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うぅ。僕、魔法少女になっちゃった……  作者: 鍋島而今
第1章 バルク<冥土の土産>にようこそ!
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第8節 『みんなでお風呂! って、いいの! ホントに?』

「あっれぇ~、廻理ちゃん。また胸が大きくなってません~?」

 たぷっ、たぷっ。

「えっ、そんなことなくなくない? 八重だって……」

 ぽよっ、ぽよっ。

「胸の話はよしてもらおうか。キッ」

 するっ、するっ。

「……も、申し訳ありません、隊長!」


 なんて、字面通り姦しい会話と擬音が、浴室から聞こえてきた。

 一方、浴室から扉一枚隔てた洗面所で、僕は悩んでいた。

 この混浴イヴェント、実はドッキリで『キャー! 痴漢現行犯で逮捕ね。判決は死刑!』なんてことにならないだろうか? と。


 しかし、目の前にある物を見て、確信する。

 プライヴァシーの線引きが、しっかりとされていることに。


「薫くん、早く入って来たまえ。……あ、我々はきちんとバスタオルで守っているから気にしなくていい」

 とりあえずはこれで痴漢の嫌疑はかけられないだろう。ホッと一息。

「まぁ、一応君も男の子だ。念のため、そのメガネを掛けてから入ってくるようにな。アタイたちの体に、エフェクトがかかるようになっている」

 脱衣籠に入ったメガネを取り出す。フレームから淡いピンクの光が漏れ出していた。何らかの一時作用MODが施されたメガネとなっているのだろう。

 スチャっと装着する。

 ――うん、別に普通の伊達メガネだね。


「し、失礼します」

 腰にタオルを巻き付け、ガラガラと蛇腹扉を開けた。

 ――うぉ、湯気が……。あれ?

 普通のメガネだと湯気で真っ白になってしまって何にも見えなくはずだけど、このメガネに湯気対策がされているのか、浴室の様子をくっきりはっきり見とることができた。


「薫さん、いらっしゃいまし」

 大人向けのお風呂屋さんのように、跪いて礼をする八重ちゃん。ぴっちりと体に巻きついたバスタオルが実に艶めかしい。

 ――って、僕そんなとこに行ったことなんかないよっ!


「んん、体を洗ってから湯船に浸かりたまえ。おぉ、気持ちいいぞ。もう少し下を強く頼む」

「は、はいっ!」

 僕は隊長の背中を洗う廻理ちゃんの後ろを通り、湯船に向かう。

 ちらり横を向くと、隊長の背中が見えた。後ろからでも横乳が存分に堪能できた。


 ――ん、おかしくない?


『アタイたちの体にエフェクトがかかるようになっている』

 って隊長が言ってたこと?


 ――いや、違う。


「失礼します……」

 僕は廻理ちゃんを押しのけ、隊長の背後を取る。

 そして後ろから、はみ出たように見えていた横乳を掴んだのだ。

 スカっと空を切る僕の両手。


 ――ほらね。隊長はこんなに胸が大きいはずがない。


 このメガネは、湯気をすっきりさせる効果。そして、隊長の胸を大きく見せるためだけに用意されたのだろう。


「そう、これくらいだよね。ほら、なーんにもない」

 胸の横から手を九〇度曲げ、普通のバストの持ち主なら二つの果実が存在する辺りに手を這わせた。

 メロンはなかった、ハッサクもなかった、みかんすらなかった。そこには、まな板の上に乗ったグミの実しか転がっていなかった。

 ちょっと手を動かして揉んでみる。暖かいけど、リンゴの固い芯のようにびくともしなかった。胸以外に付くと嬉しくない類いの脂肪分が感じられない。


「…………………………………………」

「……☆&*)%#@!」

 廻理ちゃんは目を白黒させ、この状況に翻弄されているようだった。言葉がおかしかった。

「……し、死にたいらしいな、君は」

「このっ……ドっ変態っっっっっっ!」

「……はっ! しまった! ぼ、僕はなにをっ!?」

 このとき僕は、ようやく自分のしでかしたことの恐ろしさに気付いたのだ。


 二人の処刑人が立ち上がった。

 肌が真っ赤になっているのは、シャワーの熱に火照っているわけじゃないよね、きっと。


 ――ま、まずい。これは僕の生命の危険に関わる事態だ。

 そう直感した僕は、泡まみれの手でメガネを外して逃げようとする。しかし、水泳のゴーグルのように頭部後部でパッチングするタイプだったので、半ズレの状態にしかならなかった。

