではあまり見かけない。
そして髪と同じ色をした、よく感情を映し出していた瞳は可愛らしいヤヨイの顔を引き立てていた。
背は低く華奢な身体。ここらでは見ない神秘的な顔立ち。
一目で愛しいと、そう思った。
自分に番が現れたらどうなってしまうのか。誰かを愛するとはどんな気持ちなのか。昨日まで理解出来ずにいた感情が、愛おしさが、後から後から湧き出てくる。
年齢を聞くのを忘れたが、成人はしていると思う。
寝息を立て上下する胸の大きさを確認してこんな事を思うのも申し訳ないが安堵した。これならすぐに求婚する事が出来る。番持ちが未成年の番に出会った場合、成人するまで恐ろしいほどの我慢を強いられると聞くからだ。
それに……三ヶ月しか時間がない。元いた世界を捨てさせるのは心苦しいが、ヤヨイを見た瞬間から彼女と離れる事など出来ないと、心が叫んでいる。
そう、あの時からーー。
思えば朝から妙に胸が騒いでいた。
落ち着かない気持ちを鍛錬で発散させたかったが、そんな日に限って会議の予定があった。各隊の定期報告の場であるそこには私とギディオン隊長が出席していた。
「おい、どうした。 なんか今日のお前変だぞ」
いつもは感情が読み取れないと言われる私だが、隊長にはあっさりと見破られてしまった。
「それが私にもよく分からなくて。 今朝から胸が騒いで落ち着かないのです」
「氷の騎士やら鉄面皮だ、血の色は青だとか言われるお前がか?」
茶化す様に口を挟んできたのは隊長の隣に座っていた、私と同期で何かと絡んでくる衛生隊副隊長のクリフ=ボガードだった。
「ちょっと待て。 胸が騒ぐってもしかして……」
「そこ、会議中たぞ」
そこで団長に注意を受け口を閉じる私たちだったが、隊長は何か言いたそうな顔でこちらを見ている。
意味が分からず目で問いかける私に、隊長は自分の胸を指差しトントンと軽く叩いた。
(胸? それが何か……)
ドクンッ
「ーーっ! 」
突然魔力が暴走するかのような激しい衝撃が胸を打った。
「ルーカス!?」
隊長の慌てた声に会議室にいた全員の視線が集まるのを感じたが、今はそれどころではない。
目を閉じ衝撃をやり過ごすと、私の意思とは関係なく魔力が身体から漏れ出した。
「虹色の魔力……! 」
「そんな! 虹色の魔力は異界の者しか持てないはずだ!」
「その前にその魔力をどうにかしろ! 暴走するぞ! 」
「待て。 ルーカス、お前確か番持ちだったな」
そんな誰かの言葉に会議室は水を打ったように静かになった。
私はそれに答えず、顔を上げ窓の外に目をやった。するとつられて外を見た他の者たちから驚愕の声があがる。
「光の、柱」
「あそこは……聖なる森か」
「聖なる森に光の柱。 間違いなく異界の者が顕現した証拠だ」
そんな言葉は私の頭に入らず、遠くに見える光の柱をひたすらに見ていた。
ーーいる。
仮定ではなくこれは確信だった。
あそこに私の番がいる。
そして光の柱が薄れて消えるやいなや、わたしは椅子を蹴倒して会議室を飛び出した。
「あ、副隊長、会議終わったんですか? 」
「うわ、そんなに急いでどうしたんですか! 」
「ちょっと待ってください! まだ鞍がついてません! 副隊長!? 」
タロウの世話をしていた部下たちを無視して飛び乗ると、タロウは何も言わなくとも私の気持ちを察してすぐに飛び立ってくれた。
ぐんぐんと風を切って飛翔するタロウの背中で、私は言いようのない高揚感に包まれていた。
(もうすぐ会える。 私の……私だけの番)
ずっと焦がれていた。それこそ生まれた時から。
いつも何かが足りないと、満たされないと感じながら生きてきた。
その何かに、番に、やっと会える。
番持ちの中には番と出会えず生を終える者もいる。それに比べたら二十八で出会える私は運が良い。 だが、それでも長かった。
(早く……早く……! )
そうして聖なる森まですぐの所に迫った時、森の入口に立つ人影を見つけた。
(番……!)
その時森側から強く風が吹き、その風がルーカスまで届いた。
( …………!! )
信じられないほど良い匂いがした。 同時にとても強い酒に酔ったような酩酊感。 身体の奥から熱くなってくる感覚に歓喜した。
これが。
求め続けた番の香り。
「ーーはっ、」
痛いほど高鳴る胸を押さえ、私はついに番の元へ辿り着いた。
そして番の前に降り立ち、こちらを見上げる愛しい番の姿を見た瞬間、私の口からするりと言葉が出た
「ーー見つけた」




