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番のアナタ  作者: 木崎うらら
本編
14/26

14(ルーカス視点)

 番と出会うという事がどういう事か、あの時の自分はまだよく分かっていなかった。





 初めてヤヨイと出会ったあの日、隊長に報告を済ませたらすぐに自分の家へと帰った。

 とにかくヤヨイを他の誰にも見せたくないと、急いで自分のテリトリーに囲いこんだ。


 それから三日は夢のようだった。

 番が、ヤヨイが同じ屋根の下に、手の届く範囲にいる。日を追うごとに家の中はヤヨイの香りで溢れ、どこにいてもヤヨイの気配を感じた。これがどれだけ幸せな事か、ヤヨイにはきっと分からない。


 番は唯一、番持ちの心を癒す存在である。


 この言葉の意味がやっと私にも理解出来た。

 カラカラに渇いていた心にヤヨイと言う水が染み渡る。


 とても。 とても幸せだった。


 だがすぐに幸せだと思う気持ちに混じって「もっと」と思う様になった。


 もっと。 もっとヤヨイが欲しい。

 ヤヨイの全身に口づけをして自分の匂いをその身体に染み込ませたい。

 

 番への独占欲と、いまだ何らマーキングをしていない事で誰かに攫われるかもしれないという不安が私の心を支配していく。


 しかしここで無理に身体を奪ったら、きっと心は手に入らなくなる。

 

 本能と理性が激しくせめぎ合うが、無理強いだけはしたくない。 どんなに自分が苦しくても番を悲しませる事だけはやってはいけない。

 私は顔を見れば愛してると言い、挨拶がわりに抱きしめるという行為をやめた。 でないと抑えのきかないこの身体がヤヨイを押し倒そうと手を伸ばす瞬間が何度もあったからだ。 触れたいけど怖くて、やっと出会えた番に嫌われるのが怖くて距離を置いた。

 ヤヨイに何か言いたげな表情で見つめられる事が増えたが本当の事など言えなかった。






 「あー、お前、それは悪手だわ」



 日に日に鬱憤が溜まっていく身体を持て余し、私は部下たちの訓練に顔を出し一緒に汗を流す事にした。 汗と共に己の欲望が流れていく事を願っていつもよりも厳しい訓練に臨んだが、結果は部下の屍を大量に築き上げただけだった。

 余程情けない顔をしていたのか、ギディオン隊長に何かあったかと聞かれ、最近のヤヨイとの関係を話すと長い溜息をつかれた。


 「あのな。 毎日毎日うざったいほど好きだ愛してるって言って抱きしめてくれてた奴が、ある日突然その行為をやめた。 相手はどう思うだろうな。 もう私の事なんて好きでも何でもなくなったんじゃないか……とかな」

 「馬鹿なっ、番相手にそんなっ」

 「そりゃ俺たちはそう思うさ。 そんな事はありえないと。 だがな、お前の番はどうだ? この世界の常識だってよく知らないだろ。 番についてもどれだけ知ってる? 番持ちの心変わりなどありえないって常識を彼女は知ってるのか? 」

 「それは……」


 何も言えなかった。

 こちらに来て日の浅いヤヨイは当然こちらの常識に疎い。 しかも基本的に家に閉じ込もって外出はさせていない。話し相手は姉のマーガレットか自分だけ。そんな生活では番について知る日は来ないだろう。 なにしろ私が知られたくないと思ってるからだ。番に出会った自分は、番に選んでもらえなければ死んでしまうなど、そんな脅すような真似をしてヤヨイを手に入れたい訳じゃない。


 「お前の気持ちも分かる。 番とか番持ちとか関係なく、お前自身を好きになって欲しいって。 君がいなきゃ生きていけないなんてのは普通の奴らの口説き文句としてはグッとくるかもしれないが、俺たちにとっちゃ脅迫と同じだからな。 そんなの知られずにいたいって思うのは当然だ」


 ギディオン隊長は片手で頭をガシガシっと搔き、再びこちらに視線を向けてきたその顔がとても真剣だったので自然と気が引き締まった。


 「なぁ、ルーカス。 もっと我武者羅になれよ」

 「それは……」

 「今のお前は、番を手に入れるために全力を尽くしてるって言えるか? 違うだろう。 ただ番に嫌われたくないって怖がってるだけだ。 そんなんじゃ手に入るものも入らないぞ」

