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女王もろとも死んでしまえばいい 中編

ベルとの思い出が残るこの家にずっと住むことは出来なかった。保安官の捜査からは連続殺人魔の仕業だと決定づけられたが、その殺人魔の特定はできず仕舞いだった。誰も見ていない、気づいたら殺されている人間ばかりで殺人魔は殺した人間の血で必ずメッセージを残すことから、殺すことを楽しんでいるようだった。


私の人生はこの事件からすべてが変わった。人が変わったように血眼で犯人を捜した。見つけ出して殺して、八つ裂きにしてやる。しかし、犯人を捜そうと必死になっている私を誰も止めようとしなかった。何故なら、私の狂気染みたオーラに誰もが避けていたからだ。また、ギルドにはいかなくなりトキスさんのその後も知らなければ、あの夜抱きしめ続けてくれたダクトを避けていたので見ていない。



・・・


「ダ、クト、さん。私も殺して・・・」


崩れた私は手を握ってくれているダクトを見つめた。



「ミライ。泣くな」


ダクトは私を抱き寄せて、口づけをした。柔らかい彼の唇は私をこの世界から遠ざけた。背徳的で絡み合う唇に、私の後頭部を優しく包み込む手。ベルが死んだのに私はどうしてこんなにも嬉しいのだろう。キスをしているこの時間が止まってしまえばいいのにとさえ思った。



・・・


ベルが死んで1年が経っても犯人の目星はつかない。その間にもゴシップ記事には度々殺人魔の記事が載っていた。今もなお私と同じ人間が増えているのだ。


「殺してやる」


殺人魔を探し出して殺すまで私は諦めない。その為に私は銃を手にした。シルバーのそれはベルが大好きだった赤い花を施し、連続して何発も打てる女性には不向きの代物だ。下手したら肩が抜けてしまう程、重厚なつくりになっている。


そして、私は一向に犯人の尻尾が掴めないでいた事に腹が立って仕方無かったが、事件当日の事をもう一度考える事にした。


そうだ、あの日、あの夜タルトを買って家に帰る道、暗い路地を一人だけ連れ違った。フードを被った不気味な男。暗闇に浮かび上がる赤い目。そして、白く並んだ歯。この世界で鮮やかな目を持つのは貴族か王族のみだ。何故なら、鮮やかな発色が出る瞳をこの国ではとても神聖なものとし、下賤な血を混ぜるべきではないと近親婚や貴族間での結婚をしたせいで平民はこのような目を持つ事はないのだ。何故、忘れていたのだ。こんな大事な事を今まで忘れていたなんて私は馬鹿だ。


「今度こそ尻尾を掴んで見せる」


19歳の誕生日。私はベルの墓に来ていた。大好きな赤い花束を置いて、どっかりと座り込む。


「ベルお姉ちゃん。私19歳になった。あの日から時間が止まってると思ってたのに、歳を取ってしまった。お姉ちゃんに近づいてきちゃったな。全部終わったらすぐに会えるよ。それまで我慢しててね」


立ち上がると風が一陣吹き荒れ。また静かになった。



次の日、私は王宮のメイドとして上がることになった。貴族と王族だと分かれば、定例会議や舞踏会など行事の多い王宮なら犯人を捜すことが出来ると思ったからだ。


「よろしくお願いします。ミライと申します」


朝の早いメイドだが、皆調理場に一度集まり朝礼をする。その際新人である私と、厚ぼったい目がねを掛けた赤毛のサリーが自己紹介をする。


「あ、あの、あの、その・・・サ、サリーです。お願いします」


肩を縮めたサリーは恥ずかしそうに俯いていた。


使えなさそう。この子、きっとたらい回しにされて行きついたのが王宮なんて運がない子だ。

王宮のメイドはとても大変だ。何せ、我儘な女王は気に入らないメイドをどんどんクビにしたり、王女の人間にする仕打ちとは思えない苛めに耐えられず辞表を出してやめていく子が多いのだ。


メイドの仕事は案の定大変だった。人手が足りないのも手伝って、朝早くから仕事をして仕事が終わるころには闇夜は深くなっているのだ。相部屋になったサリーは毎晩のように嗚咽を堪えながら涙を流す。そんなに大変ならやめればいいのに。私は鬱陶しく思っていた。


この3年の間でメイドとして王宮に上がって辞めない子が出たのは久々らしいとメイド長は休憩時に言っていた。どうやら、今残っているメイド達は王宮に勤めて長く若いメイドは私とサリーだけらしい。メイド長も女王の我儘には困っているが人手が足りないのも自分たちの負担が大きすぎるようで、どうにか私達を女王に会わせないように配慮したおかげで最長記録を伸ばしたのだ。


