2.俺とオミ
「ただぁいまっ」
パタンと派手な音を立ててドアが閉まって。鍵をかける。勿論、返事はない。
父さんと母さんは研究所に詰めてるはずだし、オミは--
「あれ、出て来たの?」
台所に立っていたオミは。器用に左眉だけ上げて俺を見る。
「今まで研究所に行ってたんで、エネルギー補給」
なるほど。あそこへ行って帰ってくるのは、いくらオミでもちょっと疲れるからなぁ。
「政臣も食うか?」
「今はいい。けど、誰もいない時くらい、政実って呼べば?」
「今日はお前が政臣の番だろ」
「そうだけどさぁ」
“俺を差し置いて何言ってんだよ”
オミの考えが伝わってきて、自分が嫌になる。
確かに『俺』が学校に行きたくて、1日交替でオミの代わりに行かせてもらってるんだから。もう、かれこれ10年も、だ。
「悪い」
俺の考えが伝わったらしく反対にオミに謝られて、よけい自己嫌悪。
「今日、何があったか教えろよ」
何もなかったかのような顔して部屋に戻るオミを、俺は慌てて追いかけた。
背中合わせで座り込んで、後頭部をくっつけている。こうしていると、細部まで記憶が見える。
毎日こうやって、その日学校であった事を教えているわけだ。
「……おい、雑念、邪魔」
ぼそっとオミが呟いた。雑念、邪魔ったって……ええい、これも雑念だな。
今日はぁ、っと。1時間目が化学で--
「よけい邪魔だ。言葉にすんな」
んなこと言ったってなぁ。俺は無念無想なんて出来ないぞ。
ま、いっか。どうせオミのことだから、必要なこと位すくい上げるだろ。
ほんの少しほけっとしていると、オミが離れた。寄り掛かってた俺は後ろに転がる。
「急に動くなよな」
ぶつぶつ言うのを、オミはきれいに無視して、それから、
「特に何もなし、だな」
「ああ、特には。どうせ授業内容も理解したろ?」
「数学以外は、な」
あ、冷たい。
「冷たいったって、ホントのことだろ」
そりゃ、俺は数学苦手だけどさ。確かに俺が分かってなきゃ、俺の記憶を読んでるオミにも分かんないだろうけどさ。……なんだって、俺の周りにはキツい言い方する奴ばっかなんだろう。オミといい博海といい。
ふと気が付くと、オミはカバンから数学のノートと教科書を出していた。
「今やんの?」
「そ」
「明日、日曜だよ?」
「で、月曜もお前が学校行く番だろ。俺は火曜までないんだぞ」
「あーそー。ふぅ~ん」
あれ、なんか、オミの気配が変わった? 黙って立ち上がりかけてて……目が据わってる、やばいっ。
「オミ、早まるな!」
うわぁ、駄目だ、殺されるっ!
「だ・れ・が殺すって?」
げー、伝わってる!
「お願いっ! ぶたないでっ! 暴力はイケナイわっ!」
両手を握って口元に当てて。いわゆる可愛いポーズ。いや、勿論、ギャグだ。
オミはガクッと気抜けした。
「あのなぁ……」
へへっ。俺の勝ち。
「政実。人には似合うものと似合わんものがあるんだよ」
「し、しみじみ言うな! 似合ってたまるか!」
なんだよ、その可哀想な子を見るような目はっ?!
これは、やっぱり俺の負けだろ……。
「なぁ、ミィ」
「なんだよ」
まだ何か言うのかよ。
「飯」
単語1個で奴は返事した。