別れは始まりで
春は出会いと別れの季節だ、なんて大人達は言う。でも実際、出会いは必ず訪れる保証はないのにもかかわらず、別れはいつだって起こってしまう。
例えば、学校でならクラス替えだったり転校、そして……卒業。
そこまで考えが至ればどうするかなんて聞かれずともお教えしよう。頭を抱えて叫ぶに限るのである。
「あぁぁ後数週間で優也先輩が卒業しちゃうっ! 」
「いい加減煩い木乃葉。その話今月入ってから既に10回以上聞いててもう飽きたんだけど」
「葵ちゃん酷い! そんなバッサリ切り捨てないで! 」
「だってしつこいし煩いんだもん」
「そんなぁ……」
もう私達しか残っていない放課後の教室で、うーうー文句を言いながら机に突っ伏す。勢いよ過ぎたのか、メガネの鼻当てが食い込んでちょっと痛い。現状にちょっと涙目になっていると、上から大きなため息がふってきた。
「そんなに喚く位なら、もっと早く告白して玉砕してくれば良かったのに」
「最初から玉砕前提なの?! 泣くよ?! 」
余りに酷すぎる物言いに、顔だけ上げて抗議する。流石に幾ら親友でも言っていい事と悪い事があると思う。もうすぐお別れという事実を受け止める事すら出来ずにいるのに、更に追い詰めるとは鬼畜の所業……
えっなんでそんなに嬉しそうな顔してるのかなぁ……私弄るのそんなに楽しいの。なんかすっごい怖いんですが。
「えっ上手くいくだなんて思ってたの? あの上坂優也先輩なんだよ? 」
「無理でした知ってました」
力なく机に頭を乗っければ、長い黒髪ももっさりと動く。優也先輩なんて難攻不落も良いところなのだ、私にとっては。
3年5組の上坂優也先輩。私の部活の先輩で、私の初恋の相手。黒髪に黒縁メガネ、少し垂れ目なんだけど、物言いはおっとりと言うよりははっきり言うお人。しかも長身で頼り甲斐があって紳士的優しさもあり、結構厳しい事言いながらも時々甘えさせてくれる辺りがもう堪らなく格好良いしもう魅力しかない先輩であるっ! あんなに格好良い人に惚れるなって方が無理に決まってるよぉ……
「ちょっと、あんた顔ヤバイよ。先輩の事考えてるのは読めるけど、はっきり言うと緩み過ぎて気持ち悪い」
「そこまではっきり言われると傷つくよー? 傷ついちゃうよー? 」
「木乃葉なら傷つけて問題ない、同じ人間だと認めるのが悔しいもん」
「扱い酷っ?! 」
さっきから眉をひそめ、同じ人間であるはずの私をこっぴどく扱うのは、小学校時代からの親友である片山葵。つり目で明るい茶髪を腰まで伸ばしているので、大人っぽい雰囲気に磨きがかかり年上の様に感じる事も多い。まぁ、態度が同い年っぽくないってのも大きいだろうけど。ど直球の物言いは厳しいが間違ってないと思うし、何より素直だから私はそんな彼女を信じている……けど、時々私を蔑む様な目で見るのは止めて欲しい。あれ寿命縮むから、マジで。
「で。一体いつ初恋散らすの? 」
「やっぱり散る前提なのとはもう突っ込まないけどさぁ……真面目にどうしよう」
「さっさと呼び出して告ってフラれておいでって」
「直接的な言葉使っちゃった! どうせなら最後まで言い換えてよ! 」
にしたってさっきから思ってるけど、意地悪言う度に表情輝いてるんですけど……この子ドSにも程があるよなぁ。
むぅと口を膨らませると細長い指で額をどつかれた。地味に痛い。
その拍子に身体も起こして、ちゃんと座り直す。あれなんか葵ちゃんの顔が怖い、思わず変な返ししたからかな……
「ノープランな木乃葉に助言してやったってのに、その返しはないんじゃない? 」
「恋愛相談してる親友に、玉砕しろだの散らすだのフラれてこいだの言う葵ちゃんのがおかしいよっ! 」
「ちゃんと聞いて助言してあげてるんだから、感謝なさいよ」
「すいませんありがとうございます! 」
口論になる一歩手前の様で、絶対ならないのは私が弱いからだと思う。結局お礼言っちゃってるし。
彼女はまたため息を吐いてから立ち上がった。わかりやすい呆れ顔だな心外な。
「まぁとりあえず頑張れ。こうなる事を予測して先輩を呼び出してあるから、あるのかないのかわからない勇気出せ」
「……ん? どゆこと? 」
途端、ガラリと教室のドアが開く音がした。そちらに顔を向ければ、整った顔立ちを少々歪め不機嫌そうな顔でスラッとした立ち姿の優也先輩が立っているではないか。立ち姿からイケメンだなー……じゃない。
嘘でしょ葵ちゃん冗談止めてどうしろとと言う目線を向ければ、真顔でサムズアップされた。そういうのを無責任とか投げやりっていうんだぞ!?
