第七話 PMはRFPを勝利する
「……というわけでな。遺跡の調査進捗が芳しくない。内部の魔物の変異だけじゃなく、最近ではダンジョン周辺の街まで強力な魔物が押し寄せてきている」
冒険者ギルドの受付を取り囲むのは、大柄な男たち数人だ。全員真っ赤な鷹の紋章を、胸部にあしらった鎧に身を包んでいる。
受付には職員である淡い水色髪の女性――アニカが、眉を八の時に曲げて露骨な困り顔を浮かべて応対していた。
「はい、はい。事情は十分理解しています……」
汗を拭きながら、アニカは男たちの言葉に大げさに頷きを返す。
「じゃあ、追加予算の投入もやぶさかではないなよな?アニカさんよ?」
男たちの中のリーダー格である、短髪髭面の男が受付のテーブルをどんと叩いて見せた。明らかな威嚇行為である。
しかしアニカは少し怯えた様子を見せながらも、毅然とした態度を崩さずに言葉を返した。
「ただ、先月も追加予算を補助金の名目で中央に請求したばかりです。さらに追加となると、必要事項を記載したレポートの再提出をいただかないことには……」
バンッ
アニカの言葉は、再びギルド中に響き渡った男の机を叩く音で遮られる。
「アニカさんは、書類にサインをするだけで良いんだよ?受付なんて気楽な仕事してる奴が、冒険者様に逆らうんじゃねえよ。なぁ、みんな!?」
大声で唾を飛ばしながら口を開いた男は、周囲の仲間に視線を投げかけた。鎧姿の男たち全員が、下卑た笑い声をあげる。
パワハラで適応障害になった会社の同僚を思い出し、俺はこれ以上見てられず、男たちの間をかき分けるようにアニカの前に歩み出た。
「お取込み中失礼……」
俺は拝むようなポーズを片手で取りながら、受付の前に立つ。
カウンター周りを占拠していた男たちは、突然現れた俺に鋭い視線を差し向けた。多少の居心地の悪さはあるが、重大なヒューマンエラーの報告会で数十人のお偉いさんに囲まれた時に比べれば、どうということはない。
「ヨシダさん、無事だったんですね!」
アニカがぱっと顔を輝かせて、テーブルから身を乗り出す。喜びの表情の中にかすかに安堵の色がうかがえた。俺たちが無事だったことに対してもあるだろうが、状況から察するに詰問から解放されたという思いが強いのだろう。
俺は軽く手を挙げると、小さく会釈した。
「あ、でも。さすがに早過ぎますよね。もしかしてダンジョン内で問題でもありましたか?」
アニカが少し心配そうに、上目づかいで俺を見上げて首を傾げる。
それに応えるように、俺はテーブルの上にロゴスからもらった古龍の鱗を静かに置いた。
「確かに問題はあったな。だが、ダンジョンは攻略した。これはその証跡だ」
「え……」
アニカの目が文字通り点になる。
それから置かれた龍鱗をまじまじと見つめて、指を差しながら口を開いた。
「これは?」
「ロゴスの……いや。『古龍の遺跡』攻略の証として、ダンジョンの主から手に入れたものだ。これを納品して検収とはならないか?」
普段のプロジェクト検収時と同様に、俺は淡々とした口調で答えた。
だが、俺の言葉に反応を返したのはアニカではなく、髭面の男だった。
「てめえ、今何て言った!?『古龍の遺跡』は俺たちの攻略中ダンジョンだぞ!」
鎧姿の大男は、俺の右肩に巨大な手を置き、唾を飛ばして怒鳴りつける。
置かれた手は重く、飛び散る唾は臭かった。
俺は顔をしかめながら、努めて冷静に振り返って答える。
「あんたたちが、『深紅の鷹』か。残念ながら、この依頼は俺たちも正式に受注している。これがその証だ」
俺は懐に入れていたギルドの受付印付きの依頼書を、男の目の前に差し出した。
髭面はそれをひったくると、わなわなと震えて顔を茹蛸のように沸騰させる。
フネに負けず劣らず感情表現が豊かな男のようだ。
「確かに受付印が押されてる……が、これは俺たち『深紅の鷹』が専属で受注していて、他の冒険者は介入できない依頼のはずだぞ。どうなってるんだ、アニカさんよ!?」
男の矛先がアニカに向いた。
「あ、あの。確かに依頼は三カ月前から『深紅の鷹』様の占有でしたが、で、でも……えっと、ギルドの規約の……」
水色の髪を揺らしながら、アニカは男に向かって一生懸命規約本を取り出し、ぱらぱらとページをめくっていく。焦りのためか、目的にページに辿り着けないアニカに、俺は助け船を出した。
「第二十四条。受注後九十日以上の進捗率が極めて低い場合、他の冒険者も追加で受注可能。おたくら、何もダンジョン攻略のレポート、更新してなかっただろう?」
俺はそらで規約を読み上げながら、肩に置かれたでかい手を振り払う。
