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第八話 PMは会食に招待される

「報酬の支払いを、保留させてくれ……?」


俺の問いかけに、アニカは全力で申し訳なさそうな顔をして頷いた。長い睫が目に影を作り、今にも泣きだしそうである。

責め立てるつもりはないが、ただ労働者側として、俺も尋ねないわけにはいかなかった。


「それは、どういう理由で?」

「そうよそうよ、アニカちゃん。給料未払いなんて、労基に訴えるわよ!」


横からちゃちゃを入れるフネを片手で制して、俺はアニカを見つめる。

彼女は俯いたまま、言い辛そうに口を開いた。


「理由は私もよくわかりません。先ほど提出いただいた龍の鱗を出して申請したところ、上からストップがかかってしまって……」


アニカの様子から、本当に理由を聞かされていないのだろう。

(ピット、何か提出物に不備はあったか?)

(オサム様の提出前にレビュー済みですが、不備はありません)


「ふむ……」


俺は腕を組んで、天井を見上げて考え込む。

成果物にミスが見つかるのは、よくある話だ。この世界の勝手もまだ分からないし、ここは大人しく待つしかないか。

俺が一通り逡巡して、諦めたところで声がかかった。


「――これは失礼。我々の事情で、お待たせすることになって申し訳ないね」


受付のさらに奥。アニカの背後の扉が開いて、白髪まじりの初老の男が現れた。

上質な仕立ての服を纏い、柔和な笑みを浮かべた男は、そう言いながら左右にすっと伸びた口髭を摘まむ。


「マスター。いらっしゃったんですか!?」


アニカが振り返って、驚いた声を上げる。

どうやらこの初老の男が、このギルドの支店長らしい。支店長というのが適切な表現かはさておき。


「君たちだね。『古龍の遺跡』を一日で攻略したとかいう、有望な新人は」


柔和な表情を崩さずに、男はアニカを脇に追いやり、俺と対峙した。

値踏みするように、俺を上から下にじろじろと見すえる。瞳は弧を描いているのに、奥底は無機質な硝子のように感情が見えない。


「ふむ。戦闘タイプには見えないが。剣士か?魔法使いか?」

「タイプは分からないが、俺はしがないプロマネだよ」

「……」


分かるはずがないと知りつつ、俺は肩をすくめた。

聞き慣れない単語に、初老の男は少しだけ片方の眉を吊り上げたが、さして気にした様子もなくうなずく。その沈黙は俺を取るに足らない存在として、処理したように映った。

俺としては変に目立ちたくもないので、望ましい反応だったが、それを許さない声は意外なところから上がる。


「ヨシダさんは凄く優秀なんですよ。ギルドの筆記試験は満点でしたし、規約もほぼ暗記されているんです!」


男の背後で控えていたアニカが、俺の素っ気なさに、たまらずといった感じで声を荒げた。

まだいたのかといった風に背後を振り返りながら、男はアニカを睥睨する。

そんな中、彼女はさらに言葉を続けた。


「それに相方のフネさんも、実技試験で体力、魔力ともにギルドの最高スコアを更新されてるんです。彼女にいたっては、能力だけならすでにシルバークラス以上と比較しても遜色ありません!」


まるで自分のことを語るように、大きく胸を張るアニカ。

自分のことを語られ、俺の隣で競うように胸を張るフネ。

都合四つのたわわな果実が跳ねる様を、俺と初老の男は少し呆然と眺めていた。

しばらく時が凍りついたように、沈黙がよぎる。

ごほん――と咳払いをして沈黙を破ったのは、ギルドの支店長だった。


「ん。まぁ、彼らが優秀なのはよくわかったよ、アニカくん」

「ありがとうございます!マスター・モーロック」


アニカは支店長が理解を示したことに、目を輝かせて顔をほころばせた。そこで男は初めて自身の名が呼ばれたことに気付き、俺たちに向き直って慇懃に頭を下げた。


「そういえば挨拶がまだだったね。私はこのアステリスク支部のギルドマスター、モーロックだ。以後お見知りおきを」


うやうやしく頭を下げて挨拶をするモーロックに、俺も反射的に頭を下げた。


「俺はヨシダ・オサム。こっちはアダチ・フネ。呼び方は好きに呼んでくれていい」


挨拶を終え、顔を上げた先のモーロックは、相変わらず柔和な笑みを貼りつかせたままだった。彼は静かに指先を受付の机にはわせて、人差し指で鍵盤を鳴らすように数度叩く仕草を見せる。


