買い物をしよう
「やっと着いたねえ」
フウが大きく背伸びをする。表情に少し疲れは見えるものの、買い物をする楽しみが隠しきれないのか、顔が緩みきっている。
「ただ今、開門をいたします」
対照的に一切表情を変えないレーナは、しっかりとフウに一礼をし、馬車の操縦席から降りた。
石畳の道を馬車で走る事二時間、おおよそ予定通りの時間に街に到着した。街の名前は『ファンニル』というらしい。道中はフウと、やれ新しい洋服が欲しいだの、美味しい果物を探したいだの、たわいのない話で盛り上がった。その際、分かった事が二つあった。
一つは、『レーナ』が秘書でなくメイドさんであり、なおかつ人間ではなく『エルフ』という種族であること。
もう一つは、この世界に『魔法』という概念が存在することだった。
中世欧州にしてはいささか適当な世界観のような気はしたが、なるほど、どうやらゲームで表現される欧州と言った方が近いのかもしれない。残念ながらおれはあまりファンタジー系のゲームに詳しくはない。また、転生、転移系の作品にも疎い。アニメはよく見るので「そういうのが流行っている」という事だけは知っているが。
まさか自分がそのような境遇になるとは思いもしなかった。もっとその手の転生・転移物を見ておけば良かったと今更ながら後悔した。
そんなこんなで『ファンニル』に到着した訳であるが、壁に囲まれた街に入ると状況が一変した。
「「「フウさま、お待ちしておりました」」」
その歓声と共に人だかりが割れ、一本の道が出来た。市場が立っている場所までおれ達を誘導しているようだった。ギラギラとした商人たちの何十、何百という目がこちらに注がれる。
おれはこの目をよく知っている。よく職場にやってきた、いけ好かない保険の営業マンの目だ。世界は違えど、やはり商売人は似たような目つきになってしまうのかと思った。
「………」
先程まで緩みきった表情はどこへやら、フウの表情は厳しく鋭いものだった。
「どうした? そんな顔して。楽しみにしていたんだろう?」
「………」
小さく頷きはしたが、やはり声は発さない。どういうことなのだろうか。レーナを様子を見てみたが、相変わらず表情一つ変えず仕事を全うしているようだった。
馬車を預け、おれ達は吸い込まれるように『人が造りし道』を歩き始めた。人々は皆頭を下げ、俺たちを、いやフウを迎えれる。
大名行列ってこんな感じなんだろうなと思った。
フウの顔は相変わらず厳しく鋭い。人々に手を振ることなく、顔すら見ようとしない。
ただ、一言ポツリと呟いたのを、おれは聞き逃さなかった。
「……えがおだ……えがおを作るんだ……うぅ……」
どうやらただ緊張しているだけのようだった。