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死神と一緒  作者: 雲雀 あお
死神見習いと出会い
3/12



(本当に暗いなぁ)


 廊下をうつむきがちに歩く自分の姿に、直巳なおみはしみじみと思っていた。

 直巳の中にる『彼女』の正体は、カイが調べてくるということになった。そして、現在直巳とリクはその目的をさぐるため、直巳の体の追跡ついせきおこなっている。

 と、『直巳』が立ち止まった。


(?どうしたんだ?)


 周囲の生徒たちは気にめなかったようだが、『直巳』は立ち止まったままだ。

 どうしたのか、と目を上げた直巳は、理由が分かった。『直巳』が立ちくす先にトイレがあったのだ。直巳の脳内に、嫌な想像が走った。


(止めろ!女子トイレには入るな!いや、だからって男子の方に入られても困るんだが!)


 あせって物陰ものかげから飛び出そうとした直巳の肩を、リクがつかんだ。振り返った直巳を視線でせいし、無理矢理むりやり物陰に押しんだ。

 その間に『直巳』は、ゆっくりと入って行った。


(ああああ~!!)


 しばらくして、直巳の体は出てきた。しかし、直巳自身はその姿を見ることができなかった。顔を赤くしている直巳と違い、『直巳』は平然へいぜんとした顔で、いや、さらに暗い顔で廊下を進んでいる。


「・・ああ・・・」

「どうしたんだよ?」

「・・・別に」


 体と同じくらい暗い顔をする直巳。そんな直巳に首をかしげつつも、追跡を続ける。

 しかし、『直巳』は特に何かをするわけでもなく、直巳自身の席に大人しく座るだけだ。そのまま授業を受け、休み時間は次の授業の準備をして過ごす。その繰り返しである。




************



「直、どうかしたのか?」


 昼休み、『直巳』に声をかける者が居た。

 やや色素しきその薄いかみ温和おんわな印象を与えるれ目。制服を、校則にかからない程度に着崩きくずしたち。今は心配そうな表情を浮かべているが、その顔はおだやかな作りをしている。


 彼は、比嘉辰弥ひがたつや。直巳のクラスメイトで、仲の良い友達でもある。そんな彼の目から見て、今日の織谷おりや直巳はいつもと全然違っていた。

 元々直巳は物静かな方ではあったが、今の『直巳』は静かすぎた。何か悩みがあるのか、そう思い辰弥は声をかけたのだった。


「別に、何もない」

「何もないって・・。まあお前がそう言うなら、良いんだけどな」

「・・・・」


 俯いて目を合わさない『直巳』に、辰弥はひそかに溜息ためいきいた。


(なんか、言えないことでもあるのか・・?)


 水臭みずくさい。そう思いもしたが、無理にき出すつもりはないようだ。なるべく明るい顔をして、『直巳』の前の席に座る。

 それはよくある行動だったのだが、何故なぜか『直巳』はびくりと体をふるわせた。

 何処どこおびえたような反応を示す『直巳』に、不審感ふしんかんつのる辰弥。しばらく沈黙ちんもくが流れた。


「・・なあ」

「・・!」


 『直巳』の体が強張こわばる。それを見て辰弥は、出そうとした話題を引っ込めた。

 再び流れた沈黙に、気まずい思いが込み上げてくる。


「・・・えっと、あっ、メシ!メシにしよう!」


 手にしたコンビニの袋を机の上に乱暴らんぼうに置く。その動きでもびくつく『直巳』をあえて見ないようにして、袋の中から弁当を取りだした。


「今日は、気分を変えて弁当にしてみたんだ。でも、これ一個で結構けっこう金がかかるんだよな。それなのに、腹いっぱいにはならない。同じ金出してパンを買ったら、それだけで腹いっぱいになる量買えるのに。そう考えると、金がもったいないと思わないか?」

「・・・・・」


 気まずい雰囲気ふんいきをどうにかしようとして、辰弥はひとしゃべり続ける。

 話題が食事の話からテレビ番組の話になっても、まだ『直巳』は一言も喋らない。かばんから出した弁当を食べるだけだ。顔を上げさえしない。

 一通ひととおり話して、それでも何も言わない『直巳』に、内心溜息を吐きだした。


(やっぱ、なんかおかしいよな。あれかな?事故にったから、かな。でも、車にかれたわりに奇跡的に軽傷で済んだって話しだし・・。今も、普通に学校来てるし)


 無言で弁当を突きつつ、目の前の友達を観察してみる。動きが悪い所はない。いたって普通である。

 話しかけてから一度も顔を上げないこと以外は。


(それに、事故の話だって、直本人からは何も聞いてないってのがな・・・)


 彼の事故は家族から電話で、学校では担任から、聞かされてはいた。しかし、辰弥は直巳本人から何も聞いていないことが、気になっていた。

 まるで事故になど遭っていないかのような生活態度である。静かすぎる、という点をのぞけば事故前と大きく変わったところは見られない。それがおかしいのだが。


(訊いてみるか)


