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番のアナタ  作者: 木崎うらら
本編
22/26

22


 「むむむ無理です! 無理です! 」

 「いいから早く行け」

 「無理だって言ってるじゃないですか! 」

 「グズグズするな」

 「鬼ぃぃぃぃ! 」


 問答無用とばかりに背中を押され、弥生は眼下に広がる草原へと足を踏み出した。その瞬間、弥生が踏んだ草から『ギャァァァア』と言う悲鳴のような音が聞こえ、さらにブシャッと赤黒い液体が飛び出した。


 「無理っ! 視覚的にも聴覚的にも無理! 」

 「ただの草に大袈裟な」

 「ただの草が悲鳴上げて赤黒い何かを吐き出す訳ないじゃないですか!」


 ここは嘆きの草原と呼ばれる場所。

 一面に広がる嘆き草は、踏んだり引き抜いたりすると悲鳴のような音を出し、茎部分に蓄えてある赤黒い液体を放出するのだとか。

 何が嘆きの草原だ。そんな生易しい草原じゃないだろう。阿鼻叫喚の草原とかの方がしっくりくるわ。


 そんな草が延々と生えているこの場所を突っ切らなければならないと聞かされ、弥生は半泣きになって抵抗した。だが今から迂回するとなるともう二日ぐらい掛かると言われ迷いに迷って草原の手前まで来たのだが、エルが悲鳴を上げ液体を撒き散らす草を踏みしめながら歩くのを見て無理だと悟った。なんだこの地獄絵図は。


 だがここまで来て迂回するのも面倒だと言うエルによって強制的に草原を歩かされている。


 「うひぃぃ。 一歩ごとに誰か殺してるような気持ちに! 」

 「安心しろ。 ただの草だ」

 「だからそう思えないんですって!」

 「耳元で騒ぐな」


 とても一人では歩けそうにないと思った弥生はエルの腕に掴まりながらへっぴり腰で歩いていた。


 「うぅ、ごめんなさい、ごめんなさいぃ」

 「何故謝る」

 「罪悪感がハンパないので」

 「……面白い奴だな」


 むしろこの状況の中平然としていられるエルの方が特殊だと思う。


 「ほら、もう半分まで来たぞ」

 「まだ半分!? 」


 こういう時の終わりって果てしなく遅く感じるよね。投げやりになりながら弥生は乾いた笑いを浮かべるのだった。


 「ぎゃっ!」

 「っっ!」


 半ば現実逃避をしながら歩いていたのが悪かったのか、弥生は液体に足を滑らせ転んでしまった。 勿論掴まっていた腕の持ち主であるエルを道連れに。


 「……おい」

 「申し訳ございません!! 」


 なんかもう、凄い光景になっていた。


 足元だけ赤黒く汚れていたのが転んだ事で上半身も汚れ、二人して返り血を浴びたような猟奇的な姿へと様変わりしたのだった。

 しかも弥生がエルを押し倒すというオプションつき。なんのプレイだ。


 だが思いがけず近づいた顔に、弥生は感心しながら思わずその顔を見つめていた。


 (肌、白…… っていうか毛穴どこよ、毛穴。本当にエルフって女性にケンカ売ってるとしか思えない容姿してるよねぇ。 あ~羨ましい )


 「おい」


 (髪だって手入れしてないのにこの艶)


 「おい」


 (ん? なんか耳がピクピクしてる。 それに若干赤くなってるような……)


 「おい!」


 そこでやっと弥生は我に返った。


 「重ね重ね申し訳ございませんっ!」


 弥生は人生初の横にスライドしながらのスライディング土下座を成功させた。


 「いったぁ!」

 「今度はなんだ」

 「いえ、今のスライディングでおでこをすりむきまして……」

 「手に負えないな」


 エルは残念な子を見るような目を弥生に向けると、そのおでこの傷を治すために顔に手をやった。


 その時ーー。


 何も遮るもののない草原の中、弥生とエルの頭上に急に影がさした。


 何なのかと見上げるよりも先に、弥生の耳には聞きたくて仕方なかった声が届いた。



 「ヤヨイッ! 」



 そして弥生の前に何かが降ってきた。


 「無事ですか!」


 それは弥生がこの世界に戻ってきた理由そのもの。

 ルーカスの姿だった。


 「ヤヨイに触れるな!」


 あれほど会いたいと願ったルーカスだったが、思わず抱き着いてしまうような感動的な再会とはならなかった。何故なら今のルーカスは……


 (怖っ)


 騎竜のタロウから飛び降りてきたルーカスは嘆きの草を盛大に踏み荒らし、断末魔の叫びを上げる草から勢い良く飛び散った液体を全身に浴びて抜き身の剣を持っていた。一体どこの鬼神ですかと言いたくなるような迫力だ。


