表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

婚活プロフィールに“若手実業家”と書かれていた僕、訂正するたび評価が上がってしまう

作者: 螺旋
掲載日:2026/03/15

 婚活プロフィールの確認画面を開いた僕は、麦茶を吹いた。


「ちょっと待て」


 ノートパソコンの画面には、こう書かれていた。


【職業】地域再生を担う若手実業家

【自己PR】行政経験を生かし、地元産業と人をつなぐ事業を展開中。過疎化の進む地域に新たな流れを生み、年配者からも若者からも厚い信頼を得ている。休日も現場に足を運び、地域の未来のために汗を流す行動派です。


「誰だこれ」


 僕は自室のドアを開けた。


「母さん!」


 階下から、のんきな返事がきた。


「なにー? 悠斗、プリン食べるー?」

「プリンのテンションじゃない! プロフィール見た!?」

「見た見た。ちょっとだけ整えといた」


 ちょっとだけで若手実業家になるなら、日本の実業家はもっと増えている。


 僕、水島悠斗、三十二歳。

 地方都市の市役所勤務。

 独身。

 仕事は好きだが、別に村を救ってはいない。


 担当は地域振興課ではある。

 だが現実の業務は、イベント申請の確認とか、空き店舗の資料整理とか、会議室の予約調整とか、そういう「地域の未来」のだいぶ手前で発生する事務が中心だ。


 なのに今、画面の中の僕は、ほぼ時代を動かしていた。


 台所に降りると、母が平然と果物を切っていた。

 姉の美咲もいた。

 僕の顔を見るなり、姉が言う。


「あ、見た?」

「見たよ! なんで僕が地域再生を担う若手実業家になってるんだよ!」

「それ、私もさっき見て三秒で笑った」

「笑い事じゃない」

「でも言ってること、半分くらい合ってるわよ」

 母が言った。

「悠斗、地域の仕事してるじゃない」

「市役所で」

「人をつないでるじゃない」

「会議の出席者リストを」

「休日も現場行くじゃない」

「地域イベントの手伝いで」

「ほら」

「“ほら”で青年実業家になるか!」


 姉がコップを置いた。


「お母さん、“市役所勤務”ってちゃんと書いてあったところ、消したでしょ」

「だって硬いじゃない」

「硬い柔らかいの問題じゃないんだよ」

「公務員って書くと受け身に見えるのよ」

「受け身で何が悪いんだ。僕は窓口で受け身だよ」


 母は包丁を置いて、まっすぐ僕を見た。


「悠斗。婚活は印象が大事なの」

「印象の範囲を超えてる」

「最初から“会議室の予約もできます”って出したって、誰もときめかないでしょう」

「でも真実だよ!」

「真実は会ってから出せばいいの」


 姉が即座に切った。


「だめだよ。詐欺の初動なんよ」


 その通りだった。

 しかも悪意ゼロだから余計に厄介だった。


     ◇


 翌日、僕は婚活イベントの運営窓口に電話した。


 今回参加するのは、地方の結婚相談所と商工会が共同開催する「地域でがんばる独身男女交流会」という、名前からして妙に意識の高い催しだ。


 電話に出たのは、仲人役の白石さんだった。


「はい、縁結びサポート白石です」

「水島悠斗と申します。提出したプロフィールについて、少し訂正が」

「ああ、水島さん!」

 声が明るい。

「すばらしいですねえ、プロフィール!」

「いや、そこなんですが」

「地域再生を担う若手実業家!」

「そこが違います」

「謙虚!」

「違います」

「現場主義!」

「話を聞いてください」

「大丈夫です、白石、そういう控えめな方たくさん見てきましたから!」


 だめだ。

 経験があるせいで、逆に話が通じない。


「私は市役所職員です」

「はいはい、行政とも連携されてるんですね」

「いや、連携じゃなくて、所属が」

「しかも休日も現場へ」

「地域イベントの雑務で」

「泥くさい努力がまた素敵です」

「泥くさいの意味が変わってません?」


 電話口の向こうで、白石さんは感動したように息をついた。


「水島さんのような方、女性は好きですよ。表に出たがらないんですよね、本当に地域を動かす方って」

「そんな大きい話にしないでください」

「安心してください。当日は白石がうまく紹介しますから」

