第三話 PMは紅を猜疑する
「……ヨシダさん、フネさん。本当にお気をつけて」
ギルドを出る際、アニカがカウンター越しに身を乗り出すようにして俺たちに告げた。
「最近、街のすぐそばまで、普段は見かけない凶暴な魔物が降りてきているんです。それに本来なら大人しいはずの魔物までが血走った目で……現場のギルドが斡旋してる自警団も、原因がわからず疲弊しています」
「不具合の支障範囲とかなら、ルートコーズがありそうな話だな」
俺の漏らした呟きに、アニカは「るうとこうず……?」と不思議そうに小首を傾げていた。
ギルドを後にした俺は、とりあえず出発は翌朝と決めて、ダンジョン攻略に必要そうな物を街で買い揃えることをフネに提案する。
「え? ショッピング? やったー!」
フネが目を輝かせた。声の響き的に、何か華やかな買い物を想像しているようだが、路銀の少ない俺たちにそんな余裕はない。
事前にピット経由でダンジョン攻略に必要そうな資材は、すべてリストアップしてある。
保存食、解毒薬、簡易的な野営キット。俺はリストを脳内でチェックしながら、市場を無駄のない最短ルートで突き進んだ。
「ちょっとオサム! あっちの店にとーっても可愛い髪飾りがあるわよ!」
「却下。今は装備の最適化が最優先だ」
「あ、こっちの露店はすっごい美味しそうな串焼きが……!」
「さっき飯を食ったばかりだろ。我慢しろ」
一軒、また一軒と事務的に買い物を済ませるたびに、隣を歩くフネの肩が目に見えて落ち込んでいく。最初は弾んでいた足取りも、今や引きずるような重さだ。
「オサムのけちんぼ。こんなの全然ショッピングの醍醐味ないじゃん」
「……路銀が限られてるんだ。使い道を誤れば、すぐに破綻するんだよ」
説明を割愛していたが、俺たちが異世界に転移した際、それっぽい衣服とこの世界の通貨は多少最初の神っぽい人から得ている。子供の小遣いに毛が生えた程度だが。
最後の一軒で、リストアップした資材を買い終えた。これで準備は完了だ。
ピットが脳内で算盤を弾く。
(ヨシダ様、予定予算の八十五%で全ての調達が完了。途中の値下げ交渉の手腕、見事でした)
(……そうか)
俺は足を止め、数分前に通り過ぎた露店へと引き返した。
「……あれ? どうしたのよ、忘れ物?」
不思議そうに首を傾げるフネを無視して、店主に余剰の路銀全てーー銀貨三枚を放り投げる。
「おじさん、そこの赤い髪飾りを一つ」
受け取った鮮やかな赤色の髪飾りを、俺はフネに渡した。
「えっ……? これ……」
目をぱちくりさせるフネ。
「予算が余ったんだよ。現場の士気管理も仕事の内だ。パフォーマンスに影響するからな……」
「……っ! もう、素直じゃないんだから!」
パッと顔を輝かせ、たどたどしい手つきで髪飾りを頭につける。それから見せびらかすように、その場でくるっと身を翻してみせた。
単純な奴だ。だが、ダンジョン攻略には彼女の戦力は必要不可欠。機嫌を取っておくのも悪くない。
「ありがとね、おじさん!」
フネが上機嫌で店主に手を振ると、店主は「いいってことよ」と笑いながらも、ふと顔を曇らせた。
「にしても、あんたたち冒険者だろ?この街じゃ見ない顔だもんな。最近は街の近くまでヤバい魔物が出る。気をつけな」
店主は日に焼けた顔を苦虫を潰したように歪め、唸るように警告した。アニカも同じようなことを言ってたことを思い出す。
「なんでだがわからねえけどよ。いつからか突然魔物の被害が増えたんだよ。おかげで、ろくな代物が入ってこなくて、いい迷惑だ」
「いつくらいからなんだ?」
「……えーっと。そうだな。確か『真紅の鷹』様が大々的にダンジョン攻略を宣言したあたりくらいからだから、ちょうど三か月前くらいか」
「なるほど」
俺は一人納得したように頷いた。
(臭いですね。オサム様)
ピットが脳内で語りかける。
(そうだな。だが、相関関係があるからといって因果関係があるとは限らない。いずれにせよダンジョンは攻略するんだ。並行してそれっぽい証跡が見つかれば、ログは都度保存しておいてくれ)
(承知いたしました)
俺はおじさんに礼を述べると、ご機嫌なフネを連れて宿へ足を向けた。
一時間後には、修正したプロジェクトレポートのレビューを部長と予定している。ゆっくり休めるのは、もう少し先になりそうだった。
翌朝、俺は夜明けとともに寝ぼけたままのフネを引きずりながら、依頼書にあったダンジョン『古龍の遺跡』と向かった。
遺跡という名が示す通り、その場所は人工的な石造りと切り立った岩壁が混ざり合う、険しい山腹に位置していた。
緑の蔦が蜘蛛の巣のように張り巡らされた、一際巨大な岩盤に、ぽっかりと空いた巨大な洞穴。まさにダンジョン然とした風体に、流石のフネもぽかんと小さな口を開けている。眠気が覚めたようで、何よりだ。
その時、まだ少し距離があるその洞穴から、数人の男たちが吐き出されるように出てきた。真紅の紋章をあしらった軽鎧に身を包んだ男たちが、下卑た笑いとともにがやがやと喧しく騒いでいる。
「おい、今日の調整は済んだか?」
「ああ。設置した……が、いい具合に魔力循環をせき止めてる。これで奥の……はさらに……」
「内部の魔物の……も忘れるな」
大分距離が離れているため、ところどころ聞き取れなかったが、剣呑な雰囲気は伝わってきた。
「いけすかない連中ね。殺っとく?」
「待て待て」
フネが横で鼻息を荒くするが、俺はもちろん止めた。この世界でどれくらいの罪かはわからないが、相棒をいきなり殺人者にするわけにはいかない。だが、フネの気持ちも少しはわかる。
(ピット。今の会話はログとして記憶しておいてくれ。いずれ何かの役に立つかもしれん)
(了解です。オサム様。ここから先は自動で録音モードに移行して、データを保存しておきます)
肩の上のピットが、一瞬ぶるると体を震わせた。
「とりあえず、入るか。クライアントとの工程会議が二時間後だから、あまりもたもたしてられないしな」
「あんたバカなの?もう現実世界なんて忘れたら良いのに」
俺の言葉に鼻を鳴らして、フネはさっさと洞穴の中に入っていく。俺はその後を肩をすくめながら続いたのだった。
まったり描いてます。




