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直巳が授業に出ている頃。リクとカイは街中を歩いていた。制服を着ていると何かと目立つので、彼らは私服に着替えていた。と言っても、カイはともかくリクは、その身長故着替えても学生にしか見えない。
本人はそのことを気にしているので頑なに認めようとしないが、どう見ても学生である。例えその中身は違ったとしても。
「・・・やっぱり駅前は拙いんじゃないかな」
「何でだよ?亡者は生者に惹かれるもの。それは例え、知能の低い動物でも同じことだ・・って習っただろ。此処は人通りが絶えないし、ちょうど良いじゃねぇか」
「それはその通りなんだけど・・・。そうじゃなくて・・」
リクを刺激しない、的確な言葉を探す。が、リクは聞く気がないらしい。さっさと歩き出してしまう。仕方なく追いかけたカイは、さり気なく駅前の交番へと目を向けた。
人間社会では、この「警官」と「法律」に注意しなければならないと教わったからである。カイ自身は他にも気にするべきことはあると思っているが、同時に、仮の生活であるから深く知る必要はないとも考えていた。
幸い、警官は出てこなかった。気付いていないのか、気付いているが面倒に思っているのかは分からない。しかし、カイにとっては理由など関係ない。交番から、辺りを注意深く窺うリクに目を戻す。
今回2人が捜しているのは、猫の魂である。事故により予期せぬ終わりを迎えたその猫は、未だにこの辺りを彷徨っているらしい。その魂が穢れて悪霊となる前に、あの世へと連れて行かなければならない。
事故で死んだと言う部分に、先の失敗を思い出さざる負えない2人にとっては、真剣になるしかない。もちろんわかった上でのこの指令、なのだろう。
彼らの上司は、日常的にこのような嫌がらせじみたことを命じてくるのだ。やらねばならぬことに違いはないのだが、当人が避けたがっている事柄をあえて含みたがる。無表情なのに何処か活き活きとした上司を思い浮かべて、どちらからともなく溜息を吐く。
「・・・とにかく、早く終わらそうぜ。こんなので時間かかってたらまたあの人になんか言われちまう」
「そうだな。急ごう」
**********
逃げ回る黒猫を捕まえた時には、空は夕焼け色に染まっていた。そのまま猫の魂を送り届け、帰路に着く。
リクとカイが人間の世界で生活を送るためのマンション。そこへ帰ってきた2人は、一通の手紙が届いていることに気が付いた。
「なんだ?ダイレクトメールって奴か?」
「いや・・・、これは指令書だよ」
「って、さっき行った時に渡してくれりゃあ良かったものを・・・」
「あの人はそういう人だろ。確認するぞ」
カイが開いた書類を、リクが覗き見る。その顔は、読み進めるうちに渋面になっていく。同じように文面に目を走らせていたカイも、困った様な顔をしていた。
しばらくお互いに黙ったまま、書類を見つめる。
「・・・面倒くさいことになったな」
呟いたのはリクだったが、似たことをカイも思っていた。特に何事もなく終わるはずだった1日が、これによって波乱の1日となる。そんな予感を2人は抱いた。しかし、指令を無視するわけにはいかない。
彼らは再び外へと出た。場所は、猫を捜すため訪れた駅前。
車が行き交う道を睥睨する。彼らは今、本来の姿をしていた。普通の人間には見えない姿で、駅前を歩く人々を観察する。
「また捜し物、か・・・」
白けた様子のリクをちらりと見て、人間たちに向き直る。
今回の指令は、猫探しなど足元にも及ばない重要なものだった。期限付きということもあり、一分一秒すら惜しかった。リクも、口では文句を言っているが、目は人間たちを油断なく見ている。
彼らが捜すのは、人間ではない。人間に紛れた、とある存在。それを見つけ、然るべき場所へと戻すことが、指令の内容である。
家路を行く人々。それをしばらく見ていたが、捜しものは見つからない。
場所を変えるべく動いた2人を見た者がいた。
「まだ仕事してるのかよ・・・」
直巳である。
部活の帰りにふと見上げた空を走る黒い影。目を凝らした直巳は、既に見慣れてしまった2人を見つけたのである。しばらく、2人が消えた空を眺めていたが、溜息を一つ吐いて歩き出す。と、目の前の暗がりに動く何かを見つけた。
無意識に硬直する直巳。ゆっくりと近付いてきているそれを、凝視する。少ない光を頼りに見たそれは、スーツ姿の男性だった。仕事帰りの会社員だろうか。
姿がはっきりとしているし、幽霊ではない。直巳はそう判断して、詰めていた息を吐きだした。しかしすぐに、男の様子がおかしいことに気が付いた。
男はこちらに向かって歩いてきている。家へ帰るつもりなら、逆の住宅街の方へ行くはずだ。更に、道の真ん中で立っている直巳に気が付かないはずがないのに、その男はまるで直巳のことなど見えていないように進んでいるのだ。歩き方自体も、ふらふらとしていて安定していない。
