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第四話 PMは証跡を蒐集する

ダンジョン内部は、自然にできた巨大な洞穴といった様相だったが、誰かが踏み荒らした跡が至るところに点在していた。

攻略途中のダンジョンと考えれば、そういうものかと推察する……が。

「これが観光地だったら、糾弾ものだな」

俺はゆっくりと歩を進めながら、辺りを注意深く見渡していった。

食料を包んでいたであろう紙屑の残骸、刃が欠けた短刀、使用済みの簡易松明。探索するにしても、こういうものは気にならないのだろうか。それともそこまで気を回せない文化レベルということか。

「きったないわねー。しかも、なんだか嫌な魔力?が漂ってる気がするわ」

くんくん鼻を鳴らす仕草をしながら、フネも周囲に視線を泳がす。

俺は魔法の素養が全くないからわからないが、何か感じるものでもあるのだろうか。

「嫌な感じとは?」

「うーん。なんて言うか、一週間お湯も抜かずに放置した後の、ヌメっとした水の感覚に近いような……」

言いながら何かを思い出しているのか、フネはぶるっと身を震わせた。最近流行りのなんとかキャンセル界隈なのかと、違う意味で寒気を感じながらも俺は胸中でピットに向けて呟く。

(言い方は独特だが、何かしら通常の魔力状態ではないってことかな。わかるか、ピット?)

(フネ様の言うように、ダンジョン内の魔力は循環系に支障が出ている状態です。オサム様に分かりやすくお伝えするなら、サーバーラックの排熱処理に不具合が出ているような状態です)

俺の横を並走するように歩くピットは、返答しながら毛をわずかに逆立てた。

俺の脳裏に洞穴入り口で会話していた男たちの言葉が過ぎる。

(なんかあの鎧の男たち、それっぽいこと言ってたな。ログに残ってるか?)

(ばっちり残ってますね。ただ集音機能の関係で、一部鮮明ではありません)

ピットの再生させた音声を聞き、俺は少し疑念を強めたが、それ以上のことはわからない。

「オサム、なにかくる!」

思考に耽る俺の目の前で、フネがロングソードを構えた。

視線を彼女の先に向けると、岩壁からぬっと三体の骨が現れた。学生の頃、理科室で見た骨格標本が、そのまま動き出したような姿形ーー依頼書のリストにあった出没魔物スケルトンだろう。骨のくせに、手には刃がぼろぼろの剣を携えている。

「ようやく私の出番ね!うりゃー!」

気の抜ける掛け声だが、フネの剣の一振りはどう考えても人間の膂力とは思えない威力で、スケルトン三体を一撃で木っ端微塵にした。

風圧で髪が靡き、赤い髪飾りが揺れる。

「見た見た、オサム!私の美しい剣術!」

振り返って満面の笑みでVサインを作って見せるフネ。

確かに威力は凄まじいが、ただの力任せを剣術というのは、いささかその道の人に失礼だろう。

「……初めから飛ばしすぎるなよ」

俺は忠告を口にして、フネがほぼ粉にした骨の残骸を踏み越えた。

(オサム様、ダンジョン中失礼します。クライアントより会議前に本日の工程会議の資料をslackで先に送付して欲しいと依頼が入ってます)

ピットはその残骸を避けるように迂回しながら、俺の方を見上げる。確かに先月の会議の際に先方から資料を先出するように言われていたことを思い出した。

「了解」

俺は言いながら、『パーソナル・ターミナル』を器用に片手で操作した。端末の機能であるAR画面に、slackのログイン画面が表示される。

「ご苦労様〜」

その横をステップを踏みながら、軽やかにフネが通り過ぎていった。



『古龍の遺跡』というダンジョンは、自然にできた洞穴を、ダンジョンマスターの古龍が魔力で創造したものと依頼書には記されていた。

中の構造もある程度までは依頼書にマップが載っており、地下に向かって螺旋状に降っていく造りになっているようだ。先ほどスケルトンと遭遇した階層を第一階層とすると、マップ上は少なくとも第五層以上まではある。

