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死神と一緒  作者: 雲雀 あお
死神見習いと出会い
7/12


 これもちょっと、長めです。



 休み明けの気だるい空気が、朱野あけの学園校舎内にただよっていた。それでも、その日の授業が終われば、生徒たちは元気に部活を始める。

 それは運動部はもちろん、文化部も変わらない。直巳が所属する文芸部も、同様である。


辰弥たつや、これってどこの?」

「ん?通し番号は・・・付いてないのか。誰だよ、これ書いた奴」


 月に一度、文芸部が発行している冊子の編集に追われる、直巳なおみと辰弥。作品の内容に合わせて掲載けいさい順を決めたり、目次もくじや表紙の文字を打ったり、いそがしく活動している。


「そう言えば、今度新入部員が来るって、この部に」

「新入部員?こんな時期に?」

「ああ、ちょっといろいろあって、入るのが遅れたんだって」

「ふぅん・・・」


 辰弥の「ちょっといろいろあって」という言葉に、直巳も、つい最近あった「いろいろ」を思い返した。




***********



「花井さん、俺・・・・君に謝らなくちゃいけないことが、あるんだ」

「・・・?」


 あの日、帰りたくないと泣く雪乃に、直巳は頭を下げた。それは、噂とは言え、雪乃の現状を知ってなお、何もしなかったことへの謝罪であり、それを認めた上で何もできないことをいての行動だった。しかし、直巳は何もできないと認めていても、力になりたいと、申し出た。

 直巳の決意を聞いて、雪乃は長い間、何も言わなかった。暮れ行く空を眺めて、ただ黙っていた。そして、太陽が紅く染まる頃、ようやく口を開いた。


「・・・ありがとう」


 そう言って、雪乃は自分の体へと帰って行った。




*********



 数日前のやりとりを思い出し、ぼんやりする。そんな直巳に気付かないまま、辰弥は言葉を続けた。


「3組の、花井だって」

「へぇ・・・、え・・?」


 今まさに回想していた相手の名前に反応する。話を振った辰弥が驚くほどの、反応だった。


「だから、新入部員。3組の花井・・、下の名前は忘れたけど、とにかく、花井って女子が入るって」

「・・・そうなんだ」

「お前ら知り合いだったか?」

「ああ、うん。まあ・・・」


 首をひねる辰弥に、曖昧あいまいに頷いて視線をらす。雪乃が無事退院したことは知っていたが、文芸部に入るというのは初めて聞いた。急な話に、直巳は動揺どうようする。

 そこで、教室の扉が開かれた。入ってきたのは、今話題にしていた新入部員だった。


「あ・・・、こんにちは」

「えっと・・」

「あっ、花井雪乃です。文芸部に、入ろうと思って・・・」


 段々語尾が小さくなって、消えていく。合わせて顔が下がっていく。とうとううつむいてしまった雪乃に、辰弥は苦笑した。隣の直巳は、先程の動揺が尾を引いていて、声が掛けられない。


「俺は、1組の比嘉ひが辰弥。こっちは知ってると思うけど、織谷おりや直巳。同じ一年同士、仲良くしよう」

「う、うん・・!」


 優しく笑う辰弥に安心したのか、雪乃もひかえめな笑みを浮かべて頷いた。そして、直巳に目を向ける。動揺から立ち直った直巳も、笑みを向けた。


「今、文芸誌を作ってるところなんだ。花井さんも手伝ってくれる?」

「あ、うん!」


 辰弥がさそって、雪乃は空いている椅子に座った。3人で、のんびり話しながら、作業を再開した。雪乃は、最初こそ遠慮えんりょがちだったが、下校時刻になる頃には、慣れたように普通に話し、笑っていた。


