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本日2回目の更新です。
弥生は竜を目の前に、ただただ立ち尽くす事しか出来なかった。
ポカンと口を開け、首が痛くなるほど上を向いて竜と見つめ合う事数秒。
「ーー見つけた」
(竜が喋った!)
驚愕に目を見開いて後ずさると竜が伏せをする様に首を下げ、そこから誰かが飛び降りてきた。
(ひ、人……? )
その人は銀色の髪に深い森のような緑の瞳をした優しい微笑みを浮かべる男性だった。
(めちゃくちゃイケメン……!)
「その魔力……やはり異界の者でしたか。 ああ、そんなに不安そうな顔をしないでください。大丈夫です。 ここに貴方を傷つける様な不埒な者はいませんし、いたとしても私が指一本触れさせませんのでご安心ください」
「はぁ……」
魔力? 異界の者? 聞き慣れない単語に弥生は確信する。
(やっぱりここって異世界……)
「気がつかなくて申し訳ありません。 見たところ怪我をされているようだ。 治療のために触れてもよろしいですか」
「はぁ。それは……ありがとうございます」
なんだろう。初対面なのにこの妙に馴れ馴れしいというか、親切な態度は。
男の親切が返って弥生の警戒心を高める事になるのだが、男はそれに気づかず弥生に近寄ってきて傷のある頬に触れた。
初対面の男に頬を触れられる行為に弥生はビクっと身体を震わせたが、何故か男の手も微かに震えている事に気づいて思わず男の顔を凝視してしまった。
「こんなに綺麗な肌なのに……すぐに治します」
そう言うやいなや触れられた頬から温かい何かを感じ、ピリピリとした痛みが引いていった。
最初に頬。次に手、足と順番に痛みが引いて傷が治っていく様を見て、これがラノベでお馴染みの……
「魔法……」
「ええ、そうです。 この程度の傷で良かった。これならほら、痕も残らず治りました」
名残惜しそうに男の手が頬から離れると、改めて弥生は自身の身体を見下ろし、細かな傷が全て治っているのを確認した。
「ありがとうございます」
「いえ、どんな些細な傷であろうと貴方に痕を残していいのは私だけですので」
「え……」
「さて、どこから説明したらいいでしょうか……。 でもここではろくに話も出来ませんね。大変不本意ですが一度城に戻らねばなりませんし、そこで貴方に起きた事を説明させてください」
「はぁ」
「本当ならこのまま私の部屋にお連れして誰の目にも触れさせたくはないのですが……」
どこだ。 どこから突っ込んだらいいんだ。
見た目だけならその辺のモデルよりもイケメンな美丈夫。 今現状この危ない発言をする男しか頼る相手はいないのだが、出来る限り距離を取りたい。
瞬時にそう判断した弥生はさり気なく二歩ほど後ろに下がったが、それを男は眉をピクリと動かしただけで何も言わなかった。
「そういえば自己紹介がまだでしたね。 私はガルッグ騎士団騎竜隊副隊長ルーカス=フレッカーです」
「神辺弥生です。 あ、ええと、名前が弥生で姓が神辺です」
「不思議な響きですね。ヤヨイと呼んでも? 」
「……どうぞ」
「では私の事はルーカスと」
「ルーカス、さん」
「呼び捨てで構いません」
「……ルーカス」
いきなり名前呼び。しかも呼び捨てはハードルが高いように思うがここではそれが普通なのだろうか。弥生は日本人特有の事なかれ主義を発揮し何も言わずに頷いた。
「こいつはタロウ。 私の騎竜です」
「たろう……?」
「はい。 騎竜隊初代隊長の竜の名をいただいたのです」
誇らしげなルーカスとは反対に、弥生は引き攣った顔でタロウと言う名の竜を見上げた。
タロウって、太郎?
こんな威厳ある竜なのに太郎って。
いや、全国の太郎さんを貶めているわけではないが、でもファンタジーそのものの竜の名前が太郎って。
「珍しい名前でしょう? 初代隊長も異界の者でしたので、この世界にはない響きなのです」
「ああ……」
その初代隊長さんとやらは恐らく日本人で間違いないのでは。
自己紹介しかしていない状態だが、何だかいろいろな事を察した弥生だった。
「それではこれからタロウに乗って戻りますが……竜に乗った経験は?」
「ありません」
「では落ちないように私がしっかり抱きしめていますので安心してお乗りください」
「え? 抱き……うひゃあ!」
そこで弥生の視界がガクンと揺れた。
ルーカスが弥生をお姫様抱っこで抱き上げたのだ。
「慣れていない者が竜に乗るのは難しいのでこれで城まで行きます」
やたら機嫌よく輝かんばかりの笑顔を振り撒きルーカスは弥生を抱き上げたまま器用にタロウに飛び乗り、流れるようにフワッと浮上した。
「え? え? 」
突然の事態についていけず、弥生は訳も分からずルーカスの首に抱きつき、それにより近づいた弥生の顔を蕩ける様な笑顔でルーカスが見つめると、タロウは空へと羽ばたいた。
ーー弥生、あんたはいつか運命と出会うよ。
近くなった空が視界いっぱいに広がり、思いっきり風を受けて、何故か弥生は小学生の頃に亡くなった祖母の言葉を思い出した。
『その運命は今はまだ遠い場所にいるけど、どれだけ遠くにいても必ず出会う。 出会ったら覚悟しな。運命はあんたを絶対に離さない。 それまでは少し苦労するかもしれないけど大丈夫。 運命にさえ出会えたら絶対に幸せになれるから。 だから、幸せにおなり』
神社の巫女だった祖母には不思議な力があったという。
みんなには見えない何かが見え、聞こえないない声が聞こえたらしい。
そんな祖母の死期が近いと、家族で見舞った病院で祖母と二人きりになったタイミングで言われた言葉だ。
当時の弥生は何の事だか理解出来なかったが、祖母が亡くなりしばらくして両親も事故で亡くなった時に一度だけ思い出した言葉。
運命に出会う云々より、自分のこれからの人生が苦労すると言われた事だけが鮮明に思い出され、とても悲しくなったのだ。
その言葉を、唐突に思い出した。
「もしかして、貴方が……」
何でその言葉を思い出したのか。何でそう思ったのか。そんな疑問が頭の隅に浮かびはするが、それは今は些細な事。
それは妙な確信をもって心が訴えていた。
(ああ……この人が……)
弥生の運命だ。




