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本日2回目の更新です。
ーーああ、やっぱり。
この場所が異世界だと聞いて、最初に抱いた感想はそれだった。というか、やっと答え合わせが出来たという感じだ。
「詳しくは戻ってから話します」
「……はい」
「そして貴女がこちらの世界に来た理由ですが……貴方は私の番としてこの世界に来ました」
「つがい……?」
番ってあれか。 これまたラノベで定番のあれか。たった一人の運命の相手とか、そういう意味の。番しか愛せないから、そのたった一人をデロデロに溺愛するっていう、めちゃくちゃ大好物設定なあれか。
その番相手が弥生だと言う事は考えず、弥生はただひたすら「異世界凄い」と思った。
「はい。 番とは獣人を先祖に持つ私たちに稀に現れる運命の伴侶の事です。 番持ちは番以外を異性と認識する事が出来ず、番だけを愛し求めます。 だから……」
そこでルーカスは弥生の左手をそっと持ち上げた。
「貴女は私のせいで慣れ親しんだ世界から離され、この世界へとやって来ました。 だからどんな罵倒であろうと甘んじて受けます」
「いえ、今のところそんなつもりはありません」
すぐさま否定する弥生を、ルーカスは眩しいものを見るように見つめた。
「一目見た瞬間から貴女が私の番だと分かりました。 今までどんな女性を前にしても動かされなかった心の臓が今はうるさい程に高鳴っています。 ヤヨイ。 私の番。 いきなり違う世界で番と言われても戸惑うだけでしょうが、私は生涯ヤヨイだけを愛し続けます。 私にはもうヤヨイしか見えない。 だから今すぐでなくてもいい、貴女にもいつか私を愛してほしい」
とても熱い求愛だった。その真剣な瞳が言葉以上に弥生を求めているのが分かる。
そしてこの言葉に、弥生の心は歓喜の声を上げていた。
が、理性が待てと待ったをかける。
自分はまだ彼氏がいる状態ではないか。元の世界に戻れないとしても、別れを告げる事が出来ないとしても、だからといってすぐ別の相手に乗り換えるのは如何なものか。
(それって人としてどうなの。 それに和樹の事だって好きだったわよ……たぶん。 こんなにドキドキした事はなかったけど、それでも好きだったわよ)
弥生の道徳観が素直にルーカスへの想いを恋だと認められないし、彼氏への想いも恋だったと信じたかった。
(……あれ? 過去形? さっきまで結婚しようとしていた相手なのに、好きだったって……)
この短い間で彼氏への気持ちが一気に恋人から友達のそれへと変化した事に弥生は慄いた。
それでも弥生の意識は目の前の男にしか向かない。彼氏に対して申し訳ない気持ちはあるが、今はどう考えても彼氏と結婚したいとは思えなかった。
「すみません。 いきなりこんな事を言われても困らせるだけでしたね」
いつまでも返事のない弥生に、ルーカスは性急でしたと謝った。
悲しそうなその表情に、弥生はとても申し訳ない気持ちになり、ハタと気づいた。
「あの、今更かもしれませんけど、私汚いので、そんなにくっつかれると……」
ルーカスに握られた自分の手が土で汚れているのに気づき、さらに汚れているのは手だけではないと思い出した。
(何度も転んで泥だらけだったはず)
そんな状態の自分を抱きかかえていたらルーカスも汚れてしまう。しかも汗もかいたし臭いも気になる。
「貴女のような女性が森を抜けるのは大変でしたでしょう。汚れなど洗えば落ちますからお気になさらず。……ああ、女性が汚れたままというのは嫌でしょうね。 気がつかなくてすみません」
そう言うとルーカスは微かに口を動かし何かを呟いたかと思うと、弥生は優しい風に包まれた。
「え? 」
「洗浄魔法をかけました。 これで綺麗になりましたのでもう気にする必要はありませんよ」
「便利ですね」
「ヤヨイの世界に魔法は? 」
「ありません」
「そうですか。 でもヤヨイの魔力は高そうですから練習すればすぐ使えるようになりますよ」
「私、魔法が使えるんですか?」