 「…………」

 「二ヶ月後、番のお嬢さんがあちらの世界に帰ると決めたらお前は死ぬ。 ……俺たちはお前を喪いたくないんだよ。 だから頼む。 お嬢さんに振り向いてもらえるようにもっと我武者羅になれ。 お前だってウジウジしてる間に時間だけが過ぎていってお嬢さんに帰られたら、悔やんでも悔やみきれないだろ」


 何も言えなかった。 本当にその通りだった。

 このままヤヨイに嫌われるのを恐れて時間だけが過ぎ、ヤヨイが元の世界へ帰ってしまっては後悔しかしないだろう。 そんな後悔の中で死んでいく未来が簡単に想像出来てしまう。


 「はぁ~、お前、今日はもう帰っていいぞ」

 「隊長? 」

 「そんで今までの非礼を詫びて、改めて口説いてこい」

 「隊長……」

 「ほら急げ。 これは命令だぞ。 一刻も早く誤解を解いてこい」

 「……ありがとうございます」


 私は頭を下げそのまま部屋を飛び出した。 あの悩んでいた時間は何だったんだと思うくらい、今は早くヤヨイを抱きしめたいと強く思った。


 この時間はまだ姉上が家にいるだろうか。もしいたら姉上には申し訳ないがすぐにお帰り願おう。

 そうして帰りついた我が家。 玄関扉を開けたところで聞こえてきたのはーー。




 「まだ期限まで時間がありますけど、それを早めてあちらの世界に戻る事は出来ますか? 」

 


 

 冷静なヤヨイの声に、私は冷水は浴びせられたよう

に血の気が引いた。

 今ヤヨイは何と言った? 期限を早めて元の世界に戻る……?


 「駄目ですっ! 」


 嫌だとか、止めなければと思うより前に身体が勝手に動いていた。

 私は乱暴にドアを開けヤヨイに縋りついた。


 「ルーカス……」

 「駄目ですヤヨイ、まだ期限まで時間はあります。 私の態度が悪かったのは謝りますから、 だから帰るなんて言わないでください……!」


 捨てられたくない一心でヤヨイを抱きしめる腕に力が入る。


 「く、苦し……」

 「ルーカス! おやめなさい! 」

 「私を捨てないでください! 」



 スパーンッ!!



 無様に懇願する私の頭に衝撃が走った。


 「いい加減になさい。 少しは落ち着いたらどうなの」


 痛みで少し冷静さを取り戻した私が視線を姉上に移すと、その手には扇子が握りしめられていた。

 鳥の羽で出来ているそれは以前来た異界の者が持っていた扇子を真似て作られたものである。 初めて見るデザインに貴族の女性たちの間で爆発的にヒットし今や定番となっている扇子だ。

 その扇子をぼんやり見つめ、これで叩かれたのかと納得した。


 「ヤヨイが苦しそうではないですか。 早く離してあげなさい」


 ハッとして腕の中を見ると、必死で私の腕を叩くヤヨイの姿があった。


 「すみません、大丈夫ですかっ?」


 慌ててヤヨイの肩を掴み全身に目を配るがどこも異常がない事に胸を撫で下ろしーー久しぶりに触れるヤヨイの温もりに、こんな時だと言うのに胸が高鳴った。


 「私は大丈夫。 でもルーカスはどうしたの? まだ帰って来る時間じゃないでしょ? 」

 「それがお恥ずかしながら隊長に帰らされました」

 「え? どこか具合でも悪いの? 」

 「いえ。 ただ一刻も早く番の誤解を解き、今すぐヤヨイを口説いてこいとの命令を受けましたので」


 ポカンと口を開けているヤヨイの何て可愛らしい事か。


 「そんなに隙だらけですと悪い男に口づけされてしまいますよ」

 「……それは貴方でしょう」


 呆れた様に姉上が口を挟むが私の目にはヤヨイしか映らなかった。 このところのヤヨイ不足を補いたい。


 「……あの、今口説くって聞こえたけど、ルーカスはまだ私の事が好きなの? 」


 ああ、やはり誤解されていた。


 「私がヤヨイを愛さないはずありません。 番持ちは一度愛した相手が変わる事などありえません」

 

 だから元の世界に帰るなどと言わないで欲しい。

 せめて期限までは私といて欲しい。

 それで一生会えなくなるとしても、ギリギリまで共にいたい。


 女々しく縋る私に、ヤヨイは強い瞳をして口を開いたーー。

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