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番のアナタ  作者: 木崎うらら
本編
5/26

5

 二人を乗せたタロウは城の端の開けた場所へと降り、ルーカスが弥生を抱え直して地面に降り立つとすぐさまルーカスと同じ服を着た男たちが数人駆け寄って来た。


 「副隊長! 突然飛び出して行くから何事かと思いましたよ」

 「その荷物はどうしたんですか? 」

 「あ、俺持ちましょうか」

 

 駆け寄って来た部下と思われる男の一人が弥生を荷物と勘違いして手を伸ばす。だがその瞬間ーー


 「触るな」


 辺りを凍りつかせる様な冷たい声と視線でルーカスはそれを拒否した。


 先ほどまで弥生に向けていた砂糖のような甘い態度はどこへ行ったのか。

 あまりの違いに弥生も、部下の人たちも驚きに固まっていると、ルーカスは弥生を抱く手に力を込めて「私の番だ。 それ以上近寄るな」と静かに言った。


 「つ、番……」

 「副隊長の、番」

 

 布で視界のほとんどが覆われているので弥生はみんなの胸から下しか見えないが、それでも驚きを持って視線が集まっているのは感じた。


 「皆は持ち場に戻れ」


 それだけを言い捨てるとルーカスは足早に歩き出した。



◇◇◇



 (見られてる。 めちゃくちゃ見られてる……!)


 どこを歩いてるか分からないが、ルーカスは迷いのない歩みで城の中を歩いていた。

 安定感抜群のルーカスの腕の中、弥生はかろうじて見える範囲に目を向けて様子を窺うが、足元付近しか見えないため全く情報が拾えない。

 誰かとすれ違ったのは分かるし、その人たちが一様に驚いている雰囲気も分かるが、それだけだった。


 やがて目的の部屋に着いたのか、ルーカスは弥生を抱き上げたまま器用にドアをノックし中に入る。


 「ただいま戻りました」

 「おう、やっと戻ったな。 で、 それがお前の番か」

 「はい。 ではこれで失礼します」

 「待て待て待て! いくらなんでもそれはないだろう」

 「異界の者の保護も報告できましたし、もうここにいる理由はないかと」

 「お前なあ……。 まあ俺も番持ちだからお前の気持ちは分かる。 番にマーキングしてない状態で他の(おとこ)の前には出したくないのは当然だ。 だがな、相手が異界の者ならそうはいかない。 お前だって分かってるだろう」

 「……はあ。 分かっているつもりでしたが、実際に番を前にすると難しいですね」

 「そりゃ仕方ないな。 なんせ相手は運命の伴侶だ。 本能で求める番を前に冷静でいられる奴なんていねえよ」


 微かに笑う気配を感じると、今度は探るような気配に変わった。


 「で、お前の番に話しかけても?」

 「……仕方ありません。 ヤヨイ、布は取らずにそのまま話してください」

 「は、はい」


 誰かと話す時は相手の目を見るのが礼儀だと思うが、なんだか逆らってはいけない雰囲気に弥生は素直に従った。

 というか、ルーカスが弥生を抱き上げたまま座った事に突っ込みを入れていいものか。弥生は今、ルーカスに膝抱っこされている状態なんだが……。


 「まずは自己紹介か。 俺はギディオン=ブルック。 騎竜隊隊長でこいつの上司だ」

 「私は……ふがが、」


 突如口を塞がれルーカスを見ると、ルーカスは静かに首を振っていた。


 「あー……悪い、アンタの自己紹介は次に会った時に頼む。 で、異界のお嬢さん。 ここはお嬢さんがいた世界とは違うのは理解してるか? 」


 二十五になった女にお嬢さん呼びはどうかと思うが、何故か自己紹介が出来ないので黙って頷く。


 「はい。 ここへ来る間にルーカスに説明を受けました」

 「なら話は早いな。 お嬢さんがこの世界に来たのはルーカスのためだ。 それは?」

 「それも聞きました。 私がルーカスの番で、そのためにこちらの世界に呼ばれたのだろうと」

 「その通りだ。 この世界に異世界からの来訪者が来る事は稀だがある。 この国では最後に確認されたのは五十年ぐらい前だがな。 そして異界の者が来る度、この世界はその恩恵にあずかる。 この辺の事は?」

 「いえ、彼女にはここが異世界である事と、私の番である事しか伝えていません」


 弥生の代わりに返事をするルーカスに、ギディオンがふむ。と頷きまた口を開いた。


 「じゃあ続きからだ。 異界の者はこの世界にはない知識をもたらしてくれる。どんな些細な事だろうとそれをきっかけに新しい魔法や魔法具の研究が進むんだ。 その知識は非常に価値があるため異界の者は発見次第、国に報告義務がある」

 「わ、私にそんな凄い能力はありませんっ」


 弥生はただの一般人だ。こんなどこにでもいるOLにそんな期待をされても困る。


 「大丈夫だ。 過去の異界の者たちもみんな元の世界では一般人で、特別な知識は何も有していないと発言しているのが記録に残ってる。 ただこの世界とは違う常識がこの世界には大きな恩恵となる」

 「違う、常識」

 「例えばサンドイッチだ。 それまでパンに何か挟んで食べるという概念が無かったこの国で、異界の者が昼飯に何気なくパンにハムを挟んで食べた事でこの国の食事が豊かになった」

 「た、たかがサンドイッチで?」

 「お嬢さんにとっては『たかが』でも、この国の者にとっては衝撃だったんだよ」


 まあ今のこの国でもサンドイッチは当たり前の食べ物になってるけどな。そう言うギディオンの声を聞きながら、弥生はサンドイッチ程度の知識でいいなら何か役に立てるかもしれないと希望が湧いた。


 「ただ問題なのは、この国にやって来る異界の者はほとんどが誰かの番だ」

 「私と同じ……」

 「そうだ。 他の国ではどうだか知らんが、番持ちの伴侶となるために本来ありえない、世界を越えると言う現象を起こしてこの世界にやって来る。 それは番持ちにとっては奇跡だが、異界の者にとっては絶望でしかない」


 確かにある日突然こちらの世界に来てしまったら誰だって絶望するだろう。


 「だからな、異界の者が誰かの番としてこの世界にやって来た場合、この国ではある救済措置が取られる」


 ギディオンがそう言った瞬間、ルーカスが痛いぐらいに弥生を抱きしめた。

 思わず顔を顰める弥生の耳に、その言葉は入ってきた。


 「一度だけ、元の世界に帰る事が出来る」


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