「それでは、ヨシダさん。あらためて今回はギルド側の都合になって恐縮だが、報酬は一旦お待ちいただきたい。なにせ、君たちから提出された龍の鱗はかなりの値打ちものであることと、別の冒険者たちが同時進行させていた依頼でもあるので、色々と審査が複雑でね」


穏やかな顔つきと、爬虫類のような眼差し。

俺は妙な居心地の悪さを感じ取っていたが、その正体は掴めない。男が放つ言葉も特にロジックが通っていないわけではなかった。


「……わかりました。後日伺います」


冒険者として登録した俺たちの上司にあたる男に、これ以上食い下がるのも得策ではないだろう。

俺は不満げに口を尖らせるフネの背中を軽く押し、促すように歩き出す。

笑顔を崩さないモーロックと、すがるような視線を向けてくるアニカ。二人の対照的な見送りを受けながら、俺たちはギルドを後にした。




ギルドからの帰り道、散々ぼやくフネを適当になだめ、俺たちは宿屋へと戻ってきた。

ここは限られた路銀でも纏めて払えば何とか連泊させてくれる、見た目はかなりおんぼろ……いかした造りの俺たちの大事な拠点である。

ロビーとは名ばかりの、物が散乱した小部屋を抜け、階段を上がった二階の一室が俺たちの根城だ。

掃除は当然のように行き届いておらず、昨日部屋を出てからそのままの状態のくしゃくしゃのベッドの上に、真っ先にフネがダイブする。


「あーー!疲れた!お腹空いた!」


フネがベッドの上で足をばたつかせるのを尻目に、俺は部屋に備え付けの小さな椅子に腰をかけた。同時に『パーソナル・ターミナル』を起動させ、ピットに話しかける。


「slackの未読で、優先度高いものから順に表示させてくれ」


俺の指示に、膝の上でピットが目を光らせた。

目の前の空中に仮想ディスプレイが表示され、次々に未読グループのコメントが浮かび上がっていく。

俺は優先度が高い順からソートされたそれらを、次々にオープンさせて返信を返していった。

課題、問題、進捗報告、技術QA、スケジュール変更に追加コスト――

プロジェクトのネタは尽きることがない。


「ねぇねぇ、聞いていい?」

「なんだ?」


返信を返しながら、次の進捗定例と、工程会議の資料を確認していると、フネの声がかかった。

ベッドの上で寝ころびながら、両肘をつき頬に手を添えた姿勢でこちらを見つめている。

まるで少女のような仕草に、実年齢を忘れて少し俺はどぎまぎした。いや、実際の年齢も見た目通り少女なのだが。


「オサムの願って手に入れた能力って、現実世界との通信でしょ?」

「そうだな。俺は残してきた仕事を中途半端にしたくなかったからな」


フネの問いかけに答えながらも、返信を返す手は止めない。


「でも、きっともう元の世界には戻れないよ?」

「そうかもな」


彼女の言いたいことは分かっている。

意味がない、無駄な行為。現実世界の仕事をこちらの世界で継続したとして、何か見返りがあるわけでもない。

正直フネのように割り切ってしまうほうが賢明だ。


「そういえば、通信はできるけど、現実世界の給料とかってどうなってるの?」

「現実世界のネットバンキングに振り込まれていたな。引き出すことができないので、数字が加算されるだけだが。こちらでも決済に使えれば、それなりに有益な能力だったんだがな」


