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本日の授業が終わったことを示すチャイムが、鳴り響く。それと同時に、学校中から生徒たちのざわめきが聞こえ始める。やがて、校舎から生徒たちが出てきた。
ある者は校庭の端に建てられた部室棟へと向かい、ある者は校門へと帰路につく。
『直巳』は後者だった。帰宅する生徒にまじって、歩いていく。その後をリクと直巳は付いていく。
相変わらず、顔を俯けたまま静かに進んでいく。まるで、幽霊のようである。
「・・・あ~、つまんねぇ」
変化のない様子に、リクがぼやいた。その隣では、直巳が真剣な顔をしているにも関わらず、である。欠伸までしている彼に、直巳は胡乱な視線を向けた。
「おい、真剣にやれよ。俺の命が掛ってんだぞ」
「それは分かってる。でも、このままじゃ何も解決しないじゃねぇか」
リクの言い分通りではあったが、素直に頷けない直巳は無言で視線を戻した。
『直巳』は校門を出て行くところだった。
誰とも話さず、誰とも目を合わさない生活。今日一日観察していて、直巳が感じたことだった。
(さみしく、ないのかな・・?)
自分の日常を思い返す。家では家族と話し、学校では辰弥を始めとする友人たちと馬鹿な話で盛り上がる。そんな生活ばかりだったので、今の自分の姿がおかしく思えて仕方ない。
切ない感情が、胸に湧き上がってくる。そんな直巳の脇を誰かが通り過ぎた。その姿を見た瞬間、直巳の顔から憂いが消えた。
「織谷君」
『直巳』を呼び止めたのは、緩くウェーブした亜麻色の髪をした少女だった。女生徒の制服がよく似合っている。彼女は、直巳の隣のクラスに所属している、胡桃奈々緒という生徒である。
奈々緒の大きな茶色の瞳が、『直巳』を気遣わしげに見ている。
「事故に遭ったんだって?怪我はない?大丈夫?」
「・・・っ!だ、大丈夫・・!」
顔を覗きこんでくる奈々緒から逃げるように、顔を背ける。怯えているようなその姿は、辰弥を相手にしていた時に似ていた。どうやら『直巳』は、他人と話すことに恐怖を感じているようだ。
「織谷君?」
様子のおかしい『直巳』を案じて、奈々緒が手を伸ばす。
それを少し離れた場所から、リクと直巳が見ている。
「・・っ、いいから、放っといて・・・!!」
伸ばされた手を振り払って、『直巳』は逃げ出した。呆気にとられた3人は、振り向きもせず駆けて行く『直巳』をただ見送っていた。
奈々緒は、しばらくその場に立ち尽くしていた。そして、何も言わずに歩き出した。その顔には、困惑の表情が浮かんでいる。
一方、リクと直巳は、まだ唖然としたままだった。『直巳』の目的も、何故他人を避けるのかも、全く分からないのだ。
「一体、何なんだよ・・・?」
「さあな。・・・それより、あいつを追うぞ。今はそれしかできないしな」
『直巳』の後を辿るように、リクが駆けだす。つられて直巳も前へ出る。しかし、直巳の視線は奈々緒を捉えたままだ。
(声、掛けられたらな・・・)
そう思ったが、当然叶うはずもない。落ち込む奈々緒を追い越して、リクを追う。
直巳は、何度か後ろを気にしていたが、やがて前を向いて進むことに専念し始めた。リクは、直巳のことなど考えず、ただ『直巳』を追って走って行く。
と、そのリクの後ろに黒いものが落ちてきた。
「リク、何でこんなところを走っているんだ?」
「カイか。あいつの体を追ってるんだよ」
カイは、かなりの速さで走っているリクに難なく追いついた。そして、前方へ目を向ける。リクの前を『直巳』が走っている。と言っても、運動部に所属しているわけでもない直巳の体は、既に疲労を訴えているようだ。小走り、いや、ほぼ歩いているような速度で進んでいる。
呼吸も荒かったが、それでも足を前へ出している。
すぐに2人は追いついた。進むことに必死な『直巳』に気付かれる前に、近くの路地へ入る。
「ところで、織谷直巳は?」
「あ?追ってきてねぇのか?」
リクが振り返ってみるが、未だ直巳は追いついてきていなかった。カイが呆れたように溜息を(ためいき)吐く。しかし、何か言う前に、手にした紙の束をリクに押し付けた。