どんどん先を進んでいくフネを追いかけながら、俺はヘッドホンを耳にあて、端末に指をかけた。

「お世話になっております。では本日の東西基盤更改プロジェクトの進捗会議をーー」

「オサム!敵襲よ!」

俺の声にフネの声が被るが、前回よりもピットにノイズキャンセル機能を高度化してもらったおかげで、音漏れはない。

俺はAR画面に映し出された工程表を見ながら、その先の現実に出現した不気味な生物に目を遣った。

ぶよぶよしたゲル状の表皮を微細に震わせながら、不自然に巨大な両腕を振り回す魔物。特徴的なのは不気味に輝く、大きな一つ目だ。

「識別個体:マッドコング。巨大な腕で対象を捉え、そのゲル状の体毛で相手を溶解させ捕食します。フネ様、弱点は後頭部です」

ピットがフネにも聞こえるように、音声を発した。直後フネは疾風のように駆け出して、マッドコングの頭上を飛び越している。同時にピットが示した弱点に、的確に剣を振るった。

ガキン

刃が硬質の何かと衝突した音が、空間内に響き渡る。

「かったーーーーーい!何これ?」

「はい、はい。そうですね。間違いなく、最初のFOAまでには間に合わせます。ええ、そこはかたい、です」

俺は会議先のクライアントの質問に冷静に答えながら、ピットに脳内で指示を出す。

(どういうことだ。弱点が間違っている?)

(いいえ、オサム様。識別個体:マッドコングの弱点の情報に誤りはありません。またフネ様の一撃も、確実に弱点をついた攻撃でした)

「ちょっとどうなってるのよ!手が痺れちゃったじゃない!こうなったら……」

フネがマッドコングに掌をかざして、何やらぶつぶつ唱え始めると、周囲の大気が唐突に温度を上昇させていく。

「やめろ、フネ!」

俺はミュートをオンにして、慌てて叫んだ。

詠唱は以前見せてもらった熱を膨張させ、爆発させるもので、威力を鑑みるとこのダンジョン内で使ったら生き埋め確定だ。

「えー。なんで止めるのよ!」

俺は不満気に口を膨らませるフネを尻目に、課題管理表の説明を部下にチャットで指示しながら、ピットへ早口で命令する。

(ナレッジにある諸元と、目の前のマッドコングの相違点を分析して、トレース結果を急いでくれ)

俺の言葉にピットのつぶらな瞳が、眩しく発光した。分析を開始したのだろう。

「しばらくなんとか凌げるか?」

俺は魔法を中断し、剣を振り回すフネに声をかけた。

「軽く言ってくれるわね!こいつなんだかめちゃくちゃ硬いんですけど!」

フネの振り回す剣は、大きな二本の腕に阻まれ、全然攻撃は通っていない。だが相手の攻撃もフネの素早さについていけてないようで、から振る際の轟音が、虚しく洞窟内の壁に反響していた。

「解析完了。識別個体:マッドコングはナレッジと比較し、弱点の保護、筋力の大幅な強化を観測しました。生体反応とは別の魔力源が感知されます」

「違法なパッチでもあてて強化してるのか?その魔力源の場所を、ARでフネにも確認できるように可視化してくれ!」

「了解」

ピットが応えるや否や、マッドコングの左膝に、分かりやすく赤い矢印が表示された。ご丁寧にカタカナでココと記されている。

「フネ、左の……」

俺が指示を出す前に、彼女は矢印でマークされた膝部分を剣で横一文字に薙ぎ払った。

硝子が砕かれるような音がして、マッドコングの動きが一瞬びくりと停止する。

フネは返す刃で再び、弱点である後頭部を斬りつけた。

「ガアアアアアア!」

今度は刃はすんなりと体内に吸い込まれ、マッドコングは絶叫をあげた後、ずしんと床に崩れ落ちる。ゲル状の液体と血が混じり合ったものが、床にじわりと広がっていった。

フネは抜き放った剣を得意気に鞘に納め、

「またつまらぬものを、切ってしまった」

と、どこかで聞いた台詞を吐く。もの凄く彼女から褒めて欲しそうな視線を感じるが、俺はそれどころではなかった。

「はい。はい。そちらはベンダーにパッチを投げさせておりますので、今しばらくお待ちいただければと。いえ、試験は影響ない範囲で実施しているので、今回の不具合はスケジュールに影響ございません」

部下が質疑応答に困ってあたふたしているところに助け舟を出しながら、脳内でピットに話しかける。

(さっきのフネが破壊した魔力源。とりあえず回収しておいてくれ。いずれ何かの役に立つかもしれん)

(回収して格納済みです。分析も行いますか?)