体調でも悪いのかもしれない。そう思った直巳は、自分から男に向かって歩き出した。
「!?消えた・・?」
先程までは確かにそこに居た男が、忽然と消えてしまった。男の立っていた場所まで駆けつけた直巳は、きょろきょろと辺りを見回してみる。そこは住居と住居の間であり、横道など存在していない。それは知っていたが、確認せずには居られなかったのだ。
男の居た痕跡すら見つけられなかった直巳は、小さく息を吐きだした。
(またか・・・)
見えざるものが見えるようになってから、たまにこういうことがあった。見えていたものが突然消えて、挙動不審な言動をしてしまったのは、一度や二度ではない。それでも、席ほどの男は今まで見た中でも特にリアルだった。普通の人間に見えていたのだ。
直巳にしか見えないそれらは、大概半透明だった。だから直巳は、生きているものとそうでないものを区別する際、まず向こう側が透けていることを確認していた。男の姿ははっきり見えた。だから勘違いしたのだ。
(でも思えば、リクやカイも透けていなかったな)
死神である彼らは、物質を透過することも出来るがその姿自体ははっきりと見えていた。生きているものとの見分け方を考え直していた直巳は、振り返らずに歩き出した。そんな直巳の後ろ・・・、男が立ち、直巳が見回した位置に黒い影が立ち昇る。
気付かずに去る直巳の後ろで、その影は徐々に形を変えていた。
***********
直巳が再び家路に着いたその時、リクは学校に居た。捜しもののために訪れたのだが、見つけるには至らなかった。それでも、彼は自身の通う教室の中へと入って行った。
直巳の席を前に、厳しい目を周りに走らす。そうして、しばらくの間辺りを窺い、異常なしと判断してその場を後にした。そして、直巳が登下校する際に通る道筋を辿っていく。時々立ち止まっては、周囲を確認している。
やがて、直巳が男を見た場所まで辿り着く。そこでリクの足は止まった。油断なく警戒しながら、背負った刀を握る。
少しの時間が長く感じる。闇と同化していた影が、ざわりと揺らめく。
「ちっ!」
突き刺す様に伸ばされた影の先端を、素早く斬り刻む。蠢いているのは、前方の闇全てだ。
見渡す限り真っ暗になった道で、リクが刀を振るう。そのたびに影は斬り裂かれ、蠢く。が、斬られた部位はすぐに再生してしまう。触手のように伸びたそれに痛覚などないのか、斬られて蠢きはするが再生してはすぐに伸ばしてくる。
一向に減らない影の触手を相手に、リクは捕まらないようにするので精一杯だった。
斬っても斬っても消えない影を相手に、諦めることなく刀を振り続ける。
ふいに、重い銃声が響いた。撃ったのは、立った今着いたばかりのカイだった。
「遅ぇよ!」
「ごめん。これを取りに言ってたんだ」
そう言って取りだしたのは、赤い弾丸である。それを、手にした銃に装填する。影に向かってその弾丸を撃ち込む。銃声が、影に支配された空間を震わせる。と、弾丸を撃ち込まれた影が大きく変化した。撃たれた個所を中心に、凹んだように歪んだのだ。そして、再生する気配がない。
「何なんだ、それ?」
「これ?神力が籠った弾だよ。わざわざ先生・・いや、部長に作ってもらったんだ」
未だ死神見習いである2人には、神力と呼ばれる神々の力は使えない。だから彼らには、神力を使わずにできる仕事しか回されない。万が一に、神力が必要な事態に陥ったら、即上司に報告することが義務付けられている。しかし今回の依頼においては、迅速な対応が求められていた。そのため、カイにはもしもの時のために、神力が籠められた弾丸が与えらたのである。
その神力が籠る特別な弾丸を、カイは惜しげもなく使っていく。強い力によって、影は撃ち込まれるたびに小さくなっていく。もちろん影からの反撃はあった。銃を撃つカイを狙って触手を伸ばす。しかしそれらは全て、リクによって斬り刻まれ、届かなかった。
決定打を与えられないリクだが、防ぐくらいはできる。攻撃はカイに任せて、リクは防御に専念したのだ。そうすること数分、影はなくなっていた。代わりに、影の中心部から白い球が現れた。
宙に浮かぶそれを前に、リクとカイは顔を見合わせた。
「・・・この忙しい時に・・、面倒くさいことこの上ないな」
「仕方ないだろ。とにかく、報告しよう。人間の魂は俺たちの管轄外だからね」
「そっちは任せた。俺はあいつの様子見てから、捜索に戻る」
「分かった。俺もこの魂の引き渡しがすんだら、合流するよ」
お互いの予定を確認して、それぞれのやるべきことのため、動き出す。
そうして2人は夜明けまで捜索を続けた。しかし、手掛かりすら見付けられないまま、マンションへと帰ることになった。