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遺跡

「さて……次のことだが……」


「あの……そろそろ夜が明けてしまいます……」


 アルフレッドの質問という名の拷問は6時間近く続いていた。

 知識欲の続く限り、延々と、一切の休息も無く、質問と追求の数々をマシンガンのごとく繰り出していく。

 初めは笑顔で答えていたアンリも2時間後には苦笑いになり、4時間後には眠そうに、そして今ではフラフラとしていた。

 

「ふむ、そんな時間か」


 時間を忘れるほどの充実した時間に満足げな顔をするアルフレッド。


「それでは後でまた……」


「朝食の準備をしてますからっ!」


 そういいつつ颯爽とアンリは消える。

 それをアルフレッドは嫌な笑みをしながら見送った。

 実際のところ収穫は少ない。

 村で育ち、比較的近くの都市しか知らないアンリではアルフレッドの質問の全てに答えられるわけはなかったのだ。

 しかし、それでもアンリは答えられる範囲で的確にアルフレッドの知りたいことを細かく教えてくれた。

 なんでも都市で書記官を志しているそうで、なるほど頭は回るらしい。


「はて、さて」


 朝の日差しを見ながらアルフレッドはこれからのことについて思案する。

 選択肢は多い。

 精神が年老いているとしてもこの好奇心は若い頃から変わることは無い。

 さぁ、どこに行こうか、世界は広い。

 そこにアンリが朝食を持ってきた。

 

「考古学者、でしたか」


「あぁ、そうとも、人類の歩んできた痕跡を発掘し、補完し、解明することを生業とする者達だ」


 尤も私はそれ以外でも色々と調べているがね、とそうアルフレッドは付け足した。

 それなら、とアンリが口を開く。


「ここから少し先、森の中に遺跡があります。アルフレッドさんは興味がありますか?」


 それを聞いてアルフレッドは目を輝かせて大きく頷いた。


「おぉ、ぉぉ、それは重畳だ。それは素敵だ。素晴らしい!」


 子供のようにはしゃぐアルフレッドを見ながらアンリは思う。

 始めて見る魔物を前に悠然と前に出た姿、まだ若く見えるが壮年の風格を思わせる態度、しかしそれよりもあの子供っぽい様子こそが彼の素なのだろう。

 1日で随分と打ち解けたことを考えても彼の人柄が伺える。

 だからこそ遺跡のことを教えた。

 異国のものには絶対に教えてはいけないと言われていたにも拘らず、だ。

 そして、朝食を瞬く間に食べ終えて早速向かおうとしているアルフレッドを笑って送り出す。

 心配など微塵もしなかった。



‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡



「~♪」


 鼻歌交じりで歩を進めるアルフレッド。

 この先にはどんな心踊らすものがあるだろうか

 そして同時に彼の頭の中には今までの情報を整理し、纏めていた。


 宗教国家"水の国"

 それが自分のいる場所を統治する国家の名前である。

 何故正式な名前が無いかと聞けば「必要が無いから」と返された。

 それは何故か、それは正真正銘の神と評されるものが統治する国だから必要ないというのである。

 水を司るという神ソーマが統べるという国。

 中々に興味深い。

 全国民がソーマの敬虔な信者であり、統治は民で行い、重要なことはソーマが決定権を持つ。

 地球でも宗教国、神権国家というのは存在した。

 その多くは神職者の腐敗からの国の弱体化という形で滅び去っている。

 そして、地球との違いは疑いの余地も無く頂上的な上位者が統治する絶対王政とも取れる側面を持つことである。

 人間とは違う高位の精神を持ち合わせ、絶対的な力を持つ存在。

 それらの要因によりこの国は1000年以上も存続しているという。

 なるほど確かに、理に適った国である。

 国教の絶対者が敢然たる形で存在している以上、それを曲解し、自らの立場から振りかざす者もいないだろう。

 そして自らの力を持って水を使い他の国とは類を見ないほど豊かな大地にしているというのも嘘ではない。

 それによって民の絶対なる支持を獲得し、叛意を起こそうとするものも埋没する。

 非常に良い意味で宗教というものを使っている。

 流石は神を名乗るだけはあるといったところか

 他国からの侵攻になどによって外部からの影響を食らわない限り、崩壊の可能性は限りなく低いだろう。

 