今日はメイドや厨房の料理班がとても忙しくなる日だ。そう、国民の税金を貪るしか能のない貴族と王族の舞踏会パーティーなのだから。3か月待ってやっと機会が巡ってきた。年に1度ある大規模なパーティーなのできっと犯人を見つけ出す手がかりが見つかるかもしれない。


煌びやかな服装に身を包んだ貴族はホールでそれぞれ談笑をしたり食事を堪能していた。そして、このパーティーの主役が登場する。真っ赤なドレスに身を包んだ王女。女王にしては若い彼女は男の腕を掴んで階段をゆっくり降りてきていた。


騎士の恰好をし大きな剣を背負っているのはダクトだった。


どうして、そこにいるのダクトさん。どうして女王の隣に立ってるの。疑問と苛立ちと悲しさがごちゃ混ぜになって彼らから目を話すことが出来なかった。しかし、ダクトは周囲を軽く見渡すと私と目が合った。ドキリとしたが、私は、すぐに目をそらし食事の併給の仕事に戻った。


大規模なパーティーなのでメイド長も流石に私とサリーにもホールの方で手伝いをしてもらわないと困ると言った。たとえ女王に目を付けられるかもしれないとしてもだ。


内気なサリーは早速、貴族のご子息達に囲まれておろおろしていた。手に持ったお盆には真っ赤なワインがあり、それを取るわけでもないのに男たちはサリーを囲んでからかっている。


私は、面倒ごとに絡まれたくないと思って見て見ぬふりをして自分の仕事に徹した。しかし、サリーはやっぱり事件を起こす。男の一人がサリーの肩を押したせいでふらりと体が傾き赤ワインがご子息の白いワイシャツに飛び散ってしまった。


「おい。女!どうしてくれる。これは、ジャラハンの特注品のワイシャツだぞ!お前みたいな下賤なメイド風情が汚していいものじゃないんだよ!」

「ご、ご、ごめんなさい。すみません。お許しください」


サリーは床に顔をこすり付ける勢いで土下座をした。なんて、無様なんだろう。


そして、もう一度私は馬鹿なんだと確信した。


「お許しくださいメドリン様。同僚が失礼をいたしました」


貴族をしらみつぶしに探すうちに名前と顔を覚えてしまった。そして、私はこの使えない子を庇おうとしているのだ。馬鹿としか言いようがない。


「何だお前は!」

貴族の男は、私がかばいたてしたのがもっと気に入らないらしく更に声を高くした。すると、周りが騒ぎ出しコソコソと耳打ちする声が聞こえた。


「あら、あら、メドリン様ではないですか」

「お、女王カエナ様」


メドリンに声をかけたのは王女だった。これまた真っ赤な扇子で口元を隠している彼女はゆっくりとそして、一歩一歩が脅威と分かるほどのオーラを帯びさて近づいてくる。


「許してくださいませ。メドリン様。ワタクシのメイドがとんだ失礼をしてしまって」

「え、ええ。女王様がおっしゃるなら勿論」

「ふふ。有難うございますわ。しかし、このままでは貴族の名が廃ってしまいます。このメイドにはメドリン様のシャツを汚した罰が必要ですわね」


扇子を閉じた女王は真っ赤な口紅に人差し指を当て考え込む。


「ああ。いい事を思いつきましたわ。執事、ワインを」


ワインの配膳を行っていた執事を呼び止めグラスを二つ受け取ると、私の前に立った。そして、そのワインは私の頭から流れ落ちる。


「ねえ。あなた、その使えない子を庇ったのだからこれ位当たり前でしょう。ふふ」


噂に聞く腐った女王だ。


「はい。勿論でございます女王様」


私は、表情を失くしただ、去れるがままワインがグラスからなくなるまで待った。


「あら、つまらないわ。もっと驚いて頂戴な」

「・・・。私は罰を受けるほどの事をしました」

「ふ~ん。このワインは貴方が庇った罰。――――これは、あの子の罰よ」


女王は持っていた二つのグラスをカランとぶつけると飲み口が割れてそれの一つを私の首に当てる。


「ねえ。赤いワインと血ってとても似合っていると思わない?痛いかしら」


首元から血が滲み出てきた。ゆっくりと雫を作って体外に出る血は涙の代わりのように留めなく流れる。


「罰は甘んじてお受けいたします」


「・・・。つまらないわ。飽きちゃった。行きましょうダクト」


女王は再びダクトの腕に自分の腕を絡めて肌蹴た胸を押し付けて去って行く。去り際に、ダクトと目が合う。私は、なんの感情も帯びてない顔ですぐに顔を反らしメドリンに向き直った。