(任せた)

ピットはマッドコングの亡骸の周りを走り回りながら、こちらに一瞬顔を向ける。意図を先読みして行動できるとは、頼もしい限りだ。部下の指導役にしたいくらいである。

「それにしても、意外に魔物って手強いんだね。もっと無双できるものかと思ったけど」

フネはゆっくりと俺のいる場所まで戻ってきながら、少し不満そうに口を開いた。

「力の使いどころ次第ってことだろ。いきなりなんでもできたら、つまらないだろう?」

俺はようやく会議を終え、ヘッドホンを外しながら答えた。

「ばっかねー。私はあんたと違って、チートに無双したいのよ。『異世界転生。美少女フネの大活劇!』ってのをやりたいの!」

俺の間近で、胸を張ってよくわからないことを宣言するフネ。形の良い胸が、上下にささやかな揺れを見せる。

俺は少し視線を逸らし、ピットを呼び戻した。

決して照れたわけではないから、そこのところはわかってくれ。

俺たちのダンジョン攻略は続く。



中々攻略はその後も、思い通りにはいかなかった。

行く手を阻む魔物は、どれもこれも依頼書のリストとはスペックが異なるし、なんだったらリストにいない強力な魔物も出没した。

スペックの異なる魔物には共通して、マッドコングと同様の強化が施されており、ピットの解析だと中身は一過性のオーバークロックということだった。だがあまり良い性能ではなく、本体の負荷は考慮しない粗悪な外付け制御らしい。

別に俺は正義の味方でもないので、それ自体をどうこういうつもりはないが、杜撰な仕事には苛立ちを覚えた。

「また、これついてたわね。オサム、これってなんなの?」

フネは倒した魔物から剥がれ落ちた、小さな宝石を手にして不思議そうに呟く。

俺は彼女の手からそれを受け取ると、ピットに慣れた感じで放り投げた。

(回収。保存完了)

ピットが小さな手でそれをキャッチする。

「なんとなくだが、恐らくこのダンジョンの攻略ハードルを上げて、得する奴がいるってことだろうとは思うが……」

そんなやり取りを続けながら、俺たちは階層をどんどん降りていく。

ーー魔物たちも気になったが、それ以上に気になる物体も各階層に見つかった。

気付いたのはフネで、彼女は突如何もない岩の壁面を剣で破壊した。

「どうした、更年期ヒステリーか?」

俺が驚いて声を上げると、フネが剣呑な眼差しでじろりと睨む。

「なんか入った時から、嫌な感じしてるって言ったでしょ。多分これが原因」

砕いた壁面から、ちょうど手のひらサイズの正方形の箱のような物体が零れ落ちた。それを剣で弾いて、俺に放り投げる。

凄く勢いがあったのは、先の言葉への怒りが籠められているのかもしれない。

「これは……なんだ?」

正方形のそれぞれの面は、奇妙な意匠が施されており、その模様の上を時折鈍い光が走っている。

(魔力の循環機能を妨害する装置と判断。物体自体がボトルネックとなり、魔力供給を分断させる機能を有してます。ただし、何から何に向けての供給を堰き止めているかまでは、判別不能)

(とりあえずこれも回収しつつ、分析を続けてくれ)

(了解しました、オサム様)

ピットは俺の手にした箱に飛び乗り、その場で箱を踏み台にジャンプする。同時に箱は一瞬で虚空に掻き消えた。

動きのバリエーションがどんどん増えてきているのは、AI学習機能によるものだろうか。

そんなこんなで、俺たちは探索を続けながら、依頼書のマップに載っている最深部、巨大な門扉の前まで辿り着いたのだった。

だいぶのんびり書いてます。

一言でも何かコメントあると嬉しいです。


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