ひろわれた男
いつもの日常が突然変わった。毎日毎日仕事に追われ、疲れきった毎日だった。フラフラと歩いていたところに車が元気よく飛び込んできたのだ。
痛みもなくおれは死んだ。なぜ死んだと認識できたかと言うと、女神がそう言っていたからだ。
「あなたは死にました」
ぶっきらぼうに、事務的に言われた。特に可愛いわけでもなく、美人でもなく、ブスでもない。ごく普通の顔。特徴がなさすぎて覚えられない。
「願いは?」
「はあ、生きていければどうでもいいです」
「分かった」
会話はそれで終わった。まるで役所の手続きのようだ。何の感動もない。
そして、気付けば異世界にいる。井戸から水を組み上げている最中のようで、見慣れた顔が写っていた。
どうやら異世界に元の体ごと飛ばされたらしい。イケメンでもなくブサイクでもなく、なんの特徴もない男の顔がそこにあった。いや、年齢は少し若くなっているかもしれない。二十代ではなく、明らかに十代の顔だった。
どうせなら転移ではなく、転生の形をとって欲しかった。アニメ的なイケメンになりたかった。
自分の家らしき建物をみるに、どうやらゲーム風の中世欧州の建物だった。分かり易い世界で大変ありがたい。世界崩壊後のアメリカみたいな世界に飛ばされたらどうなることか。現代日本で奴隷社畜サラリーマンをやってる方がましだと思う世界は流石に御免被りたい。
「ミヤー!早く水持ってきてよ」
遠くで俺を呼ぶ声がする。転移しても名前は変わらないのか。せめて洋風の名前にして欲しい。
「ああ、今行く」
取り敢えず返事はしたが、何で水汲みなんてしているだろうか。疑問は尽きない。取り敢えずあの少女に聞いてみるほかなさそうだ。
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「ええ!何言ってるのよ!一週間前に倒れてたところを私が助けてあげたんじゃない!なんて恩知らず!」
おもっきり頬を膨らませて怒りの表情をしている金髪の少女はとても可愛い。恩知らずと言われようと、残念ながら記憶が無いのだからどうしようもない。ただ、話を聞くと命の恩人のようなので、改めて感謝の気持ちは示した。
とても可愛い子なので、その時の記憶がないのが逆に悔やまれる。転移させた天使のお役所仕事のせいに違いない。物語を盛り上げるつもりなら、その時こそ転移に相応しい瞬間だったはずだ。
「ねえ、ねえ、明日街に買い物に出かけようよ」
先程までの怒りはどこへやら、すっかり上機嫌モードになっている。単純なものだ。それとなく名前を聞くと、『フウ』と言った。しっかりと覚えておこう。
「買い物は良いが、俺は金なんてないぞ」
話を戻し、当然の返答をする。金どころか仕事もないだろう。あったら野垂れ死に寸前にはならない。
「知ってるわよ。それに、あるなんて思ってないし。もちろん私が出すわよ」
「いや、流石にそこまでしてもらうのは悪い。もちろん借りる事も出来ない」
お金は大事だ。現代日本で働く人間で、それを知らない人間はいないはずだ。正社員という名の時給300円労働をしてきた人間だからこそ強く感じる。
「お金、100兆ギルくらいあるから気にしないでいいよ。家族はみんな死んじゃって私だけだし。むしろどんどん使って。何百回と人生やり直しても使い切れないから大変で」
「はあ、100兆ギルか。お金持ちなんですね」
その天文学的数字に現実感が出たのはその2、3秒後だった。俺は頭からひっくり返った。
「あ……あああ!!!ああああああああああああああ!!!!!!?うウぅ~ん??」
奇声にもならない奇声。腹から声が出ていない。
「何よ、なんて声出してるのよ!びっくりするじゃない!明日行くの?行かないの?」
「い、行きましゅ!!!」
噛んでしまっても気にしない。
俺はとんでもない世界に転移をしてしまったようだ。