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死神と一緒  作者: 雲雀 あお
死神見習いと再試験
12/12

大変遅くなりました。


「だー、もうやってらんねぇ!」


 死神の装束に身を包んだリクが、怒りの声を上げた。もう何個目かも分からない、変質した魂を処理したすぐ後のことである。

 初めてそれを見つけてから、ほぼ毎日闘いが起こっていた。明らかに異常なその事態に、彼らの上司もなにがしかの措置は取っているらしい。が、今のところ、リクとカイの苦労は続いている。


「・・・とにかく、捜すしか終わる方法がない。行くぞ」

「ちっ・・、分かってるよ」


 身をひるがえすカイを追う。何度も捜した場所でも、丹念に調べていく。目指す場所はなかったが、2人の足は自然と見知った通学路を辿り始めていた。家屋の上を飛ぶように過ぎていく。

 予兆があったわけではない。しかし2人は同じような予感を感じ取っていた。お互い何も話さないまま、学校へと向かって行った。




******************




 男は眼鏡を押し上げ、黙々と書類を片付けていく。リクとカイの上司である。机の上には、処理済みの書類と手付かずのものとが山を作っていた。

 大量の仕事を無言でこなす彼の部屋には、滅多に人は来ない。が、その時は違った。彼の部屋に一人の女がやってきたのだ。妖艶ようえん美貌びぼうを持つ彼女は、男の目の前に立った。


「あの子たち、結構頑張っているみたいね」

「・・・・まだまだだ」

「厳しいわね、相変わらず。でも半人前にしてはよくやっている方じゃない?」

「だから、まだまだだと言っている。これが一人前と認められている者なら、もう一度修行し直せと言っているところだ」


 資料から視線も上げず、当たり前のことのように言う。そんな男に、苦笑いを向ける女。そこで初めて男の方から彼女に声をかけた。


「今日は機嫌が良いのだな」

「あら、分かる?」

「分からないわけがないだろう。お前は私を見ないことがデフォルトだと思っていたのだが?」

「その通りよ。私、貴方のこと嫌いだから。・・・間違えたわ。大嫌いなのだから。だから、極力視界にだって入れたくないの。でも今は別。私、あの子たちが頑張っていて、嬉しいみたい」


 笑う女性は本当に嬉しそうである。対する男は表情を崩さず、新たな書類の山に手を伸ばしていた。そんな男に冷めた視線をやって、女性は再び口を開いた。


「私、貴方に言うことがあって来たのよ」

「何だ?」

「無茶はさせないでね」


 それだけ言って、返事も待たずに出て行く。彼女が出て行ってからしばらくして、室内にため息が吐かれた。


「そんなことは、分かっている」


 その言葉を聞いた者は誰もいなかった。




************




 記憶を失った少女を連れて、直巳なおみは学校へと戻ってきた。運動部の掛け声を聞きながら校舎を目指す。無言で後をついてくる少女の様子をうかがうも、何か思い出したようには見えない。意味がなかったかと直巳が考えた時、少女が動いた。今までただ後をついて歩いていただけだったのに、急に走り出したのだ。唐突な行動に驚く直巳を振り返ることなく、少女は校舎の裏手へ向かう。



 私立朱野学園裏手には、大きな樹が立っていた。樹齢何百年と噂されるその樹の根本に、ひっそりと小さなほこらがある。何をまつっているのか定かではないそれの前に、少女は立っていた。

 ぼんやりと、ではない。真っ直ぐに祠を見ている。直巳は、少女の様子がおかしいことに気付いていた

だが、そのまま見守っていても仕方がないと思っているのか、一歩前へ踏み出した。


「なあ・・・」

「私の記憶は曖昧あいまいで」


 声を掛けてきた直巳を無視する形で少女が口を開いた。その口調は、今までとはまるで違った。祠から目を逸らさないその表情に変化はない。だが、まとう雰囲気は全く違っていた。清浄な空気が場を支配する。


「忘れてはいけないことまで見失ってしまう」


 ふと、無機質な瞳が直巳を映す。思わず背筋を伸ばした直巳に構わず、少女は続けた。


いたずらにさ迷う者を狂わせ、私は何をしていたのだろうか。・・・私と似た匂いのそなたに、私は何を期待していたのだろうか」


 少女の声は決して大きくないのに、その音は広く空気を震わせる。大木の葉が擦れ、ざわざわと鳴る。

 直巳は少女から目が離せなかった。少女が何者なのか、何を言っているのか、全く分からなかった。しかし彼女が自分に何かを期待していたことだけは、分かった。そしてその期待に、沿えなかったこともまた理解出来てしまった。

 何か言うべきだと口を開いた直巳に、少女は顔を向けた。その表情は、何かを諦めたかのような笑みだった。


「そなたと私は違った。それに気付かなかった私は・・・」


 少女の足下から、黒い煙のようなものが立ち上る。それはあっという間に少女を覆い、直巳の目の前に黒い塊を作り出す。唖然あぜんとする直巳は、知らなかった。それが夜な夜な、リクとカイを苦しめていたモノと同じであることを。