「いや、それをやめてほしいんです」

「お任せください!」


 任せてはいけない人だった。


     ◇


 会場は、市民交流センターの多目的ホールだった。


 テーブルには白いクロスがかかり、壁には「地域の未来もご縁もつながる一日を」と書かれたポスターが貼ってある。


 未来、つながりすぎだろ。


 受付で名札を受け取った瞬間、僕はまた固まった。


『水島悠斗さん

 地域再生を担う若手実業家』


「肩書きになってる……」


 白石さんが寄ってきた。


「とっても目を引くでしょ?」

「消してください」

「またまた、ご冗談を」

「冗談じゃないんです」

「水島さんは控えめだからなあ」

「控えめじゃなくて訂正です」

「その謙虚さ、女性に刺さります」


 姉の言っていた通りだ。

 この手の誤解は、訂正すると栄養になる。


 会場には十数人の男女が集まっていた。

 僕と同年代くらいが多い。

 普通の会社員風の人もいれば、自営業っぽい人もいる。

 皆、それぞれに少し緊張している。


 その中で僕だけが、始まる前から肩書きでやらかしていた。


 開会のあいさつのあと、白石さんが参加者を一人ずつ紹介し始めた。


 嫌な予感しかしない。


「それでは男性陣からご紹介していきます。まずは――」

 白石さんが僕の名札を見て、声を一段上げた。

「地域再生の現場で活躍される若手実業家、水島悠斗さんです!」


 ざわっ、と空気が動いた。


 やめろ。

 会場をざわつかせるな。


「行政経験も生かしながら、人と地域資源をつなぐお仕事をされていて」

「市役所です」

 僕は小声で言った。

 しかしマイクが強かった。

 白石さんの声のほうがさらに強かった。

「休日も現場に足を運ばれる行動派!」

「イベント設営です」

「地道な努力で信頼を積み上げてこられたそうです!」

「備品運搬です!」


 僕の訂正が全部、補足資料みたいに扱われる。


 前列の女性が目を丸くしている。

 隣の男性参加者までちょっと姿勢を正している。


 なんでだ。

 僕はただ、備品を運んだ公務員だぞ。


     ◇


 最初の一対一トークの相手は、佐伯梨々花さんという女性だった。


 落ち着いた雰囲気の人で、話し方も柔らかい。

 普通なら安心できるタイプだと思う。

 だが今の僕には、その穏やかな視線すら「地域を背負う男を見る目」に感じてしまう。


「水島さん、すごいですね」

「すごくないです」

「でも地域のために活動されてるんですよね」

「市役所の通常業務です」

「それを通常って言えるの、すごいです」


 だめだ。

 この人も白石さんにやられている。


「空き店舗の資料整理とか、イベントの申請確認とか、地味なことばかりで」

「基盤づくりですね」

「違います」

「表には出にくいけど、一番大事な部分」

「評価の角度が優しい」

「そういう方、素敵です」


 素敵判定が早い。

 まだ僕、なにもしていない。


「休日も現場に?」

「地域イベントの手伝いに行くことはありますけど」

「ボランティア精神があるんですね」

「半分仕事です」

「仕事の外まで気にかけてしまうんだ」

「いや、担当だからで」

「責任感がある」


 すごい。

 言うたびに盛られる。


 僕が困っていると、佐伯さんはふっと笑った。


「でも、そういうのって、自分では大したことないって思っちゃいますよね」

「え?」

「本当にやってる人ほど、自分のこと普通って言うから」


 母と白石さんを足して二で割ったようなことを言うな。


 会話終了のベルが鳴った。

 僕はぐったりしていたが、佐伯さんは少し感動した顔だった。


「もっとお話ししたいです」

「ありがとうございます……」

「次は、地域のこと以外も」

「ぜひ、そうしてください」

 本当に。

 次こそ、趣味とか天気の話をしよう。


     ◇


 だが次はもっと悪化した。


 二人目の相手は、自営業の女性だった。

 三人目は商店街の娘さんだった。

 四人目は農家の手伝いをしている人だった。


 全員、地域という単語にやたら食いついた。


「空き店舗の活用って、どんなふうに?」

「資料を作るだけです」

「構想から入るんですね」

「入ってないです」


