4.カレーと母さん
台所に行くと、オミはもうカレーを山盛りのご飯にかけていた。
「おい」
俺が口を開く前に、あっちから話し掛けてきた。
「何?」
「玉ねぎ。も少しきれいに切れよ」
はん、ほっとけ。
と、玄関のドアの音。
「ただいま」
あれ? 母さん。
「おかえり」
「早かったね、割と」
「うん、区切りが良かったし。うちの可愛い悪がき達と一緒にご飯食べようと思って」
……「可愛い」と「悪がき」ってセットになるのか?
「おいしいカレー作ってる息子に、悪がきはないんじゃね? で、よそう?」
と、オミ。手にはすでに3枚目の皿が。
「あ、お願い。でも、それ、あんたが作ったんじゃないでしょ?」
なんで分かるんだ!?
「ばれたか。で、どのくらい」
「普通で。だから、悪がきじゃないのは政実に決定~」
……母は偉大だ、ということでまとめておこう。ついでに、この素晴らしいまでの応酬に、全然混ざれないんだけど。
「そうそ、政実」
くるりん、と母さんはこちらを向いてちょいちょいと手招き。これは、あれだ。
近寄る俺を、母さんはがっちりホールド。いや、俺のほうが背が高いから、抱きつかれてる感じ。
普通、母親って高校男子にこんな対応しないだろ、と思うんだが。反抗期とか思春期とか、色々あるよな?
だけど、『賞味期限が切れるまでは、しっかり触るよ』と小学生のころから言われてて、どうもいまだに賞味期限は切れてないらしい。ニキビ面になったら、顔を撫でまわすのをやめるとは言われてるけど。幸か不幸か、俺もオミもあまりニキビは出来ないタイプらしい。で、小さい頃と同じように、頬をよく撫でられる。なんだかな……。
母さんは、抱きついてぎゅーっと締めた後、ぽんぽんと俺の背中を叩いてさっさと離れた。ベタベタなのかアッサリなのか、相変わらずよく分からん人だ。
「でね、明日は研究所に来てちょうだい。定期検査の日だから」
「えー……」
今日もオミが行ったじゃんか~。連続して行かなくてもいいじゃん~。
「ゴネてんじゃねーよ」
「ゴネてんじゃないですー。嫌なんですー」
定期検査って、血は採るわ薬は飲ませるわ脳波とるとか、もう延々付き合わされんだよ。あー、なんか、食欲減退。
「諦めろ。俺は前回やった」
だから、次は俺の番、と。
「でもヤだ」
「……俺も行くか--いてっ」
ペンと母さんがオミの頭を叩いてるよ。
「過保護」
「え? 違うだろ? 俺は兄としてだな」
「だ・れ・が? 兄?」
あ、母さんの突っ込みに、オミが詰まった。
「……あー、もう、母さんにゃ敵わねーなー」
ついにオミが音を上げて。
「年の功、年の功」
俺が茶々を入れると、
「それって、母さんがおばあちゃんってことかな?」
と母さんが拗ねた。俺とオミが同時に吹き出す。
シンクロする俺とオミ。いや、オミと俺。オミが主で、俺がおまけ。
ここは俺のいていい場所じゃないんじゃないか--。
かすめる思いはいつものこと。ここはオミと母さんだけの場所で、俺はおまけだから。
「政実っ!」
「は、はいっ!」
突然、オミに怒鳴られるように呼ばれた。心臓がひっくり返るかと思った。つい、やたらと元気な返事が飛び出た。
……オミが怒っている。表情だけじゃない。怒りがビシバシ伝わってくる。
何がこんなにオミを怒らせて……? もしかして、思ったことが伝わってた?
「政実、お前」
「ごめん、分かってる。悪かった」
慌てて謝る。この件に関しちゃ、俺が悪いんだ。2人とも俺のために、あくまで普通にしてくれてるのに。
「分かってない。分かってないよ」
怒りに悲しみが混じってて。重たくて胸が痛い。泣きたい。
こんなに心配してくれてても、それでも多分、俺はそう思うのをやめられないだろう。本当に悪いと思うんだけど。
「ごめん……」
それしか言える言葉はなかった。
「はたから見ると、すごく不可解な喧嘩ね」
いつの間にかカレーを食べながら、母さんが妙に明るく言った。