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うぅ。僕、魔法少女になっちゃった……  作者: 鍋島而今
第1章 バルク<冥土の土産>にようこそ!
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第4節 『両手に花? いや、むしろ針の筵って言うんじゃない? じゃない?』

 かくして僕は廻理ちゃんと八重ちゃんに両腕を取られ、スリーマンセルで真犯人を捜索することになったのだった。

 ――見ようによれば両手に花だけど、二人の表情は造花のように硬いよね。


走査(スキャン)いたしますわ」

 八重ちゃんは<端末(スキャナ)>を天高く掲げ、くるりと一周した。

 翻るスカートの中身が一瞬見えた。白だった。

 ――うん、イメーヂ通り!

「死ね! 変態」

「ぐふっ!」

 即座に廻理ちゃんの拳が僕に突き刺さる。

 ――痛いよぅっ! って、なんで廻理ちゃんは、僕の心の声が聞こえたの!?


「正規のOFID反応は三つ。私たちだけでございます」

 端末のディスプレイに真円が表示されるいかにもなレーダー表示がそこにあった。

 走査するたびに、時計回りでラインが移動していた。

 古めかしいけど、きちんと三つの点が近い座標で固まっているのを確認できたことから、精度は悪くないらしい。


 廻理ちゃんと八重ちゃんが隊長と呼んでいた人物が言うには、未確認のOFID反応が僕らのいる建物の座標で消えたらしい。

 OFIDは所有者の体内にある精神力を糧とした生体電池で動作する。

 その反応が消えたということは、偽造されたOFID、あるいは所有者自身が極度のストレス状態に陥り、生体電池の出力が低下したことを表している。

 どちらにせよ、早々に確保する必要があるだろう。


「一階からしらみ潰しに探した方がよくなくなくない?」

「そうですわね。まずは出口を塞ぐことが重要でございますわ」

 随分と長い間この二人はコンビで行動しているのだろう。

 革命以降の軍務教育の成果もあってか、お互いの考えが相補的になっているように感じた。


 廻理ちゃんの部屋を出て左右を見渡す――オールクリア。

 綺麗な木目のメイプルが突板された廊下の床は、丁寧にワックスがけされていた。

 ギシリと軋む廊下の音が、二〇世紀に建てられた木造住宅の懐かしい響きを感じさせた。

 階段を降りていく。廊下同様ミシミシと軋む音が、この建物自体の古さを表している。


 ――ここって一体なんの施設なんだろう? あ、バルクとしての用途以外でってことね。


 通常、軍務教育は隊長に一任されている。

 軍務教育は、町の警邏業務などの警察任務、武力事件の解決などの軍事任務など多岐にわたるが、それらの任務外の業務も存在する。

 そう、職業訓練だ。

 僕ら新日本の国民は、四年制の中等部を卒業後、二年の軍務を経て、上級学校への進学あるいは就職のどちらかを選ぶ。

 精神・肉体を鍛えるのとともに、自分の進路を考えるのも、軍務の目的なのだ。

 なので通常、小隊は表向き軍事施設であるという装いをしていない。

 ――大きなダズン(通常小隊)に配属された中等部の頃の先輩は、工場で家電のライン作業やってるって言ってたっけか。

 となれば、ここのバルク(特殊小隊)は、いったいどんな通常業務が……。

 考えごとをしながらだった所為か、二人に体二つ分遅れつつ、僕は一階にたどり着いた。


「しっ」

 廻理ちゃんは足を止め、薄ピンクの唇の前に人差し指を立てた。

 耳を澄ませて、じっと音を聞く。

 ――特に異音は聞こえないみたい。


 階段の正面には【厨房】というプレートが掛けられたドアがあった。

 その部屋を無視し、一行は右折する。

 ほどなく右には【倉庫】のプレート。そのまま気にせず歩くと突き当たりに玄関があった。


 桐靴箱・三和土・引き違い戸で構成された立派な日本玄関だった。

 三和土には綺麗に揃えられたアンクルブーツとバラっバラに散らかされたコインローファーが並んでいた。

 どっちの靴が誰の靴だかひと目で分かってしまう。


「なに人の靴見て笑ってんのさ」

「い、いや。別に……」

「もしかして匂いを嗅ぎたくなったのでございましょうか?」

「なにさ! やっぱり変態じゃん!」

「それともいつものように靴を舐めさせられてみたくなったのでございましょうか?」

「アンタ、どうしようもないド変態ね! 八重……やっぱこいつが犯人じゃね?」

「ちょ、ちょっと。僕には人の靴の匂いをくんかくんか嗅ぐ趣味なんかないよ! ……よくされてたけど。それにいつものようにぺろぺろ舐め回す趣味なんかもないよ! ……よくされてたけど。って、ひどくない? なに、この悲しい過去の独白」

