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「はじめまして。 貴女がルーカスの番ね」
「きっ……! 」
「き? 」
「ききき綺麗な方でびっくりしましたっ」
「まぁ! 」
ふふふと笑うルーカスのお姉さんを見て弥生はいきなり悲鳴をあげそうになる口を慌てて閉じた。
いやだって、なにこのお姫様。
家の前に豪華な馬車が停まったのを窓越しに見た時から嫌な予感がしていた。
次いでノックされた扉を恐る恐る開けると、ここは舞踏会場ではありませんよ。と言いたくなるドレスを着たルーカスよりも白に近い銀髪にルーカスと同じ深緑の瞳をしたお姫様が立っていた。
どう考えても訪問予定のお姉さんなのは分かるが、このお姉さんを極々普通のこの家に上げていいのだろうか。
「ど、どうぞお上がりください」
とはいえいつまでも玄関先に留めておくわけにもいかない。
ドレスの裾が玄関につかえながら入ってもらったお姉さんをソファを勧めすぐお茶を用意する。
「あの、お口に合うか分かりませんが……」
準備しておいたクッキーとお茶をお姉さんの前に置く。 違和感がハンパない。
「あら。 このクッキー、とても美味しいわ」
上品にクッキーを食べたお姉さんが上品に口を押さえて上品に驚いている。要はどこからどう見ても上品な人だった。
「私ったらご挨拶がまだでしたね。 ルーカスの姉のマーガレットです」
「あ、弥生です。本日はお越しいただきありがとうございます」
「異界の方なんですって? 元いた世界とは勝手が違うでしょうけど、不自由はしていないかしら? 」
「それは、はい。 ルーカスにはよくしていただいてます」
「むしろ鬱陶しくないかしら? 番持ちの番への執着と言ったら本当に目も当てられないもの」
「あー……はい。 ダイジョウブです」
やはりあれは普通ではないのか。
この三日、いくら言ってもルーカスの距離感はおかしいままだった。常に弥生の横にピッタリとくっついていて、彼氏とだってこんなに四六時中くっついている事なんてなかったのに。
「あの、ところでマーガレットさんやルーカスのお家って貴族……なんでしょうか? 」
気になってしょうがない事を思いきって聞いてみる。
「まぁ! ルーカスったらそんな事も話してないの?」
「この家の様子を見て私か勝手に庶民だと判断しただけです! べ、別に話したくなくて話してないわけではないと思います!」
一瞬マーガレットの後ろにゆらりと炎の様な何かが見え、弥生は慌ててルーカスを庇う発言をしてしまった。
「お互いを知るところから信頼が、やがては愛情が生まれると教えましたのに」
ふぅ。と溜め息をついたマーガレットが、それからいろいろと教えてくれた。
ルーカスの実家であるフレッカー家は伯爵家。ルーカスは紛れもなくお貴族様だった。
マーガレットは既に結婚して家を出たのでフレッカー家の者ではないが、嫁ぎ先も伯爵家なので今も昔も生粋のお嬢様だ。……いや、二十八歳のルーカスの姉なのだからもうお嬢様と言う年齢ではないだろうけど。
ルーカスは伯爵家の長男であるが、家を継ぐのは弟の方だという。
なんでも嫡男が番持ちだった場合、跡取りから外されるのが普通だとか。
そりゃ後継を産んでくれる番に出会えるかも分からないし、その上番以外抱けないとなれば家を存続させるのは難しいので当然なのだろう。
「その事についてはあの子は全く気にしていないので構わないのですけど……」
家を継ぐ事に興味はないとルーカスは昔から言っていたようだが、マーガレットが気になったのは何に対しても興味を示さない事だった。
先祖返りで身体的に能力が高いのは勿論、元々の本人の能力も高く何でも卒無く期待以上に出来てしまい、何かに夢中になったり熱中したりする事はなかったそうだ。
そんなルーカスについに番が現れた。
何事にも関心を示さなかったルーカスに心を傾ける相手が現れた。
知らせを受けたフレッカー家は驚きとお祝いムードで俄に活気づいた。
しかし相手は異界の者。
いきなりこちらの世界で生活するのに何か不便な思いはしてないだろうか。ルーカスがきっと何から何まで世話をするだろうが、所詮今まで女性になど一切興味を示してこなかった男。
だがルーカスにとってもフレッカー家にとっても、弥生は何がなんでも逃せない相手。
でもルーカスには女性目線で必要だと思う物、こうして欲しいと思う事などには疎いに違いない。そう言った意味での気遣いは出来ない男という認識がフレッカー家全員の総意だった。
ならば誰か手伝いにやろう。そう考えるのは当然の流れであったが、ここで問題なのは番持ちの番への執着ぶりだ。
特に今はまだ弥生がルーカスのものになっていないーー早い話弥生を抱いていないーーので親兄弟であっても番に男が近づく事は絶対に許さない。
同性でも何とか許容出来るのは肉親の同性のみ。母親ならまだ大丈夫かもしれないが、母親は病気療養中のため王都から離れた所にいる。
そこで白羽の矢が立ったのが姉のマーガレットだ。
嫁ぎ先の家が近い事もあり、ルーカスの不足を補い弥生のフォローのために毎日顔を出してくれると言うのは有難かったが、絶対に逃がさないと無言の圧力を感じた。
「それで、少しはこちらの生活には慣れたかしら?」
「ええ……はい。それは、」
「息苦しくはないかしら?」
「………」
思わず黙り込む弥生に、マーガレットは溜息を零した。
「やっぱりそうなのね。 私の友人にも番持ちがいるわ。 普段はいい友人なのだけど、番に対しての言動だけはどうしても理解出来ないの。 特にルーカスは貴方と出会ったばかりだし、貴方を縛る様な事ばかりしてないかしら」
「いえ、そんな事はないです。 ……ただ、私が誰かとずっと一緒にいる事に慣れてなくて」
両親が亡くなってから一人で生きてきた弥生にとって、四六時中誰かと一緒にいるという環境には慣れないものがあった。昔彼氏と同棲してた時だってもっと一人の時間はあった。
ただ弥生が戸惑っているのはそれを嫌だとは思わない事だった。むしろもっと一緒にいたい。夜寝る前に挨拶を交わす時、このまま朝まで一緒にいられたらと何度思っただろう。
これが女性に慣れた男であったなら、弥生の切なげな表情を読み取り今頃上手くまとまっていたかもしれない。
しかし相手は今まで女性とお付き合いなどした事がない男。まぁ女性慣れしていないと言うより弥生以外全く興味がないと言った方が正しいのだが。
弥生以外の誰かには全く表情筋を動かさずに接するのに、弥生に向ける目だけは火傷しそうなほどの熱を持って見つめてくる。一緒に街に出て他の人への対応を見て知った弥生だった。
大事にされてる。 それと同時に強く求められてると強く感じた。
正直この三日でルーカスに気持ちがかなり傾いていた。それこそ朝まで一緒にいたいと思うほどに。
誰かを好きになるのは時間ではないと、つくづく痛感していた。
この想いをルーカスに伝えてしまえば楽なのは分かってる。でもちゃんと和樹と別れていない状態でルーカスを受け入れるのは弥生には無理だった。
きっと三ヶ月後、弥生は和樹とあちらの世界に別れを告げるために戻るだろう。
そんな予感を、ただ漠然と感じるようになっていた。
あけましておめでとうございます!
おめでたいので0時更新です(*´▽`*)
今年も頑張って皆様にお話をお届け出来るように頑張ります!