 「お、落ち着いて! 大丈夫! 私、なんともないから! 」

 「そんな血だらけで何言ってるんですか!」

 「お前もな!」


 お互い返り血を浴びた様な姿ではあるが、酷さで言ったらルーカスの方が酷い。


 「これ血じゃなくてこの草のよく分かんない液体だから!」

 「ですが、その男に押し倒されて……」

 「私が押し倒してた方だから!」

 「貴女の顔に触れようとしていました」

 「それはおでこを擦りむいたから!」


 弥生は前髪を上げて傷口を晒す。


 「では……」

 「この人は私を助けてくれた恩人なの。 だから剣を向けるのはやめて」


 必死の説得のかいがあり、ルーカスもようやく落ち着いてくれた。


 「どこも怪我はないのですか」

 「うん。 見た目は酷いけど平気。まぁ強いてあげればおでこの擦り傷ぐらい」

 「良かった……!」


 ルーカスにこれでもかと抱きしめられた。 正直苦しいが、この苦しさが嬉しい。


 「ルーカス……会いたかった」


 そう言ったらさらに腕の力が強まった。


 「心配しました」

 「ごめんね。 私もよく分かんないんだけど、こっち来たら全然知らない場所で」

 「それは私のせいなんです。 辛い思いをさせてしまい申し訳ありませんでした」

 「そうなの? でもこうして無事にルーカスに会えたからいいよ」

 「私の番はなんて優しいのでしょう。 愛しています。ヤヨイ」

 「ルーカス……」


 自然と見つめ合う二人の顔が近づいていく。だがそんな二人を見ている人物が……


 「おい、私の前ではやめろ」


 すぐ隣から聞こえてきた声に弥生は飛び上がって驚いた。


 「ぎゃっ!」

 「……チッ」


 ルーカスはすぐさま弥生を腕の中に戻し、エルに見られないように弥生の顔を自分の胸に押し当てた。


 「貴方には私の番が大変お世話になったようで。 感謝いたします」

 「まるで気持ちのこもっていない顔で言われても全く嬉しくないな」


 呆れ顔のエルだったが弥生にチラリと視線を向けると「礼を言うのは私の方かもな」とニヤリと笑った。


 「どういう意味です」

 「私にとってもヤヨイとの出会いは運命と言っても過言ではない」

 「!!」


 身体を固くして息を呑むルーカスに、弥生はその背中に手を回して優しく撫でてやった。


 「落ち着いて。 エルさんが運命の出会いだと思ってるのは私じゃなくてラーメンだから」

 「ラーメン?」

 「私が向こうの世界から持ってきた料理。 もの凄く気に入ったみたいで」

 「だがヤヨイと会わなければラーメンとの出会いもなかった。これが運命の出会いと言わずなんと言う」

 「……ソウデスネ」


 気安い二人のやり取りにルーカスは嫉妬でどうにかなりそうだった。

 だが感情のままにそれをヤヨイにぶつけてはいけないと厳しく自分を律して、ルーカスは弥生を抱き上げた。


 「では帰りましょう。 私たちの家へ」

 「……うん」

 「ヤヨイ、忘れ物だ」


 そう言ってエルが放り投げたのは弥生の荷物を入れたアイテムボックス。


 「忘れてた! 今、荷物出しますからっ」

 「いらん。 ラーメンの礼だ。 持っていけ」

 「いやいやいや、それじゃ釣り合わないですよ」


 慌ててルーカスの腕から降りようとする弥生だったが、ルーカスはそれを阻止する事で抵抗の意思を見せた。


 「いいからその荷物とその男を持って早く帰れ」

 「でも……」

 「これ以上はその男の理性が持たないぞ。 そうなって後悔するのはヤヨイだが、構わないのか?」


 ぎょっとしてルーカスを見るが、そこにはいつもの優しい微笑みを浮かべるルーカスがいた。 何かを我慢しているようには見えないが……


 「そんなに気にするなら早くこちらの世界の材料でラーメンを作れるようになってその方法を教えてくれ」


 そういえば道中の雑談の中でそんな話をしたな。


 「分かりました。 頑張って研究します」


 そのレシピを持って改めてお礼に伺おう。 そう決意すると受け取ったアイテムボックスをギュッと抱え直した。


 「あの、本当にありがとうございました。 エルさんがいなかったら私、途方に暮れていたと思います」

 「……エルノール」

 「はい? 」

 「私の正式な名だ。次からはエルノールと呼べ。 カンベヤヨイ」

 「え? あ、はい。 エルノー…ふががっ」


 何故だかルーカスの胸に顔を押し付けられた。


 「っ! 油断ならないエルフですねっ」

 「ふん。 人間ごときに遅れをとる訳がない。 だが、残念だ」

 「急ぎましょう。 ヤヨイ」

 「むー! むがー!」


 ルーカスの胸に顔を押し付けられたままの弥生はエルノールに挨拶も出来ずにタロウの背中に移動していた。


 「ぷはっ。 ま、待って! 挨拶がまだ……」

 

 言い終わるよりも先にタロウは飛び立った。


 「ルーカス! 」

 「すみません。 ですがこれ以上ヤヨイが他の男と話すのは我慢出来ませんでした」


 そう言われてしまうと弥生も強く出られなかった。

 多分たくさん心配かけたし全力で駆けつけてくれたのだろう。 ルーカスの額に滲む汗を見て弥生は思った。


 「会いたかった。 ルーカス」

 「私も。 会いたかったです」


 言いたい事も聞きたい事も沢山ある。でも今は、ただお互いの存在を確かめたかった。

 どちらともなく近づく二人を、今度こそ邪魔する者はどこにもいない。


 この日タロウの背に乗り、二人は初めての口づけを交わした。




 

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