「じゃあ、俺、こっちだから」

「ああ、また明日な」


 分かれ道で、右へと行く辰弥を見送り、直巳と雪乃も左へと歩き出した。しばらくは会話もなく、静かな時間が流れた。

 何か話した方が良いかと話題を探す直巳より先に、雪乃が「あの・・」と口を開いた。


「聞いて、欲しいことが・・あるの」

「・・・うん、何?」

「あのね、前、屋上で、言ったような気がするけど・・・。愛莉あいりちゃんのこと」

「ああ・・」


 恐らく、雪乃と特に仲が良かったであろう女子の名前である。直巳はあれから、雪乃の見舞いへ顔を出していたが、雪乃から愛莉の名を聞いたのは一度もなかった。2人の関係がどうなったのかは分からない。うかつなことは言わないように、と直巳は聞き役にてっすることにした。




**********



 雪乃が目を覚ましたのは、白い部屋の中だった。体が重く、思うように動かせない。そのことに気付いた雪乃は、軽く混乱していた。「戻る」。そう決めた瞬間のことだった。


 「逃げていてはいけない」。そう思っていた。同時に「帰りたくない」と思っていた。相反あいはんする気持ちを抱いていた雪乃を前に向かせたのは、一体なんだったのか。それは、雪乃自身も分かっていなかった。

 リクや直巳の言葉、雪乃の気持ち、置かれた現状、全てが雪乃の決意をうながしていた。そして、雪乃はそれを受け入れた。それだけは理解した雪乃は、改めて部屋を見回した。



 白くて、見覚えのある部屋。

 自分の体があった病室だ。それに気付いた雪乃は、無意識に体を強張こわばらせた。決意したからと言っても、すぐに実行できるわけではない。

 再び恐怖がきあがってきた雪乃を呼び戻したのは、両親の歓喜かんきの声だった。喜ぶ両親を前に、心配を掛けていたことを知った雪乃。そしてもう一人、心配してくれていた人の存在を知った。


「雪ちゃん・・・」

「愛莉ちゃん」


 嬉しそうに、しかし何処どこか苦しそうな顔をした友達の姿を、雪乃は見つめた。お互い何を言えば良いのかと、逡巡しゅんじゅんする。先に動いたのは、愛莉だった。


「雪ちゃん、ごめん!」

「・・・・」

「私、雪ちゃんにひどいことした!仕方ないって、自分に言い訳してた。でも、雪ちゃんが事故に遭って、意識不明って言われて、何てことしちゃったんだろうって・・・。このまま謝れないままお別れなんて嫌だって・・!・・・・本当にごめんね。目を覚ましてくれて、良かった。また会えて、良かった・・・」

「愛莉ちゃん・・!」


 涙を流す愛莉に、雪乃も涙を流した。失ったと思っていたものが、本当はまだ無くなっていなかったことを知った。2人は、泣き続けた。もう一度があって、嬉しくて。




**********



「そっか・・。良かったね」

「うん。ありがとう、織谷君やあの人たちのおかげ」


 にっこりと笑った顔は、きものが落ちたように晴れやかだった。先日まであった暗い雰囲気がなくなった雪乃の姿に、直巳も自然と笑顔になった。


「それで、あの人たちにもお礼が言いたくて・・・。でもどこに居るかも知らないから、織谷君なら知ってるかなって」

「あー、いや、あいつらは・・・。ごめん、俺にも分からない」

「そっか・・・。お礼、いつか言えるかな・・・?」


 少しさびしそうに空を見上げる雪乃。つられて、直巳も空を見上げる。薄闇うすやみに暮れる空を見上げて、自称死神の2人を思い浮かべる。


(帰るって言ってたからな。もう、会えないんだろうな・・・)


 そう思ったが、雪乃には言わなかった。折角せっかく希望を取り戻したのだ。寂しい気持ちを助長させるわけにはいかない。そう考えてのことだったが、直巳自身、また会えたら良いと思っていた。

