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本日2回目の更新です。
こちらの世界に来て、一ヶ月が過ぎようとしていた。
「ただいま帰りました」
「おかえりなさい」
玄関で出迎えたルーカスは花でも飛びそうな笑顔で帰って来た。 実際花も買っていて家の中に入るなり綺麗な花束を渡された。
「わ、綺麗なお花」
「女性に花をあげた事などなかったので随分迷ってしまいましたが、喜んでもらえて良かった」
花越しに弥生を見つめるルーカスの優しい瞳と視線が交わり妙にソワソワしてしまう。
「は、早く生けないと。 花瓶はある? 」
「ああ、そうでした。 花瓶がいりますね。 この家で花を飾る事などなかったので……代わりの物を探して来ます」
「じゃあ、その間にスープを温め直しとくね」
花束をキッチンカウンターに置き、ひとまず夕食の仕上げに取りかかる。
全ての料理の配膳が終わる頃、ルーカスが酷く気まずそうに戻って来た。
「花瓶あった?」
「それが……ちょうどいい大きさの物がなくて」
そして背中からそっとバケツを取り出した。
「バケツ? 」
「せっかく弥生に差し上げた花なので、ちゃんとした花瓶に飾りたかったのですが……。これに見合う花瓶は明日必ず買って来ます。 ですので今日はこちらをお使いください」
ルーカス一生の不覚。とでも言い出しそうな態度に弥生はプッと吹き出した。
「ヤヨイ? 」
「アハハ! そんなに落ち込まなくてもいいのに! バケツだって全然構わないよ。花の綺麗さは変わらないんだから。 それにルーカスの気持ちが嬉しかったし」
「気持ち……」
「そう。 ルーカスが私のために悩んで花を買って来てくれたんでしょ? その気持ちが嬉しいの。ありがとう、ルーカス 」
バケツを引き取り早速花を生ける。
「あ、ごめん、冷めちゃうから早く食べようね」
生けたと言うか、放り込んだだけの花の入ったバケツを壁際に置き、いまだにダイニングの入口で突っ立っているルーカスの手を引いて座らせる。
「どうしたの? 食べないの?」
いつもなら美味しい美味しいと言ってたくさん食べてくれるのに全く手をつけようとしない。
「もしかして嫌いな食べ物でもあった? それとも具合悪い? 」
弥生は席を立ち、ルーカスの顔を覗き込むように額に手を当て熱を測る。
「熱はないよね……っ!!」
突然額に当てていた手を捕まれ驚いて手を引こうとするが、びくともしない。
「……すみませんっ、驚かせるつもりはなかったんです。 ただこんなに優しくて可愛らしいヤヨイが番で良かったとつくづく感じていました。 そうしたらこんなに近くで私に触れてくれるので……私は…………愛しています」
「そこで告白!? 」
「愛しさが溢れてしまって」
そこで通常運転に戻ったルーカスと食事を再開。
いつも通り美味しいと言って食べてくれたけどいつもより褒め言葉が少なかった。食後の後片付けも一緒にしたけどいつもより距離が遠かった。就寝挨拶をしたけど頬にキスが無かった。
いつも通りなのにどこか違う。弥生は最近ルーカスに対してほんの些細な違和感をよく感じるようになっていた。
それを日に日に強く感じるようになったある日ーー。
「ごきげんよう」
「いらっしゃいませ」
いつもと同じ時間にマーガレットがやって来た。
「あら、今日も初めて見るお菓子だわ」
「プリンって言うんです。 残念ながらあまり綺麗に作れなかったんですけど」
こちらに来て時間を持て余した私はあちらの世界の食べ物再現にハマっていた。
とはいえ元々料理が好きと言う訳ではないし、こちらと材料も違うし、簡単なものの再現しか成功していない。苦労して再現しても「これは〇〇ですね」と、既にこちらにある料理だったりする事も多い。
今回作ったのもそうやって苦労して作ったプリンである。
こちらの世界のお菓子は焼き菓子ばかりであまりバリエーションもない。 それに比べて弥生が作るお菓子は初めて食べる物ばかりで美味しいと、ルーカスやマーガレットにも受けがいい。
プリンも作り方は簡単だったので覚えていたが、どうしても「す」が入ってしまって売り物のような滑らかなプリンが作れず、お客様に出すには残念な出来だ。でも本物を食べた事がないのだからこれがプリンだと言って出せばそれがプリンなのだ。決して作りすぎたプリンの処理をお願いしたくてマーガレットに出した訳ではない。
「面白い食感ね。 とても美味しいわ」
「良かったです」
上品に食べ進めるマーガレットを横目に弥生も口をつける。
「ヤヨイの世界は美味しい物に溢れているのね。 もし貴方がこちの世界を選んでくれたら今まで出してくれたお菓子が日常的に食べられる様になるかしら」
異世界人の恩恵を期待しているのだろう。
別にお菓子のレシピくらい出し惜しみはしない。むしろレシピを提供して食事が豊かになるなら喜んで提供する。
「そうですね。 他にもまだ食べた事のない料理も提供出来ると思いますよ」
「……では、ルーカスを選んでくれると言う事かしかしら?」
「それは……」
「ああ、ごめんなさい。 こんな押し付けたり急かしたりするつもりはなかったの」
聞かなかった事にしてちょうだいと、再びカップに口をつけるマーガレットの顔色が悪い気がした。
「あの、何かあったんですか? 」
「え? 」
「それとも具合が悪いんでしょうか? 何だか顔色が悪いように見えて……」
「ヤヨイは、とても敏いのね」
「へ? 」
「なら、最近ルーカスの様子が変なのも気づいているかしら? 」
「……」
それは確かに感じていた。 なんと言うか、日に日に追い詰められているような緊張感を発しているのだ。
それに伴いルーカスの弥生への接触もかなり減った。前は挨拶の様に弥生を抱きしめていたのに最近は殆ど触れなくなってきていた。
もしかして。
番だと思ったのは間違いで、別の人が番だと分かったんじゃないか。
そんな不安が弥生の心には広がっていた。
不安に揺れた弥生の瞳を見たマーガレットは深い溜息をついた。
「よりにもよって番を不安にさせるなんて」
「ち、違うんです! 」
「違う? 何が違うのかしら?」
「あの、そもそも番だって言うのが間違いだったんじゃないかと……」
「……ルーカスがそう言ったのかしら?」
あれ。 これは言葉のチョイスを間違えただろうか。
マーガレットの背後に見えない炎が立ち上っている気がする。
「いえ、ルーカスはそんな事言ってません!」
「でもヤヨイがそう思う何かがあったのよね」
質問と言うより確信している口振りが怖い。
「た、ただの勘違いかもしれないし……」
「ヤヨイ、 話してちょうだい。 貴方がそんな見当違いな思い違いをした理由を」
少し躊躇ってから、弥生はここ最近のルーカスの異変を話し始めた。