「面白い」


 なるほど、世界が違えばこうも違うか、そう思う。

 神が統治すると言われるだけで若干アルフレッドは違和感を覚える。

 それもアルフレッドが関わった神々というのがどれもこれもろくでもないモノだからだ。

 いつかはそのソーマという神ともお目通しとはいかずとも遠目に見るくらいはしたいものである。

 そして、しばらくはこの国に滞在し、見聞を広めた上で旅を開始してもいいかもしれないなとアルフレッドは思った。

 歩みを止め、振り返る。

 そこには小さくなった村が見えた。


「まぁそれでも」


 この国も完全ではないようだ。

 国によってメリットデメリットがあるようにこの国もいい事尽くめではない。

 それは多くの栄えた国、滅んだ国を知る考古学者として見るから見えたものでもあった。

 それきりアルフレッドは目を外し少し早足に歩を進めるのだった。



‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡



「……見えた」


 額に浮かんだ汗を袖で乱暴に拭き、アルフレッドは笑った。

 目の前には石のようなものでできた神殿が聳え立っている。

 日が落ちる前には戻って来たほうがいいというアンリの言葉を思い出し、早速探求に乗り出す。

 森に入るのはやはり危ないもので日が出ているうちに調査を夜は論外というのがアンリが口をすっぱくするほど自分に言ったことだった。

 しかし、これを目の前にすると正直自信が無い。


「ハハ……カハハ」


 とても悪そうな顔でどこから攻めようかとアルフレッドはアンリの言葉を忘れた。


「ふむ」


 見れば見るほど圧巻だ。

 遺跡というからどんな廃墟かと思ったが中々に綺麗に形が残っている。

 神殿、そんな出で立ちだった。

 そして周囲を見渡す。


「うん?」


 やはり、おかしい気がする。

 見たときからおかしな気がしていたのだ。


「いくらなんでも新しい」


 分析や何やらないまわさなければ正確にはわからないが少なくともこれはせいぜい300年程度のもの、いくらなんでも新しすぎる。

 遺跡、とは言わないだろう。

 300年程度なら口頭でも多少曲解されていてもこの遺跡がどんなものかは伝わっているはずだ。

 しかし、答えはまったくわからない。

 アンリもいつからかあったとしか答えなかった。

 しかし、謎だ。

 

「いいさ、謎には違いない」


 探索を開始する。

 アルフレッドも着のみ着のままでこの世界に着たのではない。

 最低限の装備というものは持ってきた。

 といってもあちらの世界には置いておいてはいけないものが半分以上であとは必需品である。

 それらが全て腰についた大きめなウェストポーチに詰まっている。

 門のようなものは閉まっている為、中には入れそうなものを探して遺跡の周りを周る。

 しかし、崩れたところはおろか、窓の1つもこの遺跡には存在しなかった。

 中ではよほど重要なことをしていたか、重要なものが眠っているのか

 どちらにしろ、外からではわかることは少ない。

 そして遺跡の周りを1周して再び門の前にたどり着き、ようやく気付いた。

 

「ほぅ……」


 それは文字だった。


「なるほど…なるほど、ハハハ」


 正確には読めない文字・・・・・・だった。


 アンリに質問したとき、真っ先に質問したことは言語である。

 世界が違って言葉が通じるほど甘くは無い。

 だが通じた。

 そして、それとともに書籍も見せてもらったがそれも難なく読めてしまったのだ。

 しかし、それを1つの字として読もうとすると全く読めなくなる。

 そして、その言語はある程度の知性を有するならば分け隔てなく通じるというのだ。

 言葉は意思によって通じる、それはアンリの住む国教の教えの1つだとか

 実際、アルフレッドの言葉は通じても文字は首を傾げられた。

 意思を言葉にして述べる、そしてそれを文字にすることもこの世界のものにとっては造作も無い。

 アルフレッドができるのは言語のみで文字を書くのはまだ難しそうだった。

 そして、この言語は遥か昔から、一切の変わりは無い、とも

 つまりこれは「統一言語」というものだろう。

 地球で言えばバビルの塔の崩壊とともに言語を分け、世界を混乱させ人民を散らさせた前に存在したというどんな人種とも会話できるという言語体系のことだ。

 地球のものはもはや神話の域を出ないが、今現在それを味わっている身としてはなるほど、と思ってしまう。

 魔物や神がいる世界だ。非常識だと叫ぶ気はない。

 便利なものなのだ、気にする必要もなかった。

 

 そして、目の前にはその統一言語から外れたものがある。

 そう、読めない・・・・。それだけで意味がある。

 見ればまったく手を付けられていない。

 ここを調べにきたものも多くいただろう、しかし、この世界の者ではけしてわかりはしまい。

 この門に書かれているものが「文字」だと理解する者はいまい。

 言語が統一されている上で他の言語が存在しているなど思うまい。

 何故ならこれは


 古典ラテン語だからである。


 A~Zの中でJ、U、Wを抜いた計23文字からなる言語体系、後に世界に広く普及することになる言語の元である。

 何故それがここにあるかはわからない。

 これをアルフレッドが読めるということが重要である。

 アルフレッドは腰のポーチから1冊の古びた本を取り出す。

 その1ページ1ページには細かく、夥しい量の文字が書かれ、彼にしか読むことはできないだろう。

 それは彼の20年間の過程であり成果が記されている。

 アルフレッド風に言うと「魔術日記」だ。

 