 2人が見上げる空は、変わりなく夜へと移行していった。




**********



 あの世とこの世の狭間。死神たちが、日々働く建物の中。戻ってきたリクとカイは、試験不合格を言い渡されていた。


「何でだよ!!」

「当たり前だろうが」


 ダークグレーのスーツに身を固めた男を前に、リクが怒鳴る。その手には、不合格の烙印らくいんが押された紙が握られている。冷徹れいてつとも取れる眼鏡の男に、リクは正面から抗議した。


「何で俺たちが不合格なんだよ!問題も無事解決したし、悪霊あくりょう化した魂も回収したし、完璧だろ!?」

「確かに、悪霊化した魂の回収、そのノルマはクリアしたな。だが・・・」


 怒りで鼻息が荒くなったリクに、男は冷たい視線を向ける。一瞬ひるんだリクから、カイに視線を移す。冷静な顔をしてその視線を受け止めるカイ。だがその内心では、冷や汗が流れていた。そんなカイには何も言わず、再びリクに視線をやり、続きを言葉にした。


「だが、関係のない人間を傷付け、魂を『さい河原かわら』へと送ってしまったこと。その魂の器に別の魂を入れてしまったこと。がらになった器を殺しそうになったこと。ああ、あと勝手に人間の体を治療したこと。それらを総合した上で、不合格とした。この判断に、何の問題が?」

「あー、それは・・・、あれだ。事故は起こるもんだ。正規の死神であっても。だから、むしろ問題を解決したことを評価するべきだろ?」


 リクが必死で言いつのるが、男は軽く溜息ためいきいただけで、視界からリクを締め出してしまった。改めてカイを見て、男は言う。


「お前も同意見か?」

「そうですね。部長、俺たちは、俺たちの出来る限りのことはしました。そこは、考慮こうりょに入れて貰えないですか?」

「そうだ、カイの言う通りだ!」

うるさいぞ、リク。・・・カイ、死神のおきては、何故なぜ定められている?」


 更に何か言おうとするリクを制して、カイに問う。冷たく細められた瞳に、カイは目をらしかかり、何とか踏みとどまった。今目を逸らせば、この抗議自体打ち切られかねない。そう直感したカイは、腹に力をめる。部長と呼んだ男を真っ正面に見据みすえ、答えた。


「神とは本来、生物とは関わらず、静かに見守ることが仕事である。しかし死神は、その役割ゆえ、生物と関わることを避けられない。そのため、厳格な掟をもって間違いが起こらないようにすることが重要である。・・・・と、習いました」

「ふむ、模範もはん的回答だな。いや、教科書的、と言うべきか」

「何が言いたいんだよ?」

「リク、お前は上司に対する言葉遣いがなってないな」

「な、何だよ・・。減点する気か・・・・?」


 びくびくとおびえながらも、言葉遣いを改めようとはしない。そんなリクに再び溜息を吐き、組んだ膝の上に指を乗せる。男がその格好をする時は、何か重要なことを言う時である。そう体に染みついている2人は、条件反射で背筋を伸ばした。気を付けしたリクとカイに、男は目を細める。


「死神は、死をつかさどる。そして、それは次の生をになっているということでもある。我々が間違えば、次の生がくるう。言っている意味は分かるか?」

「はい!」


 声を合わせて応える。男は、それに一つ頷きを返して、更に先を言う。


「つまり、失敗をフォローするのは、当たり前だと言うことだ。そもそも、失敗自体起こすべきではないがな」

「じゃあ何で俺たちが不合格なんだよ」


 不満そうに言うリク。結果的には全て丸く収まった、と言いたいようだ。


「それが駄目なのだ」

「・・・何処どこが?」

「その考えが、だ。お前の言う通り、神たる我々も失敗する。しかしだからと言って、失敗をフォローすれば良いという考えであってはならない。あくまで失敗、間違いがないようつとめる精神こそが大切なのだ。お前たちは、そこがまだ分かっていないらしいな」

