旅立ち
はじめまして、作者のじろーと申します。
作者の趣味全開でお送りさせていただきます。
感想やご指摘があれば、是非よろしくお願いいたします。
「フフ……ハハハッ! ついに、ついに完成した!!」
とある場所の地下室で歓声の上げながら両手を振り上げ歓喜する一人の男の姿があった。
真っ黒な服に同じく黒いコートを羽織り、それとは対照的な白髪の40代風の容貌、そして左目に黒い眼帯をしている。
それがこの男、アルフレッド・カーターの姿だった。
「嗚呼、長かった、長かったとも! 今までどれほどにこのときを待ち望んできたか!」
皺が入り始めた顔を小気味よく歪ませ、アルフレッドは哂った。
この時、この瞬間、今というものをどれほど探求し、追求し、迫ってきたか。
そして、この集大成が男の周囲に存在している。
「壮観なり」
爛々と輝く右目で男は辺りを見回す。
そこにあるのは異常と異形の数々だった。
蝋燭が辺りを照らし、その異常さを明白にする。
部屋の北に位置する場所には謎の手鏡が置かれ、東にはどこから持ってきたのかトーテムポールが鎮座し、南にはクリスタルでできた髑髏が、西には木でできた杯が置かれている。
そして、その最もたるは部屋の中央に描かれた大きな幾何学的な円陣、人が見れば魔法陣と呼ぶものであった。
他にも壁には常人が見れば発狂するようなナニカの文字が所狭しと書かれている。
その中でカラカラと哂い続ける男は、傍から見れば狂人にしか見えない。
「うむ」
何度も何度も自分の儀式に問題はないか確認し、頷く。
そして、それらを眺めながら男は今までの冒険に思いを馳せた。
彼は考古学者である。
代々ある種の謎を追い求める一族の末裔である彼は、1つの命題に立ち向かっていた。
神秘。
それが彼が追い求める命題である。
占星術、錬金術、魔術、果ては宇宙人からUMAまで、地球上でありえた不思議という不思議に魅了され、追い求めた。
地球上のどこにおいても迷信や奇跡、伝承などは言うに事欠かない。
その中にいくつ、本当に実在した神秘が存在するだろうか、そもそも存在しているのだろうか
それにアルフレッドは確信を持って答える。
神秘は存在する、と
実際に精霊や幽霊などに遭遇したわけではない。しかし、力あるアイテムはあったのだ。
アフリカのジャングルで遺跡を守護する原住民に追いかけられながらお宝を奪取したときもあった。アメリカのある大学に入り、魔道書を拝見したこともあった。
そして、エジプトのある廃墟で星の智慧派と名乗るカルト集団とあるアイテムを巡り逃走劇を繰り広げたのはつい最近の事だったか
どれも彼には等しく冒険であった。
そして、世界中を旅し、研究し、そして見切りをつけた。
―――――――もうここに用はない
もうこの地球上にアルフレッドの心を躍らせるものはなかった。
そして、世界中のあらゆる文献、遺跡から示唆されている他世界について
アルフレッドはそれに全てを掛けた。
それがこの一室である。
西洋魔術に東洋魔術を自己解釈と応用を以って適用し、風水を取り入れ、占星術による星の動きによって開きやすい時期も見定めた。
完璧、完全である。
「おや、それで問題ないのかね?」
突然、声が響いた。
地下室には鍵が掛かり、誰もいないというのに
アルフレッドは、その声の主が誰だかわかる。
少し興醒めした顔をして声の主に向かって答えた。
「私の理論は完璧だ」
睨み付けるように己の完璧さを主張する。
アルフレッドの目の前にはいつの間にか黒いスーツに黒い肌の黒い男がこちらを冷笑していた。
黒い男の冷笑の意味をアルフレッドは知っている。
嘲っているのだ。
本当に可能なのか、現実を見ろ、無様だな、そう言っている。
その男の本質を理解しているアルフレッドは一瞥をくれると目線を外した。
「貴様を呼んだ覚えはない、消えろ」
「それは手厳しいな」
アルフレッドの拒絶の言葉にも黒い男はおどけた様に肩を竦ませるだけで動じはしない。
「いい加減に諦めればいいのに、笑っているよ、お仲間は」
「だから何だという」
答えなければ黒い男は延々とアルフレッドを侮辱する言葉しか吐き続けるだろう。
彼の口を閉じさせるには答え返すしかない。
「いつまでたっても現実を見ないで、オカルトマニアだと同僚から蔑まされてもそれを続けるのかい?」
「ああ、勿論だとも」
考古学会において、アルフレッドの立場はない。
神秘だなんだのと戯言を本当に実在したかのように嬉々として語る姿は、奇人変人としか見られなかった。
彼の話を聞こうとするものなどオカルト雑誌の記者しかいない。
彼を理解してくれる家族は当の昔に逝ってしまった。
「諦める? あぁ、諦めているとも、つまらないあの学者達も既に魅力を感じないこの世界も」
1つしかない目を怪しく輝かせて
口を不敵に歪ませて
アルフレッドは宣言する。
「お前の言う通りにはならない。お前の考える通りにはならない。お前の指図は受けない」
舐めるなよ。
そうアルフレッドは言う。
「我が偉大なる祖父がそうであったように」
「その先に、お前の求めるものがあると?」
「そうさ!」
それきり、黒い男の姿は消えた。
だが見ているのだろう。視線を感じる。
ドン。
そして、何かが蹴破られたような衝撃音が聞こえる。
―――――――おや、拙いことになったね?