「何だよ、これ」
「彼の体に入ってしまった女の子の資料。織谷君が来るまでに目を通しておいて。それと、今度からは彼を放って行かないように。間違って狩られたら、取り返しがつかないことになるよ」
「分かってる」
「・・・本当かな」
カイの小言を適当に流して、持たされた紙に目を通す。『直巳』の方は、ようやく足を止めて、休んでいるところだった。
と、不意に『直巳』が振り向いた。さっと隠れた2人には気付かずに、顔を戻した。そして、顔を俯け、背中を丸めて歩き出した。今度は振り返る気もないようだ。
「どうやら、真っ直ぐ織谷君の家に帰るみたいだね」
「おい、これって・・・」
充分距離を開け、『直巳』の足取りを追う。冷静なカイと違い、リクは手元の紙に目を落としたまま顔を顰めていた。
「どういうことだよ?こんなこと有り得るのか?」
「ちゃんと調べてきた結果だよ。それに、前例がないわけでもない。・・・状況から考えると、稀かもしれないけど」
「あっ!居た!」
そこで直巳が追いついてきた。体がない直巳は、足こそ走っているように動かしているが、その実宙を浮いていた。前へ進む動作に合わせて、浮いた体が進んでいる。そうして、音もなく2人に並ぶ。先を行く自分の体を確認して、苦い表情を浮かべた。
「俺って、ちゃんと戻れるんだよな?」
「そのために俺らも頑張ってんだろ」
「頑張っている姿を見てないから言ってるんだ」
そう言って、じろりとリクを睨んだ。しかし、リクはまだ紙から目を上げていなかった。真剣に読む姿に、何かを感じた直巳はカイに疑問の視線を投げかけた。
直巳の言いたいことが分かっているのか、カイは少し困った顔を見せた。
「実は、君の体に入ってしまった娘のことが分かったんだ」
「本当か?」
喜ぶ直巳とは違い、カイは苦笑いを浮かべた。それを見た直巳も、何か困ったことが起こっていることを察した。無意識に姿勢を正す。
「まず君の体に入ってる娘の名前だけど。彼女は、花井雪乃というらしい」
「・・・花井雪乃?」
(どっかで聞いたことあるような・・・)
何処で聞いたか思い出そうとするが、出てくるのは関係ないことばかり。仕方なく、思い出すのを諦めて、話の続きを聞こうと意識を戻す。
「彼女は、君と同じ私立朱野学園の生徒だ。そして、君と同じ日、同じ時間に事故に遭っている」
「え・・?」
「違うことと言えば、彼女の場合、軽傷じゃ済まなかったことぐらいだ。彼女の体は、今、病院にある」
「ま、まさか・・・、し・・・」
「生きてるよ。重体だけどね。とは言っても骨折とかだけで、療養すれば治る。・・・魂が無事に戻ったら、だけど」
淡々と、特に感情を交えず事実だけを告げるカイ。対する直巳は、驚きが先行して、いまいち現実感がつかめていなかった。意味もなく、リクの持った紙を見つめる。恐らくその紙には、「花井雪乃」の現状が書かれているのだろう。
カイは、紙に書かれたことを覚えているのか、見もせずに説明している。
「魂は・・・、まだ繋がりが切れたわけじゃないから、いつでも戻れる。戻れるはず、何だけど・・」
「戻ってない?」
「そう。やっぱり何か目的があって、君の体に入っているみたいなんだ。・・・それで、そっちはどうだった?何か分かった?」
「何にも。分かったことと言えば、やたら暗いことと、他人に対して異常に怯えてるぐらいだ」
それまで黙っていたリクが、そう言った。リクが言ったように、『直巳』、もとい花井雪乃は、その目的の片鱗さえ見せていなかった。消極的な言動を除けば、普通の学園生活を送っているだけだ。
「他人に対して怯えてるのは、ほら、ここ。これが原因だと思うけど」
「そうだよなぁ。でも、そうすると、本当に取っ掛かりがないことになるんだよな」
書かれたものを指しながら、2人は今後の対策を練ろうとしていた。直巳が、入って行けない空気に辟易した頃、織谷家から人が出てきた。
『直巳』である。
制服を着替え、直巳にとっては見慣れた私服姿で、こちらに向かって歩いて来る。
大急ぎで隠れた3人の前を、ゆっくりと通り過ぎていく。