「メドリン様。誠に申し訳ありません」


頭を深く下げるとメドリンは言った。


「あ、ああ。もう、いい行け」


私は、座り込んでいるサリーの腕をつかむ。


「立って。他の執事やメイドの仕事の邪魔になる」

「う、うん」


私は、サリーを半ば引き摺る形でホールを後にした。私達が出て行くまで、ホールはシーンと静まり返っていて皆が私達に目を向けていた。



・・・


「あの、本当にごめんなさいい。どう謝ればいいか・・・」

「そういうのいい。次から気を付けて。仕事できないのは私達が困るからもっと気を張って行動して」

「・・・。うん。ごめんなさい」


私達は休憩を貰って医務室に来ていたがやはり人はいなかった。自分でてきぱきと傷口を消毒して包帯を巻いた。


「その・・・」

「何」

「ミライちゃんは怖くないの?ここで働く事。お給金は弾むけど仕事も大変だし、きっと今日の事で女王様に目を付けられた」


私は一つ溜息をついて椅子から立ち上がった。


「ねえ。一番怖いのって何だと思う」

「えっ?突然どうして?」

「いいから考えて」

「えっと・・・。幽霊とか怖い人とか・・・かな」

「違うよ」


「本当に怖いのは屍。体温も鼓動も感じない人間だったはずの屍。そこには、死んだ人の意志はない。生きながら築いてきた、感情も思考も記憶もなにもないただの器だけ。心臓が動いている間だけ人間は価値あるものなんだ。死んでしまえばなにもなさないし、なんにでもない存在。本当に怖いのは死だよ」



・・・


次の日朝礼に行くと皆に慰めの声を掛けられた。サリーも寝るまでずっと誤って来るせいで鬱陶しくてよく眠れなかった。


メイド長からは重労働な仕事は控えるようにと言われ、庭の簡単な枯れ葉集めを命じられた。


黙々と掃いていたが、足音が近づいてくるのが聞こえた。

サリーが洗濯を終えて手伝いに来たのだろう。振り返らず、仕事を続けることにする。


「ミライ」


昔と変わらない声色で私を呼ぶ。それでも、私は振り向かない。


「仕事中です。帰ってください」

「ミライ。こっち向け」


ダクト肩を強めに掴まれ振り向かされた。彼は変わってしまったのだろうか。昨日の恰好も女王と絡まった腕もすべてが昔の彼とはかけ離れている。


「失礼です離してください」

「聞け。ミライ」

「話すことなんてありません」

「ミライ」


どうして私の名前を呼ぶの?そんな心配そうな顔しないでよ。


ダクトはミライの首に巻いてある包帯に触れようとした。


「触らないで!」


ダクトを手を払い、一歩後ろに下がった。


「何のつもり?昨日とはずいぶん違う。可哀想な目で見ないで。そんなの望んでない」

「違う。俺は、心配で来たんだ」

「心配?笑わせないで。だったら、昨日の時点で止めてよ。随分女王様はあなたの事気に入ってる様子だった」

「俺にはやるべき事がある」

「やるべき事?女王の寝室で子作りでもするの?」


私は、はははと笑ってダクトをあざ笑った。女王の部類の男好きで、毎晩気に入った男を寝室に呼び出して大人の夜を過ごす。これは噂ではなく事実なのだ。


「そんなことはしない!」

「どうだかね。もう、面倒だからやめない?帰ってくれる?帰らないなら私がこの場から消えるだけよ」

「話しは終わってない」


帰ろうとダクトに背を向けた私の腕を掴んで抱き寄せた。


「離して!!離してよ!」


私が暴れてる度に腕の力を強めるダクトは私の耳元に口を当てた。


「俺は、お前が傷つけられて死にそうな思いだった。それでも、俺はやらなきゃならない。お前を守るためにもあの女王の傍にいなきゃならないんだ。俺を信じて待っていてくれとは言わない。でも、俺は。・・・。俺は、お前の事が大切だ」


涙が流れた。変わらない優しい声と強い腕。耳をくすぐる吐息。離れていく温もりが消えないで欲しかった。

何をどう信じればいいの。私は、ベルの為に生きているのに、なんで私に優しくしてくるの。1年もの間姿を暗ましてあなたに会う事もしなかった私に。どうして、今ここで心が揺らいでしまっているんだろう。


去って行くダクトの背は決意を感じた。


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