「アンタ…………ごめんなさい」

 ――なぜだか同情されちゃったよ。


「鍵はちゃんと掛かってるわね」

 廻理ちゃんは錠を目視で確認した後、引き戸が開かないかチェックした。

「大丈夫のようですわね」


 続いて先ほど無視した【厨房】に侵入した。

 ――うん、本当に侵入という言葉がぴったりだね。よく映画で見る一、二の三でドアを開け放つアレね。アレをやったんだ。

 だが、廻理ちゃんは格闘系プレイヤらしく力加減がアバウトで、ドアの丁番がいくつがもげてしまったのだ。

 注意したら『黙っておきなさいよ』ってしかられた。

 ――不条理だよね、くすん。


 厨房に入るとパッと明かりが灯った。人感センサーのようだ。

 厨房はその名の通りキッチンだった。三人くらいの料理人が自由に動き回れるくらいのスペースがあった。大型の業務用冷蔵庫、冷凍庫、食器洗い乾燥機、二台のオーヴンレンヂやフードプロセッサなど各種調理用品、色とりどりの食器が収められた食器棚、各種調味料やコーヒー豆、紅茶の葉が並べられた食材庫、などが見てとれた。

 広いダイニングカウンターの一段高まった場所にサイフォンが四台並んでおり、その奥側にはカウンター席が据え付けられていた。


 ――ってことは、

「ここは、喫茶店?」

「はぁ……喫茶店みたいなものよ。それより、さっさと犯人を血祭りに上げるわよ」

 物騒な廻理ちゃんと厨房を隈なく捜したけど、特に人影はないようだ。


「<索敵(サーチング)>のMODを使えばいいんじゃないの?」

「アンタ、変態ってだけじゃなくてバカなの? ア、アタシ、そ、そんな、捜索系MODが苦手ってわけじゃないんだからね!」

 廻理ちゃんは口を尖らせていた。いかにも、苦手だと言わんばかりに。

「い、いや、別に責めてないんだけど……」

 僕は言葉を濁す。

 空気が沈滞しそうな感じになったが、

「被疑者がアンチMOD系プレイヤですと厄介でございます。さて、厨房は問題なさそうですわ。店内の方を確認いたしましょう」

 八重ちゃんがしっかりとまとめてくれた。

 ――八重ちゃんって、おっとりしててもしっかり者なんだね。


「…………………………………………」

 さて、落ち着いた態度の八重ちゃんとは対称的に、廻理ちゃんは照明の落ちた店内を不安気に眺めているようだった。

 姿の見えない侵入者に怯えが生じているのだろうか?

「で、でも、し、侵入者が闇に隠れていたら、ど、どうするの?」

 そして、それ以上に僕が一番怯えているのだった。


「ふぅ……。アンタねぇ、アタシたちは被疑者を確保しないといけないの。それを守れなきゃ、国家安全規律違反(アンパン)容疑でアタシらが裁判にかけられちゃうんだから」

「う、うん」

 なんてやり取りをしているうちに、

「客席の方は問題ありませんわ」

 八重ちゃんがすでに店内を確認していた。

 証拠に店内に低い色温度の薄明かりが灯っていた。


 慌てて廻理ちゃんと僕が店内に潜り込む。

 店内中央には十数人で会議ができる大型のテーブルがセットアップされていた。そのテーブルを囲むように、店の外周部に沿って四人座りの席が五席ほど備え付けられていた。

 店の一端には十センチほどの高さのステーヂがあった。

 ――ここでカラオケかなにかをすることでもあるのかな?

 天井には昔ながらの青銅色をしたシーリングファンが羽音を響かせながらゆっくり等速円運動を続けていた。

 また、複数個の古めかしいスピーカから気品のあるクラッシック小曲が、おしゃべりを邪魔しないであろう音量で流れていた。

 客として来る分には、とてもいい環境だろう。

 ――開いてるときに来てみようっと。


「問題なさそうね」

「うん」

「――ちょっと待ってください。水音が聞こえると思いませんか?」

 じっと耳を澄ましてみた。

 確かに遠くからジャーと水が流れるような音が聞こえてくる。

「洗面場から聞こえるっぽくない?」

「私もそう思いますわ。洗面場に被疑者がいると思われます」

 廻理ちゃんがゴクリと喉を鳴らして唾を飲み込む音が聞こえてきた。

 捕まえるべき対象が本当にいるという事実を突き付けられたからだろう。

 いくら軍務に就いていると言っても所詮は学生に毛が生えたような存在、しかも女の子。精神的な圧迫感は相当のもののはずだ。


 水音は絶え間なく流れ続けている。

 なんらかの破壊工作、あるいは、作戦行動のカモフラージュという可能性もある。


 それでも、


「行くわよ」

「行きましょう」

 行かなければならない。


 廻理ちゃんは、釣り上がった目をゆっくりと一回ぱちくり閉じ開いた。

 精神集中のための儀式か何かだろう。軍職者の覚悟と責任が一瞬でみなぎったように見えた。

 八重ちゃんが廻理ちゃんに柔らかな微笑をもって応えていた。


 なんだか僕が入ってはいけないところにいるような気分になった――

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