食事をする男
『100兆ギル』という言葉が頭の中で何度も繰り返される。
正直この世界の物価は全くわからないので、自分の元いた世界の通貨価値よりは低いかもしれない。それでも人生を何回繰り返してもなくならない価値はあり、この世界でも途方もない金額なのは間違いなかった。
すごい人間に拾われたものである。予定された転移かどうかはわからないが、特徴のない顔の女神よありがとう。いや、ここは『女神さま』と敬称を付けて敬うべきであろう。
「じゃあ晩御飯作るまでゆっくりしててね」
お金持ちの金髪美少女『フウ』に連れられて来たのは、そこそこ大きな石造りの平屋建ての家だった。使われている素材は良い物で、作りもしっかりしているように見える。
「ここがフウの家なの?」
「何ボケちゃってるのよ。ここはミヤの家だよ。住むとこないって言ってたからあげたのに」
「ああ……」
しかし、よく分からない行き倒れの男にここまでしてくれるのだから、金持ちの考える事はよく分からない。それともこの子が特殊な頭をしているだけなのだろうか。
「じゃあちょっと待っててな。美味しいの作ってあげるから」
そう言うと、フウは少し離れた小さな小屋のような家に帰って行った。辺りを見渡せば同じような平屋建ての建物がいくつかある。生活感がない建物群でありながら、不思議と一体感があることから、なんとなく全てがフウの所有物である事は分かった。
太陽が沈み始めた。どこまでも続くように思われる地平線の彼方には、小さく塀のようなものが見えた。どうやらこの辺り一体をぐるりと囲んでいるようだったが、塀の全貌はわからなかった。
「広いな……」
北海道旅行に来た本州人のような感想をポツリを漏らすのは当然だ。
唯一の気がかりは、いくつもある住居に人の気配が全く感じられない事だった。警備も、執事も、メイドも、料理人も、庭師も、そうのような人間の気配すらなかった。
彼女はどうやって生活をしているのだろうか?
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晩御飯は『おれの家』にフウが持って来てくれた。豪華絢爛な食事に舌鼓を打つ自分の姿を想像していたが、実際の食事は全く期待はずれの質素な物だった。かなり固いパンと野草のスープ、塩辛い干し肉、謎の漬物と赤ワインだった。もしかすると、自分が現代的な基準で物事を考えているだけで、この時代の生活レベルを考えれば豪勢な部類なのかもしれない。
「美味しい?」
フウがニコニコしながら問いかけてくる。
「美味しいが、パンが硬い」
実際、美味しいことは美味しかった。期待していた豪華絢爛さはなかったが、本人が全て手作りしているようで、逆にそれが何より贅沢に感じた。
「ええ~パンは普通だよ。ねえねえ野菜スープは?すっごい、美味しいと思わなかった?」
どうやら自信作のようだ。表情にすぐ出る性格のようで、分かりやすくてありがたい。
「ああ、少し苦いが、美味かったよ」
「へへ~でしょ~。隠し味に昨日のウサギのお肉をちょっとだけ入れてるんだ。ちょっと大人の味になったと思わない?ワインともよく合う!」
そう言うとフウはワインを一口飲み干す。どう見ても十代半ばで、未成年飲酒なのだが、時代も時代だし問題ないのだろう。ただ、あまりお酒に強い訳ではないらしく、すぐに頬を赤くしていた。