「年配者からも若者からも信頼って、本当ですか?」

「プロフィールが勝手に言ってるだけです」

「周囲がそう言うってことですよね」


「今後はどんな展開を?」

「特にありません」

「堅実なんですね」


 なんなんだ。

 否定が全部、美徳の方向に折りたたまれていく。


 休憩時間、僕は壁際に逃げた。

 すぐに姉へメッセージを送る。


『だめ。訂正するほど評価が上がる』

『知ってた』

『白石さんが最悪』

『お母さんから“笑顔でね”って来てる』

『スマホ捨てたい』


 そこへ白石さんが来た。


「水島さん、大人気ですよ」

「違う意味でです」

「いえいえ。特に佐伯さん、かなり好感触で」

「誤解ですよ」

「またまた」

「本当に普通の市役所職員なんです」

「普通の方は“空き店舗の資料整理”をそんなに静かに言いません」

「言い方で人を判断しないでください」

「言葉の端々に覚悟がにじんでます」

「疲労です」


 白石さんはメモ帳を見た。


「あと、後半のフリートーク前に、参加者紹介を少し補足しようかと思って」

「やめてください」

「“行政と民間の両視点を持つ実践型の人材”ってどうです?」

「悪化してる!」

「じゃあ“地域課題解決に向き合う次世代リーダー”」

「もっと悪い!」


 白石さんは首をかしげた。


「水島さん、ご自身の価値を低く見積もりすぎでは?」

「事実に戻そうとしてるだけです」

「そこがいい」


 なぜだ。

 なぜ婚活イベントで、自己評価の低さが付加価値になる。


     ◇


 後半のフリートークは立食形式だった。


 この形式が最悪なのは、白石さんが勝手に人をつないで回ることである。


「こちら、水島さん。地域再生を――」

「やめてください」

「担ってはないんですけどねえ、とても謙虚で」

「担ってません」

「若いのに現場主義で」

「備品です」

「地域を見る目があって」

「会議資料です!」


 会場のあちこちで、僕の言葉の断片だけが飛んでいく。


 現場主義。

 行政連携。

 空き店舗。

 地道な基盤づくり。

 若いのに堅実。


 たぶん十分後には、僕は一人で町を立て直したことになっていた。


 実際、なりかけた。


 商工会っぽい男性が話しかけてくる。


「水島さん、今度うちの勉強会でも地域の話を」

「いや無理です」

「またまた。白石さんから聞いてますよ。小さい成功を積み上げてるって」

「積んでません」

「地域って、すぐ結果出ませんもんね」

「そういう話ではなく」

「いやあ、わかる人にはわかる」


 わかる人、わからないでほしい。


 さらに、市の外郭団体にいそうな女性まで来た。


「行政と民間をつなげられる方、貴重なんです」

「つないでません」

「今度、移住定住の企画で」

「やめてください」

「ぜひご意見を」

「ただの職員です」

「現場を知る方の“ただの”は信用できます」


 言葉の逃げ道が全部ふさがっていく。


 そこへ佐伯さんが来た。

 救いの顔に見えた。

 しかし実際は、かなり深く巻き込まれていた。


「水島さん」

「はい」

「さっきから、ずっと“自分は普通です”って言ってますよね」

「はい。本当に」

「そういうところ、好きです」

「え」

「派手に見せないのに、ちゃんとやってる人なんだなって」


 違う。

 派手に見せたのは母だ。


「いや、あの」

「あと、備品運搬の話」

「そこ?」

「私、すごくよかったです」

「よさの発見地点が独特ですね」

「だって、結局そういうことを面倒くさがらない人って、信頼できますから」


 その言い方は、ずるい。

 盛られているのは間違いないのに、そこだけ妙にまともだ。


 僕が返事に困っていると、白石さんがまた割り込んできた。


「お二人、雰囲気いいですねえ!」

「白石さん」

「せっかくなので、お二人とも地域イベントの相性も良さそうですし」

「婚活に相性の種類が増えてる」

「次回は商店街とのコラボ回も考えてて」

「次回って何ですか」

「地域で活躍する方と、地域に関心のある方をつなぐ企画です」

「やめてください」

「水島さん、ゲスト側で」

「絶対やめてください!」


 会場の何人かがこっちを見た。