「なあ、直。お前、事故に遭ったんだよな?その、大丈夫なのか?」

「・・・大丈夫」

「そっか・・・・」


 会話が途切れる。咀嚼そしゃくする音だけが、続く。

 辰弥は、何度目かの溜息を小さく吐きだした。




**********



「ああ、辰弥に心配掛けてる。・・てか、ちょっとは話を合わせろよ」

「耳元でぼそぼそ言うなっ。気持ち悪い!」


 教室の後方。扉の陰に隠れて、リクと直巳は監視かんしを続けていた。

 話が途切とぎれがちな2人の様子をながめている。


「ていうかさ。俺の体、本当に大丈夫なのかよ?」

「はあ?どういう意味だよ?」


 目は2人から話さずに、会話をする。

 はたから見るとあやしすぎるが、彼らの姿は誰にも見えていない。彼らのひそむ扉を何人もの生徒が、何も見なかったかのように通る。最初は、それに違和感を覚えていた直巳だったが、やがて気にしなくなっていた。


「事故に遭ったのは事実だろ?本当に今、学校なんて行ってて大丈夫なのかよ?怪我けがとか」

「大丈夫だ。・・・ヤバそうなのは消しといたし」


 それは、おりしも辰弥が発した疑問と同じだった。教室前方にいる2人の会話が聞こえたわけではないが。そんな今更いまさらな質問に、ぼそりとリクが言う。が、最後の言葉を聞き逃した直巳は「そうか、なら良いか」と返した。

 聞こえていなかったことに胸をで下ろし、教室の中を改めて見回す。


「もう少し近寄りたいところだな。こっからじゃ、会話の中身までは分からねぇし」

「じゃあ、隣まで行こうぜ。どうせ俺たち、見えないんだろ?」


 もっともなことを言ったつもりが、リクはあきれた顔を見せた。


「な、何だよ?見えないんだろ?」

「そうだな。ほとんどの人間には見えないだろうな」

「ほんとんどのってことは、見えるやつもいるってことか?」

「そうだ。で、あれもれいだ。お前の体に入っているってこともあるし、見えるだろうな」


 言われて、直巳は自分の体を改めて見つめる。

 俯いて弁当箱だけを見ている『直巳』は、普通の人間に見える。


「見つかったら、マズイよな?」

「マズイだろうな。何のためにお前の体に入り込んだのか、分からないからな。できるだけ刺激しげきしない方が良い」


 うなづいて、視線を中に戻す。

 教室内の2人は食事が終わり、気まずい沈黙を作り出していた。会話は聞こえない距離だったが、例え近くに居てもろくな話は聞けなかっただろう。


 やがて、辰弥は『直巳』から離れて、自分の席に戻って行った。

 残された『直巳』は、変わらず俯いていた。でも、った辰弥の後を少しだけ、目で追っていた。


「うーん・・、やっぱり分からないな」

「何が、って訊く方がおかしいか」

「ああ。あいつは、一体何の目的があって、お前の体に入っているんだろうな」

「さあ、そんなの分からないって。でも、何か目的があったから俺の体を・・乗っ取ったんだよな?」

「乗っ取ったってのは、ちょっと違うかもな。それにしては、目的に対する執着しゅうちゃくって言うか、そもそも目的自体が見えないって言うか・・。どうも、ちぐはぐな感じがするんだよな」


 腕を組み、考えるリク。直巳も考えてみるが、答えは出なかった。




*********



 直巳の体に入った霊について調べるために、別行動を取ることになったカイは、死神たちの本拠地ほんきょちに戻っていた。

 あの世とこの世の狭間はざま。そこに死神たちの働く建物があった。

 カイはその建物の書庫、死んだ者たちの調書ちょうしょをまとめたたなの間を歩いていた。


(あの霊がまだあそこに居るってことは、回収されていないたましいの中に名前があるはず)


 名前さえ分かれば、その名前から『彼女』のことを検索けんさくすることが可能となる。

 棚に並んだファイルを次々と引き出し、『彼女』を探す。

 回収されていない魂は、実は意外に多い。理由は様々だが、直巳のように自分の意思であの世へ行ってしまったり、悪霊あくりょうとなり回収不可になってしまったりしてしまうからである。

 そのため、カイの作業はなかなか前に進まない。


 しかし、『彼女』を探す上で他に手掛かりがあった。それは、彼女が現代の文化に馴染なじんでいることである。

 日本の歴史から考えて、戦前の者では文化の違いに戸惑とまどうはずである。それを考えると、彼女は戦後、それも学校に通うことによくれた時代の人間であることが分かる。

 そういった時代背景を考慮こうりょに入れて探していた。が、


「・・・ないな」


 手にしたファイルを棚に戻し、今まで見てきた棚を眺める。見逃しはない。そう言える自信があったカイは、前提ぜんてい条件が間違っていたのかと思った。

 そこで、戦前に当たる時代を探し始めたが、何かが頭に引っ掛かった。


(『彼女』は戦後の人間だ。これは、多分たぶん間違いない・・はずなんだけど)


