5
お待たせしました。
5
花井雪乃の目的。
それを知るために追い掛けたはずが、更に謎が深まるばかりだった。
彼女から離れて、病院のロビーに戻った3人は、頭を突き合わせた。
「自分の体の所に来るってことは、状況が理解できていないわけではないんだよな?」
ふとリクが、誰にともなく訊いた。それにカイが反応する。
「そうだろうな。でもそうすると、ますます彼女の目的が分からないな。元の体に戻ろうとしているようには見えないし」
「確かにそうだけど・・・、なんか面倒になってきたな」
真剣に話していたはずが、リクがそんなことを言い始めた。
その言葉に、直巳は顔を顰め、カイは首を傾げた。
「面倒になったって?」
「考えるのが、だ。どんな理由があろうと、元の体に戻すのは変わらないし、だったらさっさと戻した方が良いだろ?ということで、行くぞ」
と言って踵を返すリクを、直巳が呼び止める。
「行くって、どこにだよ?」
「そんなの決まってるだろ?お前の体の所だよ」
それ以上詳しいことは言わずに、歩き出す。残されたカイと直巳は顔を見合わせ、慌てて後を追った。
雪乃は、病院の屋上に居た。
落下防止のフェンス越しに、街を見下ろしている。そんな雪乃にリクが近づく。そして、少し距離を開けて立ち止まった。
カイと直巳は、リクより一歩下がった場所に立った。
屋上には、雪乃の他に人は居ない。話をするには、ちょうど良い状態だった。
「おい」
「・・・・・」
リクの声は聞こえているようだが、雪乃は振り返らなかった。ただ体を強張らせて、立ち尽くすだけである。
更に2度、3度と声を掛けるが、一向に反応を示さない。そんな態度に、リクが目に見えてイライラし始めた。
「おい、聞いてんのかよ!」
「・・リク、相手は女の子なんだから」
「・・・ちっ、分かってるって」
カイに言われて、舌打ちしつつもなんとか怒りを鎮める。
「おい、花井雪乃。お前に話があるんだ」
と、雪乃が振り返った。とても驚いた顔をしている。
見た目は『直巳』なのだから、本名で呼ばれたことに驚いたのだ。そして、自分に呼びかけてきた者たちを見て、更に驚いた。
雪乃の眼には、リクたちが半透明に見えた。明らかに実体のない彼らに、戸惑いを隠せないようで、視線を忙しなく動かした。そして、半透明な直巳を見つけて、大きく目を見開いた。
「お前、『それ』が自分の体じゃないって知ってるだろ」
「・・・・」
「『それ』はこいつの体だ。返してやってほしい」
「・・・・」
リクの言葉に何も返さなかったが、その顔は困った様な表情が浮かんでいる。
それを見て、カイが口を開いた。
「もしかして、戻り方が分からないのかな?」
雪乃は、一瞬顔を歪めて、そして頷いた。
(?何だ?今一瞬・・・)
直巳は、雪乃の表情の変化に引っかかりを覚えた。が、カイは気にせず話を続けた。リクも特に口を挟まない。
「じゃあ、戻れるように俺たちが手を貸すから、その体を彼に返してくれないかな?」
カイの穏やかな問いに、雪乃はゆっくりと頷いた。その顔は元の体に戻れると言うのに、少しも晴れやかではなかった。むしろ沈んだ顔だったが、直巳がそれを追求する前に、リクとカイが動き出した。
タイミングを失った直巳は、黙って彼らを見ていることしかできなかった。
カイが、雪乃の手を取る。びくりと体を震わせた雪乃に微笑みかけて、目を閉じるように言う。
「さあ、早く体に帰らないとね。ほら、思い出して。君の体、君の帰る場所・・」
ゆっくりと、何度も、カイは雪乃の意識を集中させるように声を掛ける。
それに合わせて、雪乃の緊張も解けていく。落ち着いた様子を見せたところで、リクが雪乃の背を軽く押した。
するりと、直巳の体から何かが出てきた。
それはすぐに集まり、少女の形を作った。
雪乃である。霊体の雪乃は、ふらふらと歩いて屋上の扉へと進んでいく。目を見張っている直巳の横を通り過ぎ、出ていく。
「お、おい、良いのか?」