「そんなこと・・・、ねぇよ」


 一応反論するが、その勢いは弱い。リク自身、思い当たることがあったのだ。そして、それはカイも同じだった。そろって落ち込む見習いに、男は一枚の紙を見せた。


「・・・・だが、死神は常時人手不足だ。お前たちを再教育するのも手間であることだし、再試験を行う」

「・・!本当か!?」

「嘘を言ってどうする」

「やりぃ!!」


 喜ぶリクに、男は愉しそうに笑みを向けた。そのサディスティックな笑みに、リクの笑顔が凍りつく。何か企んでいる顔の男に、タダでは済まない空気を感じた2人は、背筋を震わせた。


 滅多めったに笑わないこの男の笑顔を見る者は、近い将来面倒な目に遭う。

 それが死神たちに、密かに伝わる噂だった。そして、教師と教え子の関係である2人は、身を以てその噂を体験してきた。その経験が伝えている。これはろくな事にはならないぞ、と。


ただし、条件がある」

「・・じょ、条件・・・?」

「ああ。お前たちが殺しかかった、織谷直巳。こいつが、ちょっと厄介な事情を抱えていてな。お前たち、こいつの力になってやれ」

「厄介、とは?」

おいおい々分かる。俺が教えるよりも、自分たちで知った方が驚くだろうしな」


 カイの問いに、さらりと答える男。2人が驚く様を思い浮かべたのか、意地の悪い笑みをらす。まさに、「陰険いんけん眼鏡」という様子の男にリクとカイは嫌な予感がぬぐえなかった。しかし、このチャンスを逃すわけにはいかないと、己を鼓舞こぶする。男の嫌がらせは慣れているのだ。


「で、条件って、それだけか?」

「ああ、そうだ。お前たちは、半年間、人間に混ざって織谷直巳を補佐ほさしろ。まあ、半年もあれば織谷直巳も自分の力に慣れるだろうしな」

「ちょっと待て!俺たちが人間に混ざるのか?」

「そうだ。再試験は半年後。内容はその時伝える。以上だ」

「待て待て待て!!俺たち死神は、生物と必要以上に関わっちゃいけないんだろ!?なのに、人間と暮らせって、おかしいだろ!」


 話は終わったとばかりに、わざとらしく書類を広げ始める男。そこへ、リクが食ってかかる。さっきと言っていることが違う、とカイも男に視線を向ける。書類から2人へ目を向ける。2人と1人の視線がぶつかり合う。


「・・・・ちっ、煩い奴らだ」

「うるさくねぇよ!当然のことだろ!」

「煩い。いいか、織谷直巳は本来その能力を開花させないまま、死を迎えるはずだった。それが、お前らのせいで抑制力を失った。このままでは能力開花と同時に暴走し、最高に面倒なことになる。人間にとっても、死神おれたちにとってもな。防ぐためには、安定した状況でのゆるやかな開花が必要だ。お前らはそのために織谷直巳のそばに付き、補佐をする。そのさい、霊体より肉体を持っていた方が、いろいろと都合が良いだろう、という俺の判断だ。文句あるか?」


 すごんで見せる男に、身を引きつつ、リクが口を開く。


「・・・能力って、何だよ?」

「だから、追々分かると言っているだろう。他に質問は?ないなら、とっとと出掛ける準備をしろ」


 と、カイが手を上げた。男に無言で促され、カイは疑問を口にした。


「何故、我々なんですか?そんなに重要なことなら、もっと信頼できる優秀な者に任せるべきでは?」

「原因を作ったのは、お前らだ。それに、再試験までに、死神の在り方って奴を学ばせる目的もある。せいぜいはげめ」


 今度こそ終わりにするつもりのようだ。紙面に落とした目が上がる様子はない。しばらくそんな男を見ていたが、2人は顔見合わせて肩をすくめた。

 男の部屋をして、廊下を歩く2人。


「面倒なことになったな、やっぱり」

「しょうがない。やるしかないよ」

「・・・・だな」


 呟くように同意して、2人は準備のために動き出した。





 一段落しますが、話自体は続きます。



 気長に次をお待ちください。

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