 知らないが、彼の本能が危険を訴える。ほとんど何も考えないままに、直巳は横っ飛びに体を投げ出した。その横を黒い塊が落ちる。先ほどまで直巳が居たところにめり込むそれは、まるで巨大な手のようである。

 嫌な雰囲気を感じ取り、直巳は逃げることを考えていた。少女の姿は最早もはや何処にも見えない。目の前の塊がうごめく。直巳を標的と定めているのか、塊は直巳に近寄ろうと動き始めた。


「・・・っ!」


 視線を外せぬまま、再び後ろへ飛び退く。遅れて塊が地面を打つ。直巳自身の戸惑いは消えていないが、そんなことは相手には関係ない。間を置かず、黒い腕のようなものが持ち上がる。振り上げられ、降り下ろされるそれを必死で避ける。これが他の人間に見えていないことが信じられなかった。

 校庭からは、運動部の声が確かに聞こえているのだ。地面をえぐる音すらも、彼らには届いていないことになる。だが、見えないから、聞こえないから、彼らに影響がないとも限らない。


 直巳はそのことが気になり、校庭の方へは逃げず、校舎を回り込むように走った。

 今は使われていない裏門。それが自分の学園にあることを、直巳は知っていた。そしてそれが、頑張れば乗り越えられないものだということも。

 攻撃を避けながら、そのような芸当が出来るかどうかは分からないが、直巳はもうその裏門を視界に収めていた。

 直巳の頭の上を、黒い丸太のような腕が通る。巻き起こる風に体勢を崩しながらも、足は止めない。


(後、少し・・!)


 必死に足を動かし、そこを目指す。

 黒い塊に知能はないのか、直巳の一直線な動きを阻害する様子はない。ただただ、腕のように伸ばした触手を振り回していた。

 ようやく裏門に辿り着いた直巳は、息を整える暇もなく、飛びつく。

 上部に手を掛け、一気に体を引き上げようと力を込めた。


「!!」


 どしんっと重い振動が地面を震わす。実際に地面が揺れたのか、それとも直巳自身が驚いてしまったからか、門に掛けられた手が離れてしまう。

 慌ててもう一度飛び上がる直巳の体を、触手が容赦なくいだ。


「ごふっ!」


 肺の中の空気が一気に出る。まともに食らった直巳は、すぐには起き上がれないほどのダメージを受けてしまった。

 地面を転がる直巳に、更に追撃が放たれた。避ける術もなく、直巳は衝撃に耐えるため歯を食いしばった。

 が、予想していた衝撃は来なかった。


「・・・・?」


 恐る恐る顔を上げると、目の前に誰か立っているのが目に入った。更に顔を上げ、その人物を確認する。

 風もないのにはためく衣。全身を黒で覆われたその人物の背には、鞘のみがぶら下がっている。その中身は、彼の手に握られていた。

 黒い触手が、振り上げられる。間髪入れずに振り下ろされたそれを、手にした刀で受け止めたのは、リクだった。


「っ!こんのぉ!!」


 渾身の力で押し返し、返す刀で斬り付ける。さくりと斬り落とした触手には目もくれず、リクは攻撃に転じた。

 目にも止まらぬ速さで突きを繰り出し、空いた空間に身を滑り込ませる。更に切り開くように刀を振るうリクの背を、直巳は呆然と見ていた。

 処理できない状況に、思考が停止してしまったようだ。そんな直巳に、カイが声を掛けた。


「大丈夫か?」

「あ、ああ・・・」

「退がって。此処は危ないから」


 言われるがままカイの後ろへと退いた直巳は、改めて黒い塊を見つめた。さっきまでは、確かに少女の姿をしていたそれが、何故そうなったのか。それが酷く気になった。

 しかし、今はそんなことを言っていられる状況ではないことも理解していた。

 原因はさておき、この凶悪な『ナニか』を止めなけらばならない。同じことを、リクとカイも考えていた。


 何がどうしてこうなったのか。考えることを後回しにして、リクは刀を振るい続ける。だがその攻撃は、全くと言って良いほど効いていない。

 夜な夜な戦ったモノ達と同じである。むしろ、それらよりも2周りは大きいこれには、焼け石に水といった風だった。

 かろうじて触手は斬れるが、本体と呼べそうな塊にはまだ一太刀も入れられていない。

 ちらりと後ろを見たリクに、カイは頷きを返した。これまでと同じように、カイの銃弾で終着しようと思ったのだ。

 邪魔な触手を斬り払いつつ、カイが決定打を撃てるような隙を作ろうと窺う。

 カイが愛用の銃を取り出す。弾倉に赤い弾丸を装填そうてんする。夜毎よごとの戦いで消費したそれは、今や数えるほどしかない。

 失敗は出来ないと、カイは意識を集中した。


 黒い塊にも、弱点と言えるところがある。それを知ったのは、黒い塊と初めて戦った次の晩のことだ。カイの撃った弾丸が、塊の中心部に当たった時、塊は突然動きを止めた。そのまま痙攣けいれんするように体を震わせ、そして消滅した。それが弱点だと確証したのは、同じように一発の弾丸で消える塊が現れたからだ。