「何処へ行く気だろう?」
「そんなの、追ってみれば分かる!」
暗い雰囲気を振りまく背中を追う。
駅前に出た『直巳』は、ちょうどやって来たバスに乗った。すぐにバスは出ていく。遅れてバス停に着いた3人は、お互い顔を見合わせた。
「どうしよう。これじゃ、追えない」
直巳は、折角のチャンスを逃したと焦る。しかし、リクとカイは至って冷静だった。『直巳』を乗せたバスを追って走り出す。
「おい!?」
「何してんだ!!追うぞ!」
「ええっ!!?」
驚く直巳に説明もなく、リクとカイは加速していく。置いて行かれないように直巳も走るが、すぐに立ち止まってしまった。追いつけるはずがない。そう思うのが、当然だった。しかし、直巳が付いてきていないことに気付いたリクが、戻ってきた。
「もたもたすんな!行くぞ!」
「で、でも、相手はバスだよ?無理だよ」
「何言ってんだ!あいつの目的を知るチャンスだぞ!みすみす逃す気かよ!!」
「いや、だって・・・」
「・・~っああ、メンドくせえ!!」
業を煮やしたリクは、いつまでも動かない直巳の腕を掴む。そして、強引に走り出した。直巳を引きずっているのに、その速さはどんどん加速していく。
やがて、直巳の体が宙に浮き、リクの走る速度は自動車以上となった。そのことに目を丸くする直巳は、いつの間にかカイが隣を走っていることに気付き、更に驚いた。
「ちょっ、これって・・!?」
「君も慣れればできるようになるよ。俺たちは、肉体なんてないんだから、これぐらい簡単にできる」
当たり前の口調で言われたが、直巳には信じられなかった。
そうして走ること十数分。バスは、とある病院に着いた。そこで、『直巳』も降りた。脇目もふらずに中へと入っていく。
その後を追って3人の入っていく。
病院のロビーは、順番待ちの人や見舞に来た人、医療関係者などが居る。ぶつかっても問題はないのだが、直巳はそれらの人々を避けながら自分の体を探す。
『直巳』はすぐに見つかった。外来の文字が見える受付に立っていた。何かを話して、ロビーの椅子に座る。そんな『直巳』に見つからない位置から様子を窺う。
「何しに来たんだ、あいつ」
「うーん・・・、多分、診察だと思う。軽傷とは言っても、事故に遭ったんだし。時間が経ってから、どっか痛むようになるかもしれないから」
「へぇ。肉体持ってると大変だな」
リクは、どうでもよさそうに返事して、欠伸した。早くも飽きたらしい。手近の観葉植物をいじっている。カイは『直巳』から目を逸らさない。
(こういうのって、性格出るんだな)
そんな2人を横目で見てから、直巳も自分の顔をじっと見つめる。今日一日、一貫して暗かったその顔は、場所もあってか、余計に暗く見えた。
やがて名を呼ばれて『直巳』は診察室に消えた。中に隠れるスペースがあるか分からないので、3人は外から様子を窺うことにした。
やはり、事故後の体調などを確認しているだけのようだ。問診や触診などをした後、解放された。再びロビーの陰に隠れた3人は、すぐに帰るのだと思っていた。しかし、『直巳』は会計を終えたその足で、奥へと歩いていった。
その行動の意味も分からず、3人はただ後をつけた。
『直巳』は、迷わず進んでいく。階段を上り、廊下を進んで、並ぶ病室の一つに入って行った。その病室は、個室だった。
そして、その病室のネームプレートには「花井雪乃」と書かれていた。
3人は顔を合わせた。自分の体に会いに来た彼女のことが、分からなかったのだ。
「ますます分かんなくなったぞ・・・」
リクの呟きは、他の2人の思いと同じだった。
ここまで読んで頂き、ありがとうございます。
活動報告にも書きますが、この『死神と一緒』は作者的に書きにくく、週一ペースでの投稿が難しいことを悟りました。
そこで、切りの良いところまである程度書き溜めてから、まとめて投稿する、というスタイルに変えたいと思います。
こちらの勝手で変更すること、大変申し訳なく思ってます。
毎週読んでくださっている方、待って頂けると助かります。
投稿日はまだ未定ですが、今月末か来月中には投稿するつもりです。決まり次第活動報告にて、お知らせします。