 半ズレ、すなわちMODが中途半端に作用している状態。

 湯気が復活したり、くっきりはっきりしたりと、不安定な状態に陥ったみたいだ。

 その変化に合わせて足がふらついた。


「う、うわっ!」

 どうやらこのMODは偵察系MODらしい。必要な情報をはっきりさせたり、余計な情報を遮断したりするときに用いられるMODのようだった。偵察官の隊長ならではのMODだ。


 ずいっと近寄ってくる処刑人たち。

 近寄るにつれ、視界がものすごくくっきりはっきりしてくる。


 ――バスタオルの奥まで見えちゃうくらいに。


「ぶっ、前を隠してよ、二人とも!」

「ド変態、この期に及んで何言ってんの? バスタオルで巻いてんじゃん?」

 廻理ちゃんがハッとしたように、自分のバスタオルを確認した。

「……む。メガネを外そうとしたのか? 廻理くん、薫くんは我々を透視している」

「えっ!? キャァッッッッーーーーーーーーー!」

 廻理ちゃんが女の子みたいな声を上げた瞬間、隊長が僕に近付いてメガネを外そうとする。

 隊長のフルフラットボディに視界を覆われ、悲しい気分になったのも束の間。


「ド変態がっ!」

 廻理ちゃんがバスタオルの中に隠し持っていたペンナイフを振り回してきたのだ。

「う、うわぁぁっ!」


 ザシュゥッッッ!


 ペンナイフとは名ばかりの切れ味を示すその凶器は半円を描き、僕の腰にまとわりついていたタオルの結び目を切り落とした。

 タオルは重量感のあるヴァサッという音をさせながら、浴室の床に落ちた。


 無論僕は、タオルの下には何も着ていない。


「あらあら。立派な象さんですわ」

「君、この状況はもう擁護できんな。どう考えても懲役刑だ」

「そ、そ、そ、そ、そのっ! へ、へ、へ、へんなモノを、しまいなさいよっ!」

 廻理ちゃんは自身で処理出来ないほどの驚きを感じたのか、ペンナイフを落としてしまった。

 呆然とする廻理ちゃんの肢体がメガネを通じて透視された。


 ――おー、やっぱり大きいね。ハッ! 血が、下半身に……


 廻理ちゃんは僕の下の蛇口の変化に気付き、形相をさらに硬化させた。


 ――あぁ、この表情は何かのメーターを振り切ってるっ、振り切ってるよっ!


「このぉぉぉぉぉぉぉぉ! はあああああぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 振りかぶる音までドップラー効果がかかる、そんな勢いで拳が振り下ろされた。

 焦りのためか大味な軌道だったけど、視界と足場の悪さのせいで、思うように見切れない。


 バッシッッッ! ダッシャッーーーー!


「ぐっ! い、いたい。い、イタイよぅぅぅぅっっっ!」

 ファイター系らしいしなやかな闘拳が、サンドバッグ=僕、に降り注ぐ。

「うぉら、うぉら、うぉら! はぁっ、はぁっ、はぁーーーーーーっ!」

「ぐふっ! あぅっ! あんっ! やあんっ!」


 そのゲリラ豪雨が止むや、廻理ちゃんは足技を繰り出してきた。

 サッカー選手のPKのように、むんと右足を引いて一気に振り上げた。振り上げた瞬間、股間に何か桃源郷が見えた気がしたけど、次の瞬間には僕は浴室の床に横たわっていた。


「う、うーーーーん。もう、だ、だめ……」


「隊長! やりました! アタシ、隊長を守りました!」

 勝利の雄叫びを上げる廻理ちゃんの声がだんだん遠のいていく中、

「薫さん、大丈夫でございますか?」

 僕の顔近くにしゃがみ込み、心配気に覗き込む八重ちゃんの気配がした。


 最後の力を振り切り、僕が目を開けたとき、


 うん、いつの間にかメガネが外れちゃってるから、視界良好で。


 バスタオルは、八重ちゃんのしっとりと濡れそぼった股間部まで隠し切れていなかった――


「ぶはっ!」


 実体感のある殴られた鈍痛と、ささーっと血が鼻に凝縮していく感覚が、風呂場特有ののぼせ効果によりどんどん増幅されていく。


 ――僕は人として失っちゃいけないものをまた一つ失ったような気がしたんだ。

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