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番のアナタ  作者: 木崎うらら
本編
1/26

1

 「ええー……」


 鬱蒼と生い茂る木々の中、さきほどまでいた場所と全く違う景色に、女ーーー神辺弥生(かんべ やよい)は戸惑っていた。

 それは突然知らない場所に移動した事ではなく、思っていた場所に出られなかった困惑からだ。


 だがすぐに思い直す。世界さえ渡れたのならあとは己の努力次第であの人に会う事はできるはず。


 「首洗って待ってなさいよ! ルーカス! 」


 弥生は腰に手を当て、空に向かってビシッと指を突きつけると高らかに宣言をして第一歩を踏み出し……苔で滑って転んだ。




◇◇◇



 そもそもの始まりは弥生が二年付き合った彼氏にプロポーズされた日に遡る。


 その彼氏は弥生が入社した時に面倒を見てくれた先輩で、それがきっかけで仲良くなりお付き合いが始まったのだ。


 彼からの告白で始まったお付き合いだが、穏やかな性格の彼の傍は居心地が良く、燃え上がりはしないがこのまま平穏な日々を続けた先に結婚が待っているかもしれないと漠然と思っていた。


 そしてついにその日は来た。


 弥生の二十五歳の誕生日に少し高級なレストランを予約して祝ってくれ、そして帰り際に家の近くの公園で指輪を出されプロポーズされたのだ。本当はレストランでしたかったが勇気が出なくて今になってしまったと、恥ずかしそうに言い訳をする彼の姿に思わず笑って……目を伏せた。


 いつか結婚するかもしれない。そう思って付き合ってきたのに、いざプロポーズされてみると嬉しさよりも戸惑いの気持ちの方が強かった。


 どうしてだろう。素直にこの手を取る事が出来ない。

 

 何かが弥生の心に引っ掛かっていた。


 「弥生? 」


 いつまでも返事をしない弥生に、彼から催促するように呼ばれた。

 すぐにプロポーズを受けなければ。そう思う気持ちとは裏腹に、弥生は凍りついた様に動けないでいた。


 (私……どうして……。 早く、返事を……)


 「あの、ありがとう……こんな私で良かったら……」


 よろしくお願いします。そう伝えるつもりで口を開きかけたその時、突然弥生の身体が虹色の光で輝きだした。


 「きゃっ! なに? 」


 「弥生っ!? 」


 彼が咄嗟に弥生の腕を掴もうと手を伸ばした瞬間、弥生は虹色の光だけを残し姿を消してしまった。


 「弥生! 弥生ーっ!」


 こうして弥生は異世界へと渡ったのだった。




◇◇◇




 「ん……」


 弥生は濃密な草の匂いを感じて意識を取り戻した。


 「ここは……和樹(かずき)? 」


 意識を失う直前まで一緒にいた彼氏の名前を呼ぶが、目の前にあるのは見た事もない虹色に光る苔が広がる森しかなかった。


 「なに……? どこ? 」


 おかしい。自分はついさっきまで公園にいたはずなのに。間違ってもこんな森の中になど来た覚えがない。

 弥生は咄嗟にスマホを取り出し彼氏に電話をかけるが電波がなくて繋がらなかった。


 電波の入らない森の中。 足元は虹色に光る苔のおかげでぼんやりと明るいが、それ以外は昼間だというのに薄暗い。


 ……昼間?


 弥生は思わず空を見上げ、生い茂る木々の間から太陽の位置を確認した。太陽はだいたい弥生の真上にきている。今は昼で間違いないだろう。

 でもおかしい。 さっきまで夜だったのに。もう一度スマホを確認するとやはり時間は夜だった。


 これは一体どうした事か。

 長い間呆然と佇む弥生だったが、いつまでも現実逃避をしているわけにもいかない。

 とりあえずこの森を出て人を探すかスマホの電波の届く場所まで行かなければ。


 意を決して恐る恐る足を踏み出しーー苔で滑って盛大に転んでしまった。


 「いったぁ……。 うわ、ドロドロ」


 すぐさま身体を起こす弥生だったが、デート用に着ていた服が一気に泥だらけになった。


 「このコート高かったのにぃ……」


 クリーニングで落ちるだろうか。ただでさえ低かったテンションがさらに下がった。

 それでも気力を奮い立たせてもう一度足を踏み出すとーー


 ズボッ。


 八センチのヒールが土に埋まり、弥生は泣きたくなった。





 「はぁ、はぁ、で、出られた……」


 どちらへ進むのが正解かも分からない中、なんとなくこっちと思う方向へ進み続けて三十分ほど。時間にしたら短いが、デート服で慣れない森歩きは弥生の身体に相当負担をかけていた。


 その頃の弥生は何度も転んで全身泥だらけ。ストッキングは無残にも引き裂かれ、スカートから覗く足や顔など肌が出ているところは傷だらけだった。

 パンプスもヒールが折れてしまったが、ぺたんこ靴として履けたのでむしろ歩くのは楽になった。


 森を抜けた途端、強い風が吹き弥生の髪を乱す。

 歩き続け汗をかいた弥生の身体には気持ちのいい風だった。


 弥生はしばし目を閉じて風を全身に受ける。

 やがてゆっくりと目を開けると、遠くの空に黒い点があるのが見えた。

 点は段々と近づいて大きくなり、それは点ではなく翼の生えた鳥のようだと認識するまでにそれほど時間は掛からなかった。


 だが鳥にしては大きすぎる。


 弥生は森を歩きながらずっと頭の片隅にあった考えが現実味を帯びてきた事に恐怖を覚えた。


 ーーああ。


 そして鳥だと思った何かはとんでもないスピードで弥生のいる方へ飛んで来ると、あっという間に目の前に広がる草原へと着地した。


 ーーやっぱり、ここは異世界なんだ。


 その何かとは、ゲームやアニメではよく見る竜と呼ばれる生き物と同じ姿をしていた。



新連載始めました!

今日と明日は1日2回更新で、その後も毎日更新します。

25話前後で終わると思いますが、最後までお付き合いいただけたら嬉しいです。

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