俺は自虐的にわずかに口角を上げる。


「だよねー。じゃあ、やっぱり無駄じゃない?なのに、なんでまだそんな遠い世界の人たちのために、働いてるの?」


フネは意地悪で言うでもなく、純粋に疑問をぶつけてきた。

アーモンド型のくりくりとした二つの眼に、真正面から見つめられ、俺は一瞬口ごもる。

『古龍の遺跡』の巨大な門扉の前でも同じことを聞かれた。

だが改めて問われても、答えは変わらない。


「俺が途中で投げ出したら、現実世界ではプロジェクト途中で失踪したPMという不名誉だけが残るだろ。そんなのは、俺にとってやはり我慢ならないんだよ」

「うーん。オサムって賢そうに見えるけど、おバカってこと?」

「フネに言われるとは……」


俺はがっくりと肩を落として、大きくため息を吐いた。

悪意がないのが余計にたちが悪い。

(オサム様。楽しい会話中失礼します)

(楽しく見えたのか?)

嫌味機能まで搭載した自立型AIに、俺は脳内で疲れたように返答する。

(宿の中へ入ってきた侵入者が、真っすぐにこの部屋を目指してます。人物は二人。うち一名は先ほどフネ様に吹っ飛ばされた、識別個体:ギルバと一致します)


「ギルバ……?ああ、あの髭面か」


ギルドでの暴挙を知っていれば、扉でも蹴破って現れるかと思ったが、意外にも静かなノックが鳴らされた。


「どうぞ」


特に追い返す理由もないので、俺はややぶっきらぼうに扉に声をかける。

慎重に開かれた扉の先には、顔中傷だらけのギルバと、もう一人眼鏡の男が遠慮がちに部屋に入ってきた。


「あれ?さっき、ぶっ飛ばしたおっさんじゃん?」


フネがベッドの上からのんきな声をかける。

ギルバは声の方を見て一瞬こめかみに血管を浮かべかけたが、何かをぐっとこらえて、俺に向き直った。


「先ほどは失礼した。ついカッとなってしまって……」

「急な訪問をお許しください。ギルドに伺ったところ、お二人はここに滞留されていると知りまして」


確かにギルドの登録時の書面に滞留先は記載した。どうやらこの世界には個人情報保護法とかは存在しないらしい。

だがそれでも聞かれてそんなにほいほい教える情報でもないと思うのだが。

俺はかすかな違和感を感じながら、眼鏡の男とギルバを交互に見すえる。


「私は『深紅の鷹』のナンバー3で、カイルと申します。こちらはナンバー2のギルバ」

「……」


俺は特に名乗らずに、カイルの次の言葉を待った。

彼は眼鏡のブリッジを指で押し上げると、少しもったいぶって口を開く。


「――今回お二人の元を訪れたのは、実は我々のボスからの言伝があったからなのです。数十人がかりで攻略していた『古龍の遺跡』をたった二人で、しかもわずか一日という短期間で攻略された優秀な冒険家に、是非お会いしたいとボスが申しておりまして。いかがでしょう?本日の夕刻改めてお迎えにあがりますので、お食事にご招待させていただけないでしょうか?」


カイルはそう言うと、目尻の下がった眼をさらに細めて俺とフネに笑顔を向けた。

正直俺は彼の真意が掴めず、かといってなんと断っていいものか思案する。


「え、美味しい食事!?おごりだよね?」


だが俺の思案など気にした様子もなく、フネがベッドから身を起こして、目をきらきらと輝かせて口を開いた。

カイルは笑顔のまま、フネを見つめると、大仰に頷く。


「もちろんでございます。最高級のフルコースをシェフに準備させますので、期待して下さい」

「やったー!ごはんごはん!オサム、ラッキーだね。夕飯代浮いたよ!」


無邪気にはしゃぐフネ。

俺は聞こえないように小さく嘆息しながら、


「……分かりました。ご招待にあずかりましょう」


そう彼に告げたのだった。

slackって使いづらいですよね

ビジネスで使われるツールとしては一般的ですが


ようやくオサムとフネに愛着が湧いてきました

ゆっくり少しずつ書き進めます

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