「おい、来たぞ。なんで小牧が呼んでるにお前越しに頼んできたか聞いてもいいか? 」
「乙女的事情です。それでは私は部活があるので失礼します」
「わけわからんが、まぁお疲れさん」
さっさと荷物を纏めて去っていく背中を見ながら、親友の行動の良さを呪う。私にどうしろと言うのよ。本当にこのまま告れって事なんだろうけど、あるようでない勇気はそんな直ぐには出せないよ。
入れ違いに入ってくる先輩。静かな教室に先輩の上履きが此方へ来る足音だけがやけに響いていて、頭の中が真っ白になる。
「で、1週間後に卒業を控えている先輩を呼び出すとは何の用なんだ? 」
「いやその……なんといいますか、お忙しい中わざわざ足をお運びいただきありがとうございますというか……」
「うん、それはわかったから要件」
「急かさないで下さいよぅ、心の準備ってものがいるんですよ諸事情的ななに」
「早く」
近い近い近いっ! 先輩に身体ごと顔近づけられたら顔赤くなってるのバレる、じゃあもう言わない方がおかしいか。先輩が入ってきた時から俯いていた顔を上げ、先輩のメガネ越しの瞳を見つめて勢い任せに言う。
「優也先輩が好きです付きあって下さい! 」
「…………は? 」
……あ、先輩がどんどん近づいてくるから、ちゃんと告白出来たよ。あぁ先輩惚けた顔もかっこいいです、じゃなくて。このまま此処に居たら告白の返事が返ってきてしまう。要するにフラれる。そんで気まずくなる……ってやっぱり告白なんてするんじゃなかった、デメリットしかない。
ここはもう、逃げるが勝ちだ。逃げるは恥だが役に立つとか何処ぞのドラマも言ってたしいいよね!
「すいません忘れて下さい、失礼しましたさようなら! 」
「は、ちょ小牧っ?! 」
「本当に忘れて下さい!! 」
勢い良く椅子から立ち上がって、鞄をひっつかんでオレンジ色の教室から逃げる。フラれたらまともに顔を見れる自信なんてない。
先輩の慌てたような声を無視して、開けっ放しになってるドアから飛び出す。
「ごめんなさい、先輩っ……」
零れ落ちたのは自分とは思えない程震えていた。今にも泣きそうなのを堪えて廊下を走る。ごめんなさい、大好きなんです。想ってるだけで充分だったのに、告ってしまってごめんなさい……。
走り続けて、げた箱まで来ると涙腺が壊れてしまったようで。壁に寄り掛かり、声を殺して泣く。
「ごめっ……なさい……優也先輩……」
先輩が卒業するまで、後1週間。
*****
「……あのさ」
「何? 」
「何やってんの馬鹿なの? 」
「……馬鹿なの」
あれから飛ぶように日々は過ぎていて、もう1週間経ち今日は卒業式。先輩とはあの日以来顔を合わせてない。合わす顔なんて持ち合わせてないし……。葵ちゃんに少し早めに学校に来てもらって、相談すればゴミを見るような目線を向けられた。思わず俯いてしまうけど、今回ばかりは甘んじて受けます。
「呆れた、断れると思ったからって逃げるだなんて……今までフラれて落ち込んでると思ってたから触れなかったのに」
「だって、怖くなったんだもん。先輩とこのままお別れなのにフラれて気まずくなるなんて嫌だったの」
「今更よ! 既に告白してるんだから、諦めて卒業おめでとうございますと断られる話をしてきなさい! 」
「強制なんだね……」
彼女の普段より苛立っているのがわかりやすい尖った声と反対に、私のは弱々しく呟くが正しいと思える位小さな声しか出ない。
ぐうの音も出ない程の正論だ。断られてくればいいだけの話なのに、また泣きたくなる位に恐怖に駆られる。断る時に申し訳無さそうに頬を掻く先輩の顔が脳裏をチラつく。私の所為でそんな顔をさせるなんて、嫌。
「強制よ! だから……もう俯かないの! 」
細い腕が伸びてきて、ぐいっと無理矢理上を向かされる。眼下に気の強そうな葵ちゃんの顔が広がった。怒っていると思っていたのに、彼女の目尻にはほんのりと涙の粒があって驚く。
「木乃葉に俯くとか落ち込むとかそんなの似合わない! あんたは笑顔のがマシ! 」
「葵ちゃ……」
「笑顔で卒業祝ってくる、その後ちゃんと先輩と話す。結果は後で全部聞いたげるから、行ってきなさい!! 」
「……うん! 」
彼女の眩しいとさえ思う笑顔に、勇気を貰う。あの時の勢い任せの告白を、ちゃんと終わらせるんだ。
『第102回桜ヶ丘高等学校卒業式滞り無く終了しました。在校生は校舎から出て下さい』
「……アナウンスだね」
「うん、じゃあ当たって砕けてくる! 」