 それを前提に考えると、見つからなかった説明が付けられない。

 膨大ぼうだいな量をほこるファイルを前に、途方とほうれていた。そこに通りがかったのは、あでやかなちょうう黒い着物を着た女性だった。


「あら、見習いの坊やじゃないか。どうしたんだい?」

「あ、こんにちは」


 慌てて頭を下げるカイ。女性は死神だった。もちろん見習いではなく、正式に、魂をあつかうことが許可されている。

 女性が、周囲を見回した。果ての見えない書庫は、所々にともされたあかり以外はやみに包まれている。


「あのうるさい方の坊やは、一緒じゃないのかい?」

「リクですか?はい、今は別行動中で・・」

「ふうん・・・。あんたたち、今は試験中だろ?こんなところで何やってんだい?」

「調べものです。ちょっと、問題がありまして」


 視線がするどくなった女性に、無害な笑みを返すカイ。すような視線にも、動じた様子が見えない。

 しばらくそうやって向かい合っていたが、女性が一つ、息を吐き出した。


「まあ、良いさね。試験には介入かいにゅうしないのが決まりだからね。気張きばりなよ」

「はい、ありがとうございます」

「じゃあね」

「あっ、ちょっと待ってください!ちょっと、訊きたいことがあるんですけど」


 立ち去りかけた女性を呼び止める。呼ばれた女性は、特におどろきもせずにカイに向き直った。


「何だい?」

此処ここの資料は、これだけですか?」


 此処、と示された棚は「魂未回収」の文字が書かれていた。それを目にした女性は、少しだけ目を細めてカイを見た。視線で、どういうことかとたずねている。しかし、カイはそれには気付いていない風に、女性の返事を待つ。


「・・・あんたたちは、動物専門だろ。此処は人間の魂情報しかないよ」

「・・・・」

「それを知ってて訊いてんなら・・・、これだけさ。個人的に誰か利用してても、この書庫からの持ち出しは禁止されてる。知ってるだろ?」

「はい。でも、この資料では不十分ふじゅうぶんなんです」


 再び、2人の視線が交差こうさする。探るような視線から逃げ出さずに、真っ直ぐ女性を見る。

 先に視線をらしたのは、女性の方だった。


「不十分、ね。それはどうかな」

「どういうことですか?」

「さてね・・。どういうことだろうね。でも、此処の不備ふびうたがうよりも、自分の考えを疑った方が良いんじゃないのかい?」

「・・・それは、どういう・・」

「自分で考えなよ。言えることはただ一つ。あんたたちは、まだ未熟みじゅくな見習いだってことだけ」


 それだけ言って、女性は静かにその場を去って行った。

 1人に戻ったカイは、今まで調べていた棚を見ていた。しかし頭の中では、先程言われた言葉がめぐっていた。

 ゆっくりと、何度も言われた言葉を反芻はんすうする。


「・・・自分の考えを、疑う・・。・・・まだ、未熟・・・?」


(・・!そうか!)


 思いついたカイは、走り出した。

 棚にられた「書庫内は走らない」の紙を尻目しりめに、目的の棚までける。

 棚の間を通り、今までの何倍もの速さでファイルを見ていく。しばらくして、彼の手が止まった。


「見つけた・・!」


 やがて、死神の本拠地からカイが出てきた。彼は、目的をたっしたのである。




*********



 書庫とは別の一室に、先程カイと会った女性が居た。彼女と机をはさんで向かい側に、ダークグレーのスーツを身にまとった眼鏡めがねの男性が座っている。


「さっき書庫で、見習いの坊やに会ったよ」

「ああ、帰って来たらしいな。報告は受けてる」

「でもまだ、試験は終わってないんだろ?」

「終わってない。が、試験中に帰って来てはいけない、という決まりはない」


 机の上に組んだ指を乗せて、彼は女性の話を聞いていた。室内には、他に誰もいない。それなのに、女性は男の方を見ずに話していた。


「確かにそうだけどさ。様子が変だった、ていうか・・、何かかくしてるみたいだったよ」

「そうだろうな」

「・・・何か、知ってるのかい?」

「知っているも何も、今回の試験は私の監督下かんとくかにて行われている。各所から報告が届いている」


 無表情を崩さず、淡々と返す。

 眼鏡の奥の視線が、遠くを見るように細められた。


「しかし、いまだ試験は続行中だ」

「でも、何か失敗してそうだけどね」

「それでも、まだ終わってはいない」


 そこで会話は途切れ、別れの言葉もなく女性は部屋を出て行った。

 去っていく足音を聞きながら、男はただ黙っていた。




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