 白石さんはにこにこしている。

 僕はたぶん、この日いちばんの顔で困っていた。


     ◇


 終盤、ついにマイクで一言ずつ感想を言う流れになった。


 最悪だ。

 こういう場のマイクは、誤解を全体に共有する装置である。


 順番が回ってくる。

 僕は立ち上がった。


「本日はありがとうございました」

 ここまではいい。

「誤解が多々ある状態で参加してしまい」

 会場が少し笑う。

「私は本当に、地域を救ったり事業を展開したりしている人間ではなく」

 白石さんがなぜかうなずく。

「市役所で地道な事務をしている普通の職員です」

 ここは大事だ。

「ですので、もしプロフィールから何か大きなものを想像された方がいらっしゃいましたら」

 僕は一息に言った。

「だいぶ盛られています」


 よし。

 言った。

 会場全体に言った。

 これでようやく修正できる。


 そう思ったのに、最初に拍手したのは白石さんだった。


「すばらしい!」

「なんでですか」

「プロフィールの華やかさに寄りかからず、最後にきちんと足元を語る!」

「違います」

「誠実!」

「だから違います」


 すると商工会の男性も拍手し始めた。


「そうだよなあ、盛られることもあるよなあ」

「大きく見せようとしないの、逆に信頼できる」

「地に足ついてる」


 会場が温かい拍手に包まれる。


 包まれるな。

 正気に戻れ。


 佐伯さんなんて、少しうるんでいた。


「そういう方だと思ってました」

「どこをどう通ったらそうなるんですか」

「ちゃんと訂正する人なんだなって」

「訂正だけは最初からずっとしてます」

「そこも含めて」


 だめだ。

 今日はもう何を言っても、良い意味に翻訳される日らしい。


     ◇


 帰宅すると、母が玄関まで出てきた。


「どうだった?」

「最悪だった」

「えっ、なんで?」

「なんでじゃないよ。最初から最後まで青年実業家として扱われたよ」

「でも感じよく見えたなら」

「感じの問題じゃない」

 靴を脱ぎながら僕は言った。

「しかも後半、自治体コラボみたいな話まで出た」

「すごいじゃない」

「すごくない。事故の規模が大きくなっただけ」


 姉がソファから顔を上げた。


「で、誰かとは話せたの?」

「それは……まあ、佐伯さんって人とは普通に」

「普通に?」

「いや、普通ではないな。備品運搬を褒められた」

「見る目があるね」


 姉は完全に面白がっていた。


 母は少し考えてから、明るい顔になった。


「じゃあ次回は、そこも入れようか」

「何を」

「“派手な実績より現場を大切にする堅実派”って」

「足すな」

「あと、市役所って書くと硬いから、“行政の最前線で調整を担う”にして」

「足すなって言ってるだろ」

「空き店舗の資料整理も、“遊休資産の再評価”って」

「母さん」

「イベント設営は、“住民参加型プロジェクトの実地運営”」

「母さん!」


 母は止まらなかった。

 目がもう次回の被害を見ている。


「あと、もし話が広がるなら、将来性も書いたほうがいいわね」

「広げるな」

「“今後は県外連携も視野に”とか」

「やめろ」

「海外展開中、でもいいかも」

「どこにだよ!」


 姉がテーブルを叩いて笑った。


「市役所職員から急にグローバルになるなよ」

「だって今の時代、視野は広く持たないと」

「婚活プロフィールで国家予算を超えるな」


 僕はその場でしゃがみ込んだ。

 疲れていた。

 でも、たしかに一つだけ収穫はあった気もする。


 スマホを見る。

 佐伯さんからメッセージが来ていた。


『今日はありがとうございました。今度、普通にお茶しませんか? 地域の話じゃなくて大丈夫です』


 僕は少しだけ息をついた。

 救われた気がした。


 その瞬間、母が背後からのぞき込んできた。


「いいじゃない! じゃあ次のプロフィール、“海外展開中だけど普段は気さく”で」

「もう二度と添削頼まないからな」

「えー、まだ“次世代型”も残ってるのに」

本作は制作過程でAIを活用しています。公開にあたり、内容は作者が確認のうえ調整しました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