「フン、少々予想より早いが想定内だ」
幻聴に言葉を返し、アルフレッドは最終段階に移行する。
タンタンタンと足音が聞こえた。
人数は複数、10はいるだろうか
「必死なことだ」
今こちらに向かっている者達を知るアルフレッドは彼らを蔑むように鼻で笑った。
腰に刺さるナイフを取り出し、左手首を切りつける。
「っ」
痛みに一瞬顔を歪めると同時に切り口から血が飛び立ち、魔方陣の中心を血で濡らした。
垂らし続け、小さな血の水溜まりができるとあらかじめ用意していた包帯で傷口にきつく巻きつける。
そして、全ての工程が終了した。
足音は大きく、それがもう己に近づきつつあることを教えてくれる。
しかし、動じはしない。
「求めるものがあるかと言ったな」
虚空へ声を掛け、徐に首に掛かるネックレスに付いた5インチ程の鍵を取り出した。
"銀の鍵"、一族が代々受け継ぐ秘宝中の秘宝である。
「私、いや、俺は求める。魔術、魔法、錬金術、ありとあらゆる神秘!」
神秘学に含まれる全ての物に
「動悸が激しくなり、心が躍らないか?」
自分に言い聞かせるように叫ぶ。
「俺が行くのは別世界だ。異種族が存在し、魔術が飛び交い、精霊が歌う! そんな世界だ!」
それはファンタジーだ。
そしてそこにはアルフレッドの求めるものがある。
「そこには……夢がある!!」
そう全てがある。
「そして見るがいい。これが私のこの世界における集大成だ!!」
掲げる銀の鍵は光り輝き、魔方陣に光が灯る。
「我はアルフレッド・カーター、外なる英知を求め、虚空の門へ至ることを渇望する者也」
掲げる銀の鍵を振りかぶり、魔方陣の中心にある血の水溜りに思い切り差し込む。
それはスッと、溶け込むように、弾かれるはずだった地面をすり抜けてどこかに繋がった。
「我を裁定し、是とするならば、我に応え、開けよ」
鍵を捻る。
「披け……、"窮極の門"よ!!」
そして地下室の扉が破られると同時、そこには何もなかった。
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歩く、歩く、歩く。
虚空の中を、闇の中を、宇宙の中を
歩いてどれだけの時間がたったか、自分にはわからない。
わかることはこの先に、―――がいるということ、いや、もう―――の中なのかもしれない。
更に前に進む。
意思を固く持ち、前へ、前へ。
気を抜けば自分はこの闇に溶けて消えるだろう、何事もなかったように、自分の存在すら因果から消失して。
そして同時に自分をここまで至らせた力を二度と使うことはないと誓う。
正直、ここまでこれたことがまず奇跡、途中で発狂しなかったことは自身を賞賛してもしきれないほどだ。
それともここまであの黒い男に誘導されたか
どちらにしろ、命の綱渡りであり、そしてこの力に頼ることは破滅しかなく、唯一行使できた神秘でもこれは、これだけはアルフレッドの求めた夢ではないと断言できる。
ここまでの道のりはアルフレッドの命を掛けた賭けでもあったのだ。
「……きたか」
歩む足を止める。
そこには灰色の布に包まった150cmほどのナニカが台座に座っていた。
それをアルフレッドは知っている。
正確には祖父の書いた日記からだが
ここまで、そしてこの先は祖父の通った道でもある。
台座に座るナニカに目もくれず通り過ぎる。
「……」
何も述べることはない。
アレは"窮極の門"の守護者だ。
自分がここに至った以上、裁定は済み、通過することを許されている。
拒否されていれば自身は発狂、良くて変死だっただろう。
歩みを進める。
そして
至る。
アルフレッドの目の前に
―――――――はいた。
虚空の門
門にして鍵
全にして一、一にして全なる者
人知が及ばない恐ろしくも偉大なる存在
神、といえばそんなものなのだろう。
そして、アルフレッドは願う。
連れて行って欲しいと
願いは聞き届けられる。
そしてアルフレッドが糸が切れたように倒れこむと、そこにはもう誰もいなかった。
これが始まり。
新しいアルフレッドの探求の旅の始まりである。