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「だから、ラーメンばっかりなんて身体に悪いですって!」
エルと旅に出てから二日しか経っていないが、毎食毎食ラーメンばかりリクエストされ弥生は辟易していた。
「今日はミソラーメンが食べたい」
「人の話聞いてます!?」
エルの家に泊めてもらったあの日、夕食にインスタントラーメンを食べさせたのがいけなかった。
手軽に異世界の料理を食べさせた結果、見事にハマってしまったのだ。
どんな世界のどんな種族であっても魅了するラーメンの罪深さに震えた。
「野菜も食べなきゃダメですよ」
「なら野菜を入れたラーメンにしよう」
「ラーメンから離れませんか……」
こうなったら説得は難しいと、まだ二日しか一緒にいない弥生でも分かっていたので仕方なくお湯を沸かして準備を始めた。
弥生がエルに連れられ他のエルフに会った時、弥生が異世界人だと知ったエルフたちはとても親切にしてくれた。番に会いに五日の旅に出ると聞くと、みんなが食べ物や服など旅に必要な物をくれたのだ。
その優しさに、ルーカスに再会出来たらまたお礼を言いに来たいと思った弥生だった。
まぁそんな感じでアイテムボックスに詰め込まれた食料が色々あるはずなのだが、結局ラーメンしか食べていない。いい加減他のものが食べたい。
「エルさん、野菜出してください。 あともう一つ鍋かフライパンもお願いします」
黙って出してくれたそれらを、弥生は自分のスーツケースから出した調味料を使い炒めていく。 調味料と言っても塩コショウが一緒になってるやつだが、こちらの世界でコショウは珍しいらしくあまり見かけない。
本当はシンプルにサラダを食べたかったが……よく分からない野菜を生で食べる勇気がなかった。とりあえず火を通せば大丈夫だろうと思い炒めただけだ。
「なんだ、ラーメンに入れないのか」
「入れても美味しいですよ。 ただ私がラーメンに飽きたので他のを食べたかっただけです」
野菜炒めを鍋ごとラーメンの横に置き、今日の夕食の出来上がりだ。
「ふむ。 このコショウの辛さが気に入った。 ヤヨイは料理が上手いのだな」
「ラーメンと野菜炒めで料理上手なんて言ってたら全世界の主婦に怒られますよ」
多めに作った野菜炒めもエルのお腹に収まり、あとは寝るだけとなった。エルが結界を張ってくれるおかげで安心して野宿が出来るのがありがたい。
「ヤヨイも魔力が多い方だから結界もすぐに張れるようになるぞ。 なんなら道中訓練しながら行くか?」
「それは……とても魅力的なお話ですけど、魔法はルーカスに教えてもらう約束なんで遠慮しときます」
そんな約束をした事すら遠い日のように思える。
弥生は目を細めて微笑みながらルーカスを想う。
「……そうか」
反対に無表情のエルが何を思っているのか弥生には全く分からなかった。
「明日も早い。 もう寝るぞ」
「はぁい。 おやすみなさい」
◇◇◇
弥生は木の影に隠れしゃがみこみ、息を殺して必死に隠れていた。
エルフの森と言われる範囲は出たが、まだまだ森自体は続いている中、何度か魔獣と呼ばれるものに出くわした。
初めて見た時は悲鳴をあげて腰を抜かした弥生だったが、それもいつしか慣れそんな時はエルの邪魔をせず息を潜めて隠れているという行動を取れるようになった。
その時も息遣いにすら気をつけて木の影に隠れていた弥生は、エルが豪快に魔法で倒してくれるのを見届けてから出て行った。
「何だか多いですね。 魔獣」
「普通はこれほど遭遇する事はないのだがな。 何か理由があるのか……。 ああすまない、怪我はないか?」
「はい。 エルさんが素早く倒してくれるおかげで何ともないです。 ありがとうございます」
「いや。 これくらい、どうという事もない」
いつも素っ気ない言動を取るエルだが、実は弥生をよく見ているし、とても気をつかってくれている事はこの短い間でよく分かっていた。なんだかんだ言いながらも面倒見がいいのだ。
「急いで森を抜けよう。 この辺りは嫌な気配がする」
「は……いっっ!」
返事をした途端エルに腕を引かれ、弥生はエルの背中に庇われると今まで弥生がいた場所に黒い影が通り過ぎた。
「な、何? 」
「下がってろ。 魔獣だ」
「は、はい!」
弥生は急いでまた木の影に隠れようとするが、そこにも今にも襲いかかって来そうな魔獣がいるのに気づいた。
「エルさん、こっちにもいます!」
「どうやら囲まれたようだな」
二人を囲むように魔獣たちが姿を現した。
「ヤヨイ、私から離れるな」
「はい」
エルの背中に庇われる弥生だが、ヤヨイの前にも魔獣がいる。
その魔獣を気にしつつ後ろではエルの魔法が炸裂する音が聞こえた。
エルにちらりと視線を向け、弥生はゆっくりとポケットに手を入れる。
左右それぞれのポケットに入ったままの物を取り出すと目の前に構えた。
次の瞬間、エルの死角から魔獣が飛び掛ってきた。
「ヤヨイ!」
エルの焦った声を聞きながら、弥生はエルの背中から飛び出し構えていたそれらを動かした。
ボオォォォォォッッッッ!!
弥生の手から発射された炎をまともにくらった魔獣はギャァッ!と声をあげて地面に転がった。
「熱っ!」
「ヤヨイ!?」
弥生の手も火傷を負ったが、この攻撃は効くようだ。次に襲いかかってきた魔獣にもまた炎を発射させまた一匹魔獣を燃やした。
数匹はその調子で魔獣を燃やしたが、それくらいの炎では魔獣を倒しきる事は出来ず、むしろ燃やされて怒り狂った魔獣たちが突進してきて弥生は青ざめた。
「ヒッ!」
「燃え尽きろ!」
魔獣たちが一度に襲いかかってきた事で一箇所にまとまった魔獣たちをエルが放った大きな炎が包んだ。
この炎は魔獣が死ぬまで消える事がないようで、しばらく魔獣たちの苦しむ声が聞こえたが、やがてその声も聞こえなくなり炎も静かに消えていった。
残されたのは燃え尽きた魔獣の残骸だけ。
「お、終わった……?」
「ああ。 今回はヤヨイに助けられたな。 ありがとう」
「いえ、いつも助けてもらってるのは私の方だし、少しはお役に立てて良かったです」
「だがいつの間に魔法が使えるようになったんだ?」
「あれは魔法じゃないですよ。 これを……っつ!」
「どうした?」
弥生は持っていた日焼け止めスプレーとライターを落とし、火傷を負った手の痛みに呻いた。
そう。 弥生が出した炎とはただの化学反応。
スプレーを噴射させ、そこにライターの火をつけ燃やしただけ。いわゆる「良い子は真似しちゃダメよ」という攻撃だ。
思ったより火の勢いが凄くて手に火傷を負ってしまった弥生だが、エルはその手の様子を確認するとすぐに回復魔法をかけてくれた。
「これでどうだ?」
「……痛くない。 凄い、ありがとうございます」
痛みがなくなり綺麗になった手を見て、弥生は顔を輝かせてお礼を言った。
その笑顔を眩しそうに見返すと、エルは初めて見せる優しい笑顔で弥生の頭をそっと撫でた。