「大丈夫。自分の体に戻ろうとしてるだけだから」
「それより、お前も早く自分の体に戻れよ」
言われて、直巳は力を失って座り込んでいる体を見る。少し戸惑ったが、意を決して自分の体に重なる直巳。
(・・・・あ、何だか、夢から醒めるときみたいだ)
ぼんやりする頭で、そんなことを思った。次いで、腕を動かしてみる。それは、霊体の時には感じなかった重みがあった。
直巳は、次々に体を動かして自分の体を堪能する。
その様子をリクとカイは黙って見ていた。
「どうだ?元に戻れた感想は?」
「あ、ああ・・・。なんか、嬉しいっていうか、当たり前のことなのに、感動するっていうか・・」
感じたことをどう伝えれば良いのかと、言葉を探しつつ顔を上げる。そこには、半透明の2人が居た。
直巳は目をこすり、もう一度確認する。しかし、半透明な人間は消えていない。
「・・・本当に、俺ってお前たちが見えるんだな」
「知らなかったのかよ、自分のことなのに」
「知らなかった。てか、今まで見えてたことなんて・・・」
「ない」と言おうとして、言葉が止まる。何かを思い出している直巳に、リクとカイが疑問の視線を投げる。しかし、直巳はすぐに首を振った。
「いや、なんでもない。・・・それより、花井雪乃は?」
「多分戻ったと思うけど、確認しに行こうか」
カイの言葉に頷いて、歩き出す。久しぶりの体だからなのか、直巳の動きはぎこちない。そんな直巳を置いて、リクとカイは少し先を歩いていく。
2人とも顔には笑みが浮かんでおり、問題が解決したことを喜んでいた。
「これで、何とか帳尻があったんじゃないか?」
「そうかもね。まあ、原因を作ったのは俺たちなんだけどね」
「不可抗力だろ。とにかく、これでようやく試験終了だぜ」
笑顔の2人は、花井雪乃の病室へ入った。そして、その笑顔が怪訝なものに変わる。
遅れて追いついた直巳は、入口で立ち止まる2人に首を傾げた。
「どうしたんだよ?」
「・・・俺たちは呪われてんのか?いや、誰かの陰謀か」
「落ち着け、リク。そんなことより、早く彼女を探さないと・・」
後ろの直巳に気付いていないのか、2人は取り乱していた。
様子のおかしい2人に悪い予感を感じた直巳は、2人を避けて病室に入った。
個室のベッドには、幾つもの管が取り付けられた、雪乃の体が横たわっていた。見た目には何もおかしなものはない。
包帯の巻かれた様子は、痛ましい光景だが、運が悪ければ直巳もそうなっていたのだ。2人が焦るような光景ではないだろう。
直巳が、どうしたのかと、もう一度訊こうと振り返った。しかし、そこに死神見習いたちはいなかった。
慌てて病室から出ると、廊下を飛んでいく2人の姿を見つけた。追い掛けようにも、速すぎる。霊体ならともかく、体を取り戻した直巳ではとても追いつけないスピードである。
(一体、何なんだよ・・・?)
置いて行かれた直巳は、呆然と彼らが去った方を見た。
しばらくそうしていたが、帰ってくる気配がなく、今度は途方に暮れてしまった。いつまでも病室の前に居るわけにもいかず、かと言って何も分からぬまま帰ることもできない。そう思って直巳は、雪乃の病室で待つことにした。
ベッドの脇に椅子を立て、座る。
やることもない直巳は、眠る雪乃を見るともなしに見た。
頭に巻かれた包帯や、鼻に通されたチューブ。布団に隠れた体にも包帯やギプスが付けれているのだろう。不自然に膨らんだ場所が何か所もある。
黙っていると、彼女に繋がれた機械の作動音しか聞こえない。直巳は居心地の悪い思いをしながら、じっと待っていた。2人が帰ってくるのを。
*********
それは、数分前。雪乃がまだ直巳の体で屋上に居た頃。
花井雪乃の病室に、一人の少女が来ていた。その少女は、私立朱野学園の制服を着ている。
少女は、雪乃の病室に入り、彼女の顔を見つめる。その顔には、深い悔恨の表情が浮かんでいた。
やがて少女は、サイドテーブルに置かれた花瓶を持って部屋を出て行った。