「はい。 ……ああ、勿論教えるのは私の役目ですよ」
「あ、ありがとう、ございます」
恥ずかしい。
こんな間近でイケメンに優しく微笑まれながら喋る事がこんなに恥ずかしいなんて。
だがこれをきっかけにポツポツと会話が始まった。
まずここはアスディード国。
魔法が一般的に使われるこの世界の中でも特に魔法関係が発達した国なんだとか。
詳しい事は分からないが、魔法具で上下水道も完備されているようなので、こちらの世界での生活は思ったより不自由しなさそうで安心した。
さっき軽く説明された通り、アスディード国は獣人が興した国なので先祖が獣人。 そのため男女共に比較的身体が大きくガッシリした者が多いそうだ。
番というのも先祖が獣人だった名残りで全体の数は少ないが、番持ちは一定数いるのだとか。
そもそもどうやって番持ちかどうか判断するかと言うと、だいたい第二次性徴期で判明する事が多いらしい。
というのも番持ちは番以外の異性に全く反応しない。反応というか興味がまるで無い。
考えてもみてほしい。第二次性徴期といえば女の子であれば誰が誰を好きだとか、男の子であれば四六時中エロい事しか考えてないような時期だ。
そんな時期に異性の話題に全然興味を示さないという時点でだいたい番持ちだと予想される。
しかも番持ちは番以外の異性に触られるのを極端に嫌がる。親兄弟であっても嫌がる。
特にこの時期が異性との接触を一番嫌がる時期で、肩がぶつかっただけでも無意識に獣のようにグルルと喉の奥で唸ってしまうほどだ。これは番に自分の匂いをマーキングしたい欲求と、自分も番以外の匂いを纏いたくないと言う欲求からくる反応だそうだ。
ここまでの症状が出ればもう番持ちだと判断される。
「番持ちは基本的に異性に触られるのを嫌がります。 まだ親に甘えたい年頃の時ですらそんな反応をするので、ほとんどの者はその時点で番持ちだと周りは理解します」
かくいうルーカスも、五歳の時にふざけて抱き着いてきた友達の女の子を思いっきり突き飛ばして泣かせた事で番持ちだと親が判断したようだ。
そんな番持ちが番と出会うとどうなるか。
これが同じアスディード国の者であれば一目でお互いが番だと分かるのでそのまま即結婚。
どちらか一方が違う国の者の場合は生涯をかけて口説きに口説きまくる。相手が折れるまで押し切っての結婚になるそうだ。
つまり弥生は是の返事をするまでルーカスに口説かれまくる日々を送る事になるのが決定していた。
とろとろに甘い顔と声で「覚悟してください」などと言われてしまえば今すぐにでも是と答えてしまいそうになるのを何とか飲み込む。
お付き合いだけなら良いかもしれないが、初対面の男と即結婚とは……。
それにどうしても彼氏の顔がチラつく。
煮え切らない態度のまま二人は目的地へと到着する。
「あそこが王都です。 一番高い建物が王城で、これから向かう場所です。 ……それでヤヨイにお願いなんですが」
「なんでしょう? 」
「これから城の者たちと会う事になりますが、貴方にはこちらで顔を隠していただきたいのです」
そう言ってどこからか取り出したのは弥生の全身をすっぽりと覆える布。
「それと受け答えは私がしますので、ヤヨイはなるべく喋らずにいてください。 不便だとは思いますがお願いします」
「……分かりました」
そうする意味は分からなかったが、とても真剣な顔でお願いされたので大人しく受け入れた。
するとルーカスは弥生の全身を布で包み、肌や髪が一切見えないようにした。
「あの、腕ぐらいは出しておきたいんですけど……」
「すみません。それは無理です。ですが城の中も私が抱いて歩くのでヤヨイはそのまま気を楽にしていてくださればいいですよ」
「私、自分で歩けます」
「番のお願いであれば何でも叶えてさしあげたいのですが……これだけは駄目です」
「そう、ですか」
ここまでキッパリと断られると弥生も強く言えなかった。
弥生は布が外れないようにしっかり掴むと、それを見たルーカスが満足そうに微笑んだ。