「古典ラテン語がここに存在するというのは興味に尽きないことだが……、それはいい、追々わかることだろうさ」


 それは中に入ればわかることもあるだろう。

 そうして、扉に記された文字を読むことに集中した。

 そして、扉に書かれた文字はこうあった。


『命を持たぬものこそ、ここを通る許可を得る』


 本当はもっと長ったらしいが簡単に纏めてしまえばこうだ。

 素直に受け入れるならば命を持つ紋は入れない、幽霊にでもなってくるんだなと解釈できるだろう。

 しかし、それは神殿の天辺に描かれたものを見れば見るものによっては理解できる。

 描かれているものは「一筆書の六芒星」星の中心には5つ葉のクローバーのような模様が描かれていた。

 

「面白い、いいだろう」


 何をすべきか、それをアルフレッドは理解した。

 そして、ポーチから1つ、チョークを取り出すと簡易的な魔方陣を描く。

 どれもこれも地球で成功した試しは無い。

 だがここでならできる、そんな確信があった。

 魔法陣の中心でアルフレッドは佇み、跪く。

 そして詠唱を、儀式を始めた。


 「生まれなき者の小儀礼」を


「我はかれなり、生まれなき霊なり。

 足元に目をもつ者なり。強大にして不滅の火なり。

 我は、真実なり。

 我は、世界に悪のはびこるを嫌う者なり。

 我は、稲妻を発し、雷鳴を轟かす。

 我は、地に生命の雨を降らしたり。

 我は、口より火を発する者なり。

 我は神なり、子を造り、光へと顕現する者なり。

 我は神なり、世界の恩寵なり。

 蛇をまといし心臓こそ、わが名前なり。」


 その言葉は神を賛辞する言葉、数多の神を指し、数多の神を讃える言葉である。


「汝、来たりて我に従い、すべての霊を我に服従せしめよ。

 されば、すべての蒼穹の霊、エーテルの霊、地の上の霊、地の下の霊、陸の霊、海の霊、渦巻く風の霊、逆巻く炎の霊。

 神のあらゆる呪詛と懲罰を、我に服従させよ。」


 そして、その神を自らに降ろす。

 その句を自らに浴びせる。


「イアオ・サバオ かくのごとき言葉なり。」


 詠唱が終了した。

 そして、降りてくる。

 神が、アルフレッドの体を媒介にして


 しかし



―――――――つまらないな



 それが起こることは無かった。

 一度、黒い光が辺りを照らすと、そこには何も無かった。

 いや、消し飛んだのだろう。


「……ちっ」


 アルフレッドは思わず舌打ちをする。

 邪魔をされたことに苛立ちを隠せなかった。


「邪魔をしたな!」



―――――――あんな粗悪なものと混じるなんて許せないのさ



 「生まれなき者の小儀礼」、それは広義の意味での神殿を開ける儀式であり、それに招く者、つまり自分自身に高位精神体を召還するものである。

 下手をすれば意識不明でそのまま死亡、発狂などもありえる。

 しかし、アルフレッドはそれを問題なくこなす自身があったし、事実それは成功した。

 最後の最後でそれを邪魔する者がいなければ。

 一時的にしろ、そんなことは許さないと幻聴の主は言っていた。

 理由は、面白くない、ただそれだけの理由で



―――――――もっと楽しませておくれよ、潰すよ?



「ハンッ」


 その言葉を鼻で笑い、目の前のものを直視する。

 それはあの大きな扉が砕け散っているところだった。

 ククク、と哂い声がする。

 不愉快でたまらない。

 しかし、歩を止めることはない。

 これは自身の選んだ選択であるからだ。

 そしてアルフレッドは神殿の中に消えていく。



―――――――ククク


 

 それを遠くから見るように、幻聴の主は哂っていた。

 

「グルルルゥゥウ」


 誘い込まれるようにこちらに近づく獣を眺めながら。

 それは哂っていた。

 これから何が起きるか期待するように、知っているように、哂っていた。



‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡



 窓も無い空間、唯一砕かれた扉から差す光だけを頼りに遺跡の中に入り込む。

 何も無かった。

 恐ろしいほどに、埃の1つもここにはなかった。

 それが逆に何かがあると思わせる。

 更に進む。

 扉から差す光は届かなくなっていき、次第に周りには闇が覆っていた。

 

「……」


 それでも前へ進む。

 そして、遠くに一筋の光が見えた。

 そこに向かって駆ける。

 見える光は段々と大きくなり、その一筋の光があるものを照らしていることがわかった。


 それは台座だった。


 その上に1冊の本が置かれていた。


 アルフレッドはゆっくりと歩み寄り、その本を手に取る。


 その本の表紙を題名を読み、目を見開く。


「『ホノリウスの誓いの書』……」


 そして、獣の咆哮が遺跡内に響き渡った。


第1冊目、「ホノリウスの誓いの書」になります。

基本的に地球圏内魔術系は、実在する設定などを準拠にやっていきますがオリジナルの設定なども多分に含みます。

グリモワールの設定などは特に改変などがあります。

お気をつけください。


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