街へ行く三人
おれは目を覚ました。
時計を見なくても、今がだいたい午前五時くらいだろうと推測が出来た。社畜生活で鍛えられた正確無比の体内時計がそう言っていたから間違いないだろう。
日はまだ昇りきってはいないが、鳥のさえずりが聞こえ、優しい空気が流れていた。こんなに穏やかな気持ちの目覚めは何年ぶりだろうか。休日の朝ですら味わったことがない、晴れ晴れとした気分だった。
もうこの世界には明日の仕事も、今月のノルマも、山のように残った仕事も、上司の怒鳴り声もないのだ。
『自由』
この漢字二文字が頭の中を何度も駆け巡る。これこそが今一番必要な物だったのではないだろうか。
おれは再びベットに潜り込み、惰眠を貪った
ぼんやりとした意識のまま、それから2時間くらい経っただろうか。玄関の扉を叩く音が聞こえ、再び目を覚ました。
「おーはーよーうー」
外から聞こえて来たのはフウの声だった。
「あーさーごーはーんでーきーたーよー」
どうやら朝食の時間らしい。久しぶりにこんなに長い時間睡眠をとったせいか、頭の回転が鈍い。あちこちに身体をぶつけながら、フラフラとした足取りで玄関に向かった。
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早々に朝食を食べ終えると、街へ向かう準備をする事になった。昨日の約束通り、この後買い物にいくらしい。お金持ちの買い物に付き合う経験などないので、少し緊張してしまう。
使っていいと言われた井戸水で顔と歯を磨く。井戸水は芯まで冷えており、ぼんやりとした頭が一瞬で冷めてしまった。外ではなく、中にこのような洗面所を作れるあたりお金があるのだろう。
そんなに派手な装飾はないのだが、こういったライフラインはしっかりと作られていた。
大きな荷台を付けた馬車が外で待っていた。
フウが待ちくたびれたように足をバタバタとさせている。昨日よりはちょっとおしゃれをしているようで、白地のドレスがヒラヒラと風に舞っていた。それでもお金持ちのお姫様というよりは、垢抜けない田舎娘が背伸びしておしゃれをしているという感覚が残っていた。
「おそいよ!!早く!!早く!!」
「そんなに急がなくてもいいじゃないか」
「だめだよ!街まで少し遠いんだから。日が沈んだらお買い物出来ないよ?」
どうも感覚が現代的な部分が抜けない。よくよく考えれば電灯なんてない訳で、日が沈めば辺りは真っ暗闇だ。松明はあるが、夜に経済活動が活発になるほどではないのであろう。
「乗ったね。じゃあレーナ、出発だ!」
「レーナ?人の名前か?」
フウが声をかけた先を見ると、操縦席に一人の女性が座っていた。男性用スーツのような真っ黒な洋服を身にまとい、ピンと背筋を伸ばして座っていた。間違いなく有能な秘書だろう。色気からも断言できる。
この世界で見た、フウ以外の初めての人間だった。
「はい・・・では、動きますので、フウ様はお気を付け下さい」
「はーい」
フウが元気よく返事をすると同時に、馬車はゆっくりと動きだした。街に着くのはどのくらいかを聞いたところ、
「うーん太陽があの辺にあるくらい?」
というフウのアバウトな情報から、到着まで大体二時間くらい、時刻にすると10時くらいじゃないかと推測した。