「とうとうあんた自身もそう言い始めたのね……まぁ、頑張っといで」
「えへへ、やれるだけやってきまーす! 」
ひらひらと手を振る彼女にVサインを振り返して、先輩のいる体育館に駆けて行く。
きっぱりフラれて、またアタックすればいい。面倒見の良い先輩の事だ、偶には遊びに来てくれるだろうから、その時にくっついてひたすらアピールしよう。諦めるなんて私みたいな直線思考には出来ないのだから。
体育館に足を踏み入れれば、沢山の人が写真を撮りあったり、楽しそうにあるいは泣きながら会話をしている光景が飛び込んでくる。人混みの中、先輩を探す。あの一見無愛想に見える顔を、鋭い相貌を。
きょろきょろと見渡していくと、丁度お友達と別れたらしい優也先輩を見つける。
すっと息を吸って呼びかけるように声を出す。
「優也先輩! 」
「小牧……! 」
先輩は私に気がつくと、凄く驚いたのか大きく目を見開いていた。駆け寄って、この間の事を謝るべく口を開く。
「先輩この間はすいませんでした、急に逃げたりして。仕切り直しさせて下さい! 」
「……仕切り直し? 」
「はい、あの日のやり直しがしたくて……良ければ体育館裏に一緒に来て下さい」
告白のやり直しの提案なんて恥ずかしいし、ドキドキして心臓が壊れそうな位脈打ってるのがわかって余計に顔が赤くなりそう。
私の言葉に彼は手を顎に当て、考え込む姿勢を見せたけど、なんとか首を縦に振ってくれた。
*****
「じゃ、どうぞ? 」
移動した途端に急かす。やっぱり心の準備とかさせてくれる人じゃない、乙女心もう少し学んで欲しいと思う。けど……
私はこの人だから好きになったんだ。
「私は、厳しいけどちゃんと私の事を見てくれる優しい先輩が好きです。私と付き合って下さい! 」
言い切ってそのまま頭を下げる。顔は熱いしやっぱり怖い、フラれるのは怖いから先輩の顔なんて見れっこない。
「なんでこの前逃げたの? 」
「……気まずくなると思って」
「なんで? 」
「フラれるだろうから……」
「あぁなるほど。よし小牧頭上げろ」
「えっあっ、はい! 」
部活の指示されるときの先輩の口調に思わず顔を上げればデコピンが飛んできた。指長いせいでそこそこ痛い。ちょっとヒリヒリする額を抑えて先輩を見上げる。
「あの、先輩痛いです」
「お前は馬鹿なんだな、わかった」
「無視ですか?! スルーですか?! 」
「なんで俺にフラれる前提なんだ? 」
えっなんか先輩怒ってる。眉吊りあがり過ぎです、めっちゃ怖いんですけど……。
それにその問いの答えは単純明快。
「だって私がやる事全部、受け流されてきたからです。ここまでされたら私じゃないんだろうなと悟るには十分ですよ」
「……それは、悪かった。後疑問なんだけど、だったらなんで告白なんて」
「先輩の特別になりたいって想いが暴走したんです! で、収めるにはもう告白しかと」
彼の言葉を遮ってしっかり力強く言い切れば、先輩は強張っていた表情をふわっと緩めて笑った。
「お前らしいな」
「……で、先輩。返事は? 」
「ここで急かすなよ」
「急かしまくったのは何処の誰ですか! 」
早くふってほしいんだって、一回思いっきり泣いて卒業祝いたいから。じっと見つめれば観念した様にため息をつかれた。
「……俺で、いいなら付き合う? 」
「……はい? えっ先輩正気です? 」
あれなんかオッケーもらえる様なセリフきたよ? あれ絶対おかしいよ?! これは夢なのかなー?
軽いパニック状態の私に、さっきよりも優しい先輩の声が降り注いでくる。
「正気だよ、可愛い後輩に迫られて嫌な奴は早々いない。冷たくあしらって悪かった、本当は俺だって……」
「せんぱーい! 」
「うわっ」
込み上げてくる愛おしさに耐え切れず、そのまま抱きつけば、よしよしと頭を撫でられる。何これ幸せ過ぎるんですけど、幻じゃなさそう!
「いいに決まってます! これからよろしくお願いします!! 」
「こちらこそ……って泣くなよ」
「これは嬉し泣きですから! 良いんですっ! 」
「わーったよ……まぁよろしくな」
「はいっ! 」
溢れてくる気持ちを抑えなくていいのが言い切れないほど幸せな気持ちにさせる。想いが届く事がこんなにも幸福にさせるなんて、思ってもみなかった。
先輩との別れの日、私は先輩と新しい関係を作る事が出来た。
今年の春は別れの季節でもあるけど、私にとっては始まりの季節になった。
最後までお読みいただきありがとうございました。