 知った当初は喜んだが、簡単に弱点を突けるわけでもないことを知るのも早かった。それでも狙わないよりも狙った方が良い。そう考えて、2人は狙い続けた。

 リクが引き付けつつ隙を作り、カイがそこを突く。分けられた役割は、今のところ問題なく働いていた。


 今回も同じように己の役割に従事する2人。そこへ直巳が割って入った。

 混乱は続いていたが、直巳は戦う彼らを見て少女のことを思った。2人が戦っているのは、元はあの少女だ。彼らに任せればあの塊を倒すことは出来るだろう。しかしそうなった時、あの少女はどうなるのだ?

 そのことが直巳に行動を起こさせた。


「おいっ、ちょっと待ってくれ!」

「?待ってって、無理だよ。あれが他の人間に手を出す前に決着を着けないと」

「それはそうだけど・・。あいつ、あれでも女の子なんだよ。名前も知らないけど、悪い奴じゃないし・・!」

「それは関係ないよ。こうなった原因は・・、まだ分からないけど、でもこうなってしまったら、止めるためにも攻撃するしかない」

「でも・・!」

「・・大丈夫だ」


 カイと直巳の口論が聞こえたのか、刀を構えたままのリクが声を上げた。

 そちらへ目をやった直巳には一瞥いちべつもくれず、伸ばされた触手を斬り裂き、リクは口を開いた。


「死神は、殺すために居るんじゃない。死した者を、正しき道へ導くために、居るんだ」

「正しき道へ、導く・・?」

「そうだ。だから、心配すんな!こいつも俺達がちゃんと導く!」


 大きく刀を振って、一気に何本も触手を斬り捨てる。迷いのないその姿に、直巳はようやく落ち着きを取り戻そうとしていた。

 言われずとも、直巳は彼らが非道なことをするとは思っていなかった。信じていた。


「・・・頼んだぞ」

「おう、任せろ!・・カイ!」

「うん!」


 リクが肉薄する。蠢く触手を斬り、余計な塊を裂く。怒涛どとうの勢いで為されたそこに、隙が生まれた。

 一直線に、露わになった中心部へと、カイは銃を向けた。乾いた音が鳴る。放たれた銃弾は、狙い通りの場所へと撃ち込まれた。

 びくりと塊が動きを止める。

 息を止めて見守る中、それは徐々に痙攣するように蠢き、そして・・・。


「き、消えた?」

「そうだな」


 先程まであった見上げるほど大きな塊は、すっかり無くなっていた。


「・・!あの子は!?」

「おかしいな。魂が、ない?」


 消えた塊の核となっていた魂は、必ず回収できるはずだった。少なくとも、今まではそうであった。だからこそ、不安になっていた直巳にあれほどしっかりと「大丈夫」と言えたのだ。

 しかし本来あるはずの魂が、見当たらない。困惑する3人は、辺りを見渡した。


 しばらくは何もなかった。が、直巳が不安に思い始めた頃、変化は起こった。

 祠を携えた大木が、光り始めたのだ。

 強い光ではない。しかし確かに光るその大木に、3人は引き寄せられるように近付いて行った。間近で見上げたそのひかりは、やがて一つに纏まっていく。

 そしてその光の中から、少女が姿を現した。いや、その光そのものが少女となったかのようだった。

 姿を現した少女が、ゆっくりと目を開ける。大木の光はすっかり消えていた。


「こ、これは・・」

「まさか、神があのような姿になっていたとは・・」


 カイの呟きに、直巳はまたしても混乱し始めてしまった。


(カミ?カミって、あの神か?どういうことだ・・・)


 頭を悩ませる直巳と違い、リクとカイは当然のような態度で、少女と会話を始めた。少女も少女で、直巳には全く意識を向けず、淡々と返事をしている。

 少しの間放置された直巳は、その会話を聞いて、なんとか気持ちの整理を付けた。つまり、少女は神である、ということを受け入れたのである。


「ようやく完全に目覚めたわ。苦労を掛けたな、死神よ」

「いいえ。貴方は、この大樹の神ですか?」

「うむ。とは言え、もう長いこと信仰されていなかったからな。すっかり神力も落ちてしまった」

「だからですか?貴方ほどの神があのようなことになったのは」

「それもある。が、それだけではない」


 つ、と直巳に視線を向ける少女。つられるように、リクとカイも直巳を見た。

 直巳は、呆然と彼らを見つめ返すだけだった。


「起こる現象には、常に原因があるもの。確かにああなったのは、私の力が落ちていたことによる暴走だった。でも、我を・・記憶を失い、彷徨さまよったのは彼のせい。彼の血に宿りし力が、私を惑わしたのだ」

「じゃあ、やはり・・」

「うむ。あの者には、神の血が混ざっているのよ」


 目の前で展開される会話を、直巳はただただ聴いているだけだった。




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