後ろの方で、俺たちのやり取りを見守っていた鎧姿の男たちが、口々に「だから、この間もギルバさんに早く進捗報告を形だけでも更新しておけと言ったんだ」とか「ギルバさん、そういうのすぐ面倒臭がるから……」とか、「ギルバさん、ちょっと文字書くの苦手だから」とか、最後はただの悪口のようなものまで混じって、喧々囂々としていた。
どうやら、髭面の男の名はギルバというらしい。付け加えるなら、そこまで尊敬をされている人物でもなさそうだ。
「う、うるせえぞ、てめえら!!」
当の本人のギルバは仲間たちに向けて、赤い顔をさらに沸騰せんばかりに紅くして怒鳴り散らす。
恫喝が利いたのか、一斉に口をつぐむ男たち。
「とにかく、俺は認めねえ!それに、お前の受注したのは昨日の日付じゃねえか。まだ一日しか経ってないのに、どうやってあの俺たちの魔改造したダンジョンを攻略したって言うんだ……あっ!?」
ここまで見事に語るに落ちてくれると、張り合いがなさすぎる。証跡を一生懸命集めていたのが馬鹿らしくなり、俺は深い溜息を吐いた。
『深紅の鷹』の連中が、ロゴスのダンジョンに細工をしたのは決定的だろう。
最初の方のアニカとのやり取りを振り返り、俺は大体の筋書きを理解した。
つまり、こういうことだ。ダンジョンの攻略難度を上げて、他の冒険者を寄せつけず、のらりくらりと攻略を遅らせてギルドから追加の工数をせしめる。
悪質な委託会社がやりそうな、単純な水増し請求に、俺は辟易とした。
「だから、攻略の証は提示してるじゃないか。あんた目が腐ってるのか?」
「なにぃ!?」
もはや血管が切れて血が噴き出すんじゃないかと心配になるギルバに、俺はテーブル上のロゴスの鱗を指し示す。
果たしてこの男に、これが証拠たり得るのか疑念もあるが、俺はロゴスの言葉を信じた。
「こんなもんが、なんだってんだ……て、あちぃ!!!!」
ギルバが鱗を持ち上げようとして、突然ばっと手を離す。
そういえばロゴスは、自分の鱗には門と同じ生体認証を付与しておいたとか言っていたことを思い出した。曰く、俺たちが手に入れたそれを盗まれたりしないように、かけてくれた仕掛けらしい。
ファイヤーウォール機能までついているとは、気が利いている。
「ギルバさん、これ間違いなく龍の鱗ですよ。こいつら、本当にあのダンジョン主に見初められたってことですよ!」
ギルバの隣で、眼鏡をかけた鎧男が、驚きの声を上げた。
「しかもこのサイズ。城が一つ買えるくらいの値打ちものだ。こんなの見たことないです」
彼は鱗には触れずに、眼鏡の角度を直しながら、言葉を続ける。
ギルバはその言葉にぎりぎりと奥歯を噛みしめながら逡巡した後、俺をばっと振り返り睨みつけた。
「だからどうしたってんだ!俺が認めねえって言ったら、認めねえんだ!!!!」
巨大な拳を振り上げて、逆上したギルバが俺に猛然と殴りかかる。
だが俺は避けようともしなかったし、何の脅威も感じていなかった。
なぜなら俺の背後に、さっきからもぐもぐと、ものを食べる咀嚼音が近づいてきていたからだ。
ドガァアアアアアン!
俺に殴りかかってきたギルバは、砲弾のような勢いで吹き飛び、壁に衝突する。木造の壁が一部破壊されて、その破片がギルバの頭上から彼に降りかかった。
もちろんやったのはフネだ。
彼女は串に刺さった肉を口の中で咀嚼しながら、蹴りを放った姿勢のまま、吹き飛ばしたギルバに面倒くさそうに声をかける。
「別に……もぐもぐ。あんたに……ゴクン。認めてもらわなくても結構よ。それとも、力づくでやってみる?」
「……」
ギルバの返答はない。今の一撃でどうやら失神したらしい。
「オサムがさっき買ってくれた露店のお肉。死ぬほど硬かったんだけど!」
フネは物言わぬ彼にすぐに興味を失くし、今度は標的を俺にして突っかかってきた。やっかいな女だが、この世界では頼りがいがあり過ぎる。
「あごの筋肉を鍛えないと、年取ったら柔いものしか食えなくなるからな。修行のためと思え」
俺はどうでもいい返しをしながら、アニカに振り返った。
ちなみに『深紅の鷹』の男たちは、フネに一撃でリーダーをやられ恐れおののいたのか、ギルバを担いでそそくさとギルドから全員出ていく。
「さて、アニカさん。改めて検収処理をお願いします」
「……っ!は、はい!」
一連の騒動を呆気に取られて見ていたアニカだったが、すぐに満面の笑顔になると大きくうなずいた。
顧客報告はヒューマンエラーの時が一番大変ですよね
なぜなぜ分析なんて